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やっと普通病室に…#73

ようやく、ICU出られました〜ᕦ(ò_óˇ)ᕤ

長かった。丸2週間とプラス1日。

今回はやっぱり相当大変だったみたいだ。

ICUの全く接触ないようなスタッフからも、よく頑張りましたねと声をいただく。

ICUから出るのも、一応希望は取ってくれるが、それが通るがどうかは別問題で。ココの病院、なんでもいちおうの意見は聞くけれど、その通りになった試しがない。

当初、わたしの希望は術後2日くらい経って、安定してから一般病棟に戻りたいと言ってた。

が、やっぱりね。術後の翌日には出される…という話しになった。で、こんな厳しい状態で一般病棟はキツイ。ICUは1人の患者につき2人の体制で世話する。一般はその半分。

希望は出したが、果たしてどうなるかと思っていたら、術後間もないというのに、検査やら何やらやる事多めで、更に戻り先の病棟から返事が来ないということで、当初の予定、火曜には一般病室戻りは見送り。

翌日は遂に来るのか⁉️と引越しの申し渡しをジレジレしながら待ってると、その日やっていた胸水を抜く…の開始時間が遅くなり、胸水の抜けた頃の引越しでは病棟移動はスタッフも減るし難しかろうと、もう1泊をICUで過ごすことになり。

今日のお昼前、木曜の午前中やっと移動出来ました。つまり結局、こちらの希望通りになった…が結論でした。


ご飯。今回の手術後、背中に人工皮膚を貼り付けたという話しで、とにかく背中のその部分を布団や布で擦るのも良くないから、ずっと背中が布団に着地しない様、特定の姿勢でいろ‼️と。

我慢しなかったら、傷が開く言われて…。

しかし。健常者なら好きなだけ寝返りうつだろう。それが全く動かないで、それも一定の方向にだけ顔向けたままでいられる?術後ほんの6時間もすると、この姿勢の固定がものすごく辛くなった。術後の痛みもあるけど、動かない苦しさで眠る事も難しい。

更に、食事は出されるものの、このおかしな姿勢のままで、いくらベッドの背中を起こしてみたところで、変な姿勢だと食べているうちに気持悪くなり、食べ続けることができない。コレならいっそ、高濃度の栄養パックを鼻から流していた方がマシだと思った。

また、朝の修行は続いて、毎朝レントゲン。それと体重毎日測らないといかん。
これを切り抜けるのに、レントゲン班が回ってきた気配があったら、看護師さんに痛み止めの薬をフラッシュ(注入)してもらう。
薬は5分から10分くらいで効き始め、ようやく落ち着いて対処出来る。最初、レントゲンにかかる時間も何もわからないときは、恐怖の的。背中に固いレントゲン板を差し込まれ、その上に寝かされる上に、頭の枕を取られてブラブラの状態は1番苦しい。コレがどのくらいの時間かかるのか、見えなかった時は、パニックから呼吸も浅く早くなり、苦しさM AX。体重を測る時は、セットされたクッションを全部取られ、もちろん頭もブラブラ状態。とにかく、自分に必要な要求はすぐ口にする様になったよ。体重計量が終わったら、クッションは良いから、まず先に頭の下にまくら入れてください‼️とね。気付かない看護師だと、他に片付けるもの優先で動くので、患者の事は後回しだったりする。←この辺はそれぞれの性格でしょうね。

今ではだいたいの所要時間も分かったし、ざっくりこのくらいの時間に現れる。も分かってきたから、落ち着いて対処している。

それと、先週ナーバスになって、このnoteへの書き込みにもアンチなコメント初めてつきましたが、アレ書いて良かったと思います。

あの看護師が、鈍かったのか。あの看護師なりに本気で心配して聞いたか知らんけど、ワシが大粒の涙ポロポロ流しても、追及やめない姿勢に、コッチもヤケクソになって、そんなに言うなら、おまえ解決出来んのか⁉️やってみろや‼️と言うだけ言いまくり。

その後に来てくれた形成外科のK原先生はいわば生贄だったけれど、自分の率直な気持ちを医師に伝えるだけ伝えられて、良かったと思う。

また、最初の手術から執刀しているK山先生が、忙しいであろう金曜だか土曜に現れて、いつもより時間をかけて話しを聞いてくれた。男ばかりゾロゾロ連れた回診はもう来ないと約束してくれたし、更に、母親や祖母が癌になって緊急に手術が必要であったら、きっとやるだろうとも言ってくれたのは、人間として信頼の出来る話しだった。

K山先生には昨日また傷口の洗浄という仕事があったが、前はお任せしたらほったらかしで、病室に現れる事もなかったのが、来てくれた。そして本当は昨日済ませたかったんだろう、傷口の洗浄を胸水抜きで呼吸がちょい苦しくなってるわたしを見て、明日にしましょう。と言ってくれたのは、大きな前進だった。

今日の午前中、洗浄は行われた。昨日より呼吸も楽になっていたから、さほど苦痛もなくやり過ごせた。

前は先生たちの都合優先で、患者がどんなに苦しんでいても、予定されてるメニューをこなす事が重要課題に見えていた。

それが…朝の回診もほぼ1人か、お供がいても1人くらいで現れる様になった。

また、看護師の方も多分ICUの師長か、その次くらいのエライ?おばちゃんがICUを出る前にケアの手伝いなんかで現れ。
言いたい事は言った方が良いとの助言とか。もともと、相手が察してくれるまで黙ってるって方では無いから、そんな心配しなくて良いと思うんだけど(。-_-。)

で、また何故か聞かれる『壬野さんはどんな仕事してたの?』…って働いていたのはけっこう前の事で。いろいろやりましたが、ずっと続いているものは無い。
実の母の介護12年を言うと、まぁなんとなく納得してくださって。
この病院入る前にnoteというブログ始めた。そこで自分を表現している‼️というと、まぁnoteマイナーなんでしょうね。知らなかったけれど、医療関係者みたいに忙しく働いている人はよむのも難しいよね。

とりあえずさ、開設2ヶ月とちょっとで、Vが1万6千超えてるのは、なかなか大したもんだよ❓

んで、ココでわたしは今生きてる証を建てるのに必死だから、書き続けるし、書いてて楽しいもん😀。


そういやさ、いつぞや『脳内高校生乙女』おばちゃんのヘルパー、リハビリさんが来てる時にポロッと『あのヘルパー嫌い』と言ったら、実はヘルパー仲間だけでなく、看護師にもあきれられているという話しを聞けた。例えば、検査搬送の患者を間違えて連れて行ってしまっても、本人反省しない、とか。
この脳内高校生乙女おばちゃん、アタシはやってます‼️風なんだけど、ぜんぜん役に立たってないよ?今日もワシの荷物整理を任されたいうのに、ヤケにノロノロして動作が遅い。そのくせ、別に丁寧に物を扱うというわけでなく。そのうち、他の用事で呼び出されたら途中で退出して戻って来ないし。なんだありゃ⁉️なナゾの60代。

ええ。ワシ、口悪いけど、まるっきり的外れな事言って、こき下ろしている訳じゃないから。実はワシの説が正しかったのが証明されちゃいましたよ〜のお話しでした。

とまぁ、術後で苦しいこの時期も変化いっぱいでボヤボヤしている場合では無いらしいっす。

今日は地元友が、ICU出た祝いで見舞い来てくれたし。美容家の彼女なので、顔拭いてくれた。顔なんてぜんぜん洗えないし、涙も鼻水もちゃんと拭き取って無いから、面白いくらいにシートが汚れてた、。そしてリクエストしてた、眉毛カットをしてサッパリ。
やあ、こんな時でも来てくれるなら友が居て、幸せです。ありがとう😊

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