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12.教えてもらってばっかりの布教回想(2)

ある住宅街の奥まったところに、裏に小さな畑がある年季の入った一軒家にひとりで暮らす九十三歳(執筆当時)のおばあちゃんがいた。ご高齢の為、きっと生活が大変なんだろうなと想像しながら庭先で雑談を交わしていると、案外そうでもないらしいご様子。

聞くと、彼女には大勢のお子さん(確か七人だったかな?)やその下にお孫さん、更に曾孫さんまで、その多くが市内中にいて、みんなおばあちゃんのことを気にかけて代わる代わる頻繁に顔を見にやって来てくれるので、特別不自由していることはないのだと言っていた。
孝行息子・孝行娘・孫・曾孫に至るまでみんなそうだとは、そりゃあなかなかすごいことだ。

更に、この家のご近所さん達もこれまたとても親切な方ばっかりで、普段からそのおばあちゃんに向こうから声をかけ色々こまごま世話を焼いて下さるのだそうだ。

あぁばあちゃん、恵まれているんだなぁ。
これもこの人の長年の人徳なんだろうなぁ(´▽`)

とピーナッツは感心していたのだが、その生い立ちに触れると、意外にも先立たれて久しい亡きご主人は酒が入ったら暴力をふるう人で、給料が入っても家にお金を入れないこともしばしばだったらしい。
マジか('_')💦

しかしそのおばあちゃん(当時はお母さん)、どんなひどい目にあっても決して旦那の悪口をこども達に言わず、どんなに貧乏だった時も明るくふるまい、子等を励まし、薄給の夫にも精一杯感謝しながらずっと生きてい来たのだと語ってくれた。(初対面の天理教の不審な輩にも関わず、こんな色々と…)

「そうしているうちに、不思議とこども達がグングン出来の良い、優秀な子に育っていってくれたの」

旦那さんに全く似ず、こども達はできた人間へと成長し、現在はみなさん、県庁だったり地元の某有名企業だったりの上役をされているらしい。他にも、その下の孫達も高学歴、高収入な方ばっかりで、しかもみんなおばあちゃん孝行なんだと。

すごいなぁとしか言いようのない人生ストーリーの顛末を語って聞かせてもらい(途中で麦茶も出てきた(´▽`))、終わりに彼女は、

「毎日本当によく思うの。いつでも、いまが一番幸せ

そんな一言で話を結んでいた。
うーん、刺さる。

その後すんなりおさづけを取り次がせてもいただき(大きな患いはないけど、年相応の身体の不自由に対し)、ちゃっかりお供えまで受け取り、彼女の家を離れ、また次へと歩いていく。どこか爽やかな感情だけがささやかな残り香のように余韻となって後をひく。

学ぶべきことが多い時間だったなぁ~(´ー`)

と、しみじみ思う。
天理教を知らず、そういった宗教的なものに何ら触れることもなく、だけどその中に込められていることと相通ずるものをしっかりぎゅっと内側からにじませて体現されている穏やかな老賢人との出会いだった。

追記
その後も不定期でときどき彼女のもとに足を運んでいました。
百歳近くまで元気にされていたことが記憶されています。


ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
それではまた(^_-)-☆


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