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どちらでもいいけど損はしないはず

若いうちは自己投資しておくべき!

なんて言うが、年齢は関係ないと思っている。

中には「20,30代はやるべき!」なんて層を特定して発破をかけている方もおられるけども、自分が若いと思っていようとなかろうと、やりたければ始めればそれが吉日。
それでいいと思っている。

ただ、どう見積もっても自己投資のリターンがあると感じない。

過去にいくつか資格取得してきたが、使っている資格は少ないことも、得た知識を忘れているのはよくある話。
忘れていても僅かに残っている知識、残滓のようなものでもそれが貴いということもそう思う。

やることがすごい…だけなのだ、極論は。

やって成し遂げたことに対するリターンが少ないのは自らの企業に対する選球眼の無さもそうなのかもしれないが、自己投資の積み上げだけで成功した人を聞いていないような気がする。
成功談はあっても、そういう人の話をよく聞いてみるとその前から成功してるじゃん…ということが多いように思う。
お金を用いる、よく聞く投資は毎月確認していれば数字の増減がわかるし、跳ねれば経済的成功者になり得ることもあるから、その点はわかりやすい。

仮に知識で食っていけてたとしても、知識でモノは買えないから、結局は知識を資格というわかりやすいカタチにしてそれをお金にしている。

ただ己に資格というスキルを積んだとしても、評価してお金で買ってくれる会社とそうでない会社があって、前者だとしてもスタートラインがお安かったりする会社しか自分は知らない。
取ったら取ったでお金は据え置きで、積んだ分だけ仕事は増えたりして、世の中の停滞させざるを得ないループに悩まされる。
ニュースで聞く数字が上がっていても、手元の世間大抵の経済状況が停滞している以上は致し方ないのだろうけれども。

だから、やりたければ始めればいいと思う。
やることが既にすごくて、達成すれば褒めて持ち上げられたりなんかするかもしれないが、そこでおしまい。あくまでも非金銭的な終結。
継続していても、そういうのが好きな人、大したもんだが関の山だ。
大企業とかになれば、それを称え合って金銭的にも反映してくれるホワイト企業というのがあるらしいが、そういうところを体験すらしたことがない下級市民なのでわからない。

ただ、残滓が残る限り損にはならない。

小さい自分。
一番力を込めて投げかけたいあのときの自分。
過去の話だから言える訳はないが、何かしら手を出してみるのもまた財産。
お金は出ていくけれど、そこで得た財産があるから簿記よろしく仕訳してみてもピッタリな吊り合いになっている。
損して得取れ、ってことなのかもしれない。



にしても…

昇給が2,3千円なのに今回の某試験の受験料とテキストで3万は飛ぶのキツいな〜

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