日本人のトムさん
昨夜、トムさんのことが頭から離れなかった。
トムさんに出会ったのは、4年前の認知症病棟。申し送りで、日本人の患者さん、重度の認知症で第一言語に戻り、英語でのコミュニケーションが取れない。日本の家族にも連絡がつかず、必要な情報が得られなく困っているいるとのこと。悲しい状況だが、私としては日本語で話ができるのが楽しみだった。
80代のトムさんは、オーストラリアに60年以上在住、身振り手振りをふまえての話し方、浅黒く日焼けをした顔は日本人離れしたものだった。
トムさんは、軽度の認知症を患っていいるが、どちらかというと耳が悪いので、質問が聞き取れず答えることができない。重度の認知症ではない。若いころはアパレル業界でお仕事をされていたこと、魚釣りによくいってたことを笑顔で話ししてくれた。私はトムさんと楽しく日本語でおしゃべりできることが嬉しかった。
回診時に先生に呼ばれ、トムさんと先生の通訳として入ったが、一つどうしてもおかしなことがあった。
それは、トムさんに「奥さんは今どちらにいらっしゃいますか?」の質問に彼からは「いない」との返事がくること。
カルテには「パートナーと二人暮らし」とある。
何度か、同じ質問をするうちに、私は、はっとした!
トムさんには、奥さんではなく、同性のパートナーがいるのだ。
私が持つ、80代の日本人のトムさんへの先入観が壁を大きく作ってしまっていた。
トムさんに、同じ質問ばかりしてごめんなさいねと謝った。
その後、トムさんとおしゃべりを2度ほどした。
トムさんに、「日本食恋しくないですか?」と尋ねると、「和食は好きさ」の返事。私もそうだから、トムさんもやっぱりそうだろうなと思った。
後日梅干しを届けに行くと、とても喜ばれた。
しばらくして、彼が遠くの施設に移ったと知った。きちんとお別れを言っていなかったのが悔やまれた。
昨夜、トムさんのことが頭から離れなかったのは、もしかすると彼の旅立ちの時だったのかもしれないと思った。もしそうだとしたら、トムさんとの楽しいおしゃべりの時間を思い出せたことに感謝したい。
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