AI結婚アプリ XtremeMatch(第3話)
……ありえないだろう。
ベッドの端で絶句して、パンフレットを持ったまま、後ろに倒れて、ベッドの上で仰向けになった。
婚活ごときで、なんで電流を手首に流されなきゃ、いけないんだ?
あんな細かい字でパンフの裏に書かれたことを読む人いないだろ。それに、クライアントに電流を流すなんて、これは何かの法律に違反しているんじゃないのか。死刑囚じゃあるまいし。普通の囚人でもないんじゃないか。クーリング・オフとかどうなっているんだ。とんでもない契約をしたもんだ。これじゃ、自由意志とかなんか言っているが、ほとんど脅迫じゃないか。
"ピコーン!ピコーン!"
またか。まだ収まらない怒りを感じながら、左手首の内側に目をやった。
「エレベーターに乗って下さい。辞めるなら、今が最後のチャンスです。」
今度は、背中を押す脅迫商法か。そういえば、このAIは僕が考えていることをリアルタイムで分析しているんだな。
こみ上げる怒りを抑えつつ、辞めるかどうか考える。嫌だけど、今の僕には辞める勇気がないことを認めざるを得ない。今辞めて帰ったら、どんな面を引っ提げて帰るのか。このくそAI,僕の足元を見ているな、と思いながら、ベッドから立ち上がった。
廊下に出ると、右手のエレベーターホールに進む。エレベーターは二基しかない。1つの扉は赤く塗られており、もう一つは緑だ。
"ピコーン!ピコーン!"
リストバンドを見ると、緑のエレベーターに乗る指示がスクロールしてる。 「はい、はい、仰せの通りに」と呟いて、緑のエレベーター横の顔認識カメラの前に立った。
「シューッーーーー」という音がして風を少し感じたと思ったら、エレベーターの扉が開いた。一瞬、好みのゴージャスな女の子が乗っている、という妄想が脳裏をよぎったが、空っぽだった。
マイナス14階のボタンを押すと、またイライラする音が:「ピコーン」
「今日の出会いの確率:3.2%」
「はあー?」思わず、1人エレベーターの中で言った。この婚活アプリ、本気で僕に結婚相手を見つけさせようとしてのか?人のやる気を削ぐにもほどがあるだろう!?今度こそ、バンドを外して、靴で踏みにじってやろうか。
いや、ちょっと待てよ。XtremeMatchが最初に診断したとき、元麻布にとどまった場合、出会いの確率は0.12%とか言っていたな、オカンによると。
とすると、一応、30倍弱、確率が上がったと言うことか…しかし、それにしても、貧弱な数字だなー。
表示板を見上げると、既にマイナス10階を通過したところ。耳が少し痛いが、このエレベーター、早すぎるんじゃないのか?
「チーン」という音とともにエレベーターが開くと、笑うぐらい、こてこてのNYのワンシーン。石畳の床と高い天井が特徴的なうす暗い琥珀色の大広間。天井からサラ・ヴォーンの歌声が流れている。
エレベーターから一歩踏み出した瞬間、左手から女性が近づいてきた。眼が暗さに慣れてなく、最初は分からなかったが、アンドロイドだ。顔のテカリが変だからだ。すると、彼女の肩越しに見えるもう一人は、タキシードを着た男版だろう。
「ヒビキ・タツヨシ様、XteremeMatchパーティーへのご参加、有難うございます。リストバンドを拝見させて貰ってよろしいでしょうか。」
日本語で話しているが、なんだか違和感を感じる。チャイナドレスを着ているアンドロイドの眼は緑色で髪は金髪。僕は左手首を差し出すと、アンドロイドは右の眼の玉だけが下がり、なにやらバンドをスキャンしている。
「ありがとうございます。弊社のXtremeMatchパーティーに参加されるのは初めてですね。弊社の本企画の作法とルールだけ、簡単に説明させていただきます。」
チャイナドレスのアンドロイドは姿勢を直した後、僕に向かって真面目きった顔で話しはじめた。
Ⅰ 毎晩、リストバンドが指示した時間にここに降りてきて下さい。最低30分間は滞在してください。最も自然な出会いを提供する事が弊社のモットーですので、滞在中、特別なイベントは一切アレンジされていません。
Ⅱ 気に入った相手に出会いましたら、好きなだけここに滞在可能です。滞在中の支払いは一切必要ありません。必要なものがあれば、リストバンドに向かって呟いて下さい。リストバンドは音声と脈拍のみを分析しており、映像データはとっていません。
個人情報保護のため、5日間の終了後、全てのデータは復元不可能な方法で破壊されます。
Ⅲ 気に入った相手とは、同意があれば、お部屋に戻れます。但し、ここではヌードは許されません。またトイレでの性行為は禁止されています。
Ⅳ クライアントの感じ方に拘わらず、クライアントにとっての最高の相手かどうかは、最終的にはXtremeMatchが判断することになっております。
従って、クライアントの双方が結婚に同意しても、不成立に終わることがあります。それでも、量子解析によれば、クライアントがここで結婚相手を見つける可能性は、出身地よりも8000%高いという統計結果が出ています。
Ⅴ 最後に、ここでは暴力は一切許されません。 AIが暴力の可能性を感知した場合、アンドロイドが介入し、当事者は追放・帰国することになります。
「それでは、夜を楽しんでください。」
くるっと、アンドロイドが回り、元の位置に向かって歩みはじめた。
最後だけ英語直訳の日本語は変だろう。それ以外は流暢な日本語だったのに残念、と思いながら、離れるアンドロイドを見送った。
さて。
部屋の奥に目をやると、人が結構いる。
暗闇に目が慣れてきた。フレンチコロニアル様式のシャンデリアの下にシャンパンタワーやカクテルテーブルが連なっており、その奥の重厚な木目調のバーに続いている。
ま、とりあえず、最初の晩だし、バーに行って、30分過ごそう。バーテンと下らない話していれば、すぐだろう、と思って歩みを進める。
カクテルテーブルの間をすり抜けつつバーに向かう。よく見ると、意外と若い人と年配の人が混在している。右手には、自分よりずっと年上に見える女性が、相当若そうな男性にしだれかかっている。そうかと思えば、若禿そうな男が、若い女性と盛りあがっている。結構、タイプかも。巨乳で金髪。
歩きながら、少なくともビジネスとしては成功しているのかも!「こんなに、結婚に必死な人達がいるのかー完全にブルーオーシャンじゃないか!」と感心していると、自分がカモの一人だと気付き、自己嫌悪する。
やっと、バーに到着。
「あの、山崎下さい。ロックで。30年もの」と禿げたバーテンに声を投げかけた。
「ただいま」と背を向けたままバーテンが応答した。低い声はどこか疲れていて、もはや社会に期待していないような印象を残した。背中だけしか見えないが、どこか退屈で、不幸に見えた。お金があるんだから、なんで XtremeMatchはもっと魅力的なバーテンを雇わないんだ?
バーテンは一向に振り向かない。なんだか、シンクでグラスを数杯を逆さまに置いているだけ。何でそんなに時間がかかるんだ?
「あのバーテンは気難しいんだよ。でも、そのうち持ってくるよ。」
声の主を探すと、向こうに赤ワインを片手にバーに寄りかかった1人の女性がいた。 (第3話終了)
全額,保護犬の活動に投資します。