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47.誰かの生きづらさの上に

そのご高齢の信者さんのご家族の月命日になると、私は毎回、車で送迎し一緒にお参りと、墓の手入れのお手伝いをしに行っています。
月命日に一回、それから一週間ほどしたら、たむけた花の枯れる頃を見計らってそれの回収の為にもう一回、月に2度の行き来です。

ついでに、教会のお墓も同墓園内にあるので、私はそちらの草ひきもしていきます。月2度も訪れているのに、行ってみるといつも雑草が生き生きと生い茂っている様子。それを目にする度に少し驚いています。野草の生命力というか、その逞しさを実感します。

草を引きむしりながら、


なんか、これって人間のエゴだよなぁ…(´ー`)


なんて雑念が湧いてくるピーナッツ。

草々をきれいに除草してしまうと、確かにお墓はきれいになりますが、その際に彼等の生命を無造作に奪っているわけでもあります。

とは言えど、放置されたままだと瞬く間に草だらけになります。お墓の手入れがなされていないようにはたから見られるのも、あまり世間体が良くありません。


人間が生きやすい状況にあるってことは、そこにある草々にとっては生きづらいってことでもあるんだよね…(´ー`)


“雑草”と言います。
しかし、それは誰の都合でと言われれば、人間の都合で雑草扱いされているに過ぎません。

“害虫”と言います。
しかし、それは誰の解釈でと言われれば、これも人間の解釈で害虫扱いされているに過ぎません。


私達の都合や尺度で邪魔者扱いされ、除去されていく彼等。
自然のまま、各自好きなように自由に生きているというを良しとしないのが人間の業なのでしょう。

…とは言え、草が伸びきって道を塞いでいるのは困るし、蚊や蜂や虻などの飛来してくる虫に突然刺されでもしたらやはり困ります。


すまないね、人間が生きる世界は君等から見ればきっと“不自然”なんだ。
我々と、君等の生きやすさ・生きづらさはコインの裏表のように常に引っ付いて離れないようになっている。
だけど、その中でどうにか妥協し合って、まあ共存していこうじゃないか。

…そんな独り言をつぶやきながら信者さんのお墓の方へ行くと、墓やそのまわりに除草剤を撒いていました。そうすれば、草引きの手間も大分楽になるのだそうです。


………( 一一)。

草木の青々とした風景を眺めていると、気持ちがさっぱりすると思いながら、私達はこうやって、足元の彼等を躊躇なく引き抜いたり、薬で枯らしたりして暮らしています。


そっとお墓に手を合わせ、亡き近しかったみたま様を偲びます。
いなくなってしまった大切な人の生前の面影に思いを馳せ、残された者は彼の墓前に御供え物を捧げ、そしてその周辺の草をひく。


私達は、私達の生きやすさを見失わないようにする為に、見落としがちな、他愛もない些細な命をもらって、その生きづらさの土台の上で生きているのかもしれません。


【2024.7.29】




おまけ

中学生の娘とアマプラで怖い映画を観ました。
彼女は最近、友達と一緒に上映中の怖い映画を観に行ったばかり。
「あんまり怖くなかった」と言っていたので、父・ピーナッツはそれならと、とっておきの怖いやつを見せてやろうと思い立ちます。

監督・中田秀夫、ジャパンホラーの金字塔、『仄暗い水の底から』です。

『リング』より断然『仄暗い…』の方が怖いと信じている父は、娘とそれを観ていると、彼女は次第に退屈そうにスマホをいじり出します。

「なんか、想像してたのと違う…(-。-)」と娘。

20年以上前のホラー映画のテンポ感が、令和女子にはしっくり来ない様子。じわじわと想像力を搔き立てながら迫って来る恐怖がジャパンホラーの本来の味なのですが、いまの若い子等には山場を迎えるまでの伏線張りが長過ぎて、耐えられないようです。


うーん、これも時代か……( 一一)


とちょっと寂しい気持ちになりながら最後まで観ていました。

最後の恐怖に次ぐ恐怖の応酬タイムに入ると、いつの間にか娘は両手で顔を覆い、指の隙間からそれを観ています。

怖いんじゃん。


ラストのせつない幕引きと、水川あさみの若き日の彼女の姿と、スガシカオのエンディング曲が流れると、

娘「……この前観て来たやつより怖かったかも(^_^;)」

と一言ポツリ。

だろう('ω')?


と父は、ドヤ顔でハイボールを喉に一気に流し込みました。



ここまで読んでいただきありがとうございました!
それではまた(^O^)


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