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【ひなた短編文学賞・大賞】可愛がって下さい / 田原にか

23年6月、「生まれ変わる」をテーマとした、初めての短編文学賞「ひなた短編文学賞」を開催致しました。(主催:フレックスジャパン(株) 共催:(一社)日本メンズファッション協会

全国から817作品の応募を頂き、その中から受賞した17作品をご紹介いたします。様々な"生まれ変わる"、ぜひご覧ください。



【大賞】可愛がって下さい / 田原にか


可愛がって下さい

私は公園の入り口に置かれた段ボールに近づいた。中にはタオルとペットボトルが置かれている。箱の中に手を伸ばすと、右手の甲に訴えかけるようにゴロゴロと甘えてきた。ペットボトルが。

ペットボトルが生きている?

私は無責任にペットを捨ててしまう人が本当に嫌いだ。それが例えペットボトルだとしても。

部屋に帰ってソファへ座ると、ペットボトルはひざの上に乗っかってきてコロコロとじゃれてきた。太ももにひんやりとペットボトルの冷たさが伝わってくる。

名前はペポとつけた。ペポはボタニカル柄のフレアスカートが大好きで、スカートの裾をペットボトルの蓋で挟んで引っ張るのが日課だった。休日はペポと遊ぶ事に費やした結果、気が付けば友達と遊ぶ機会も激減していた。そんな私の三十歳の誕生日に母から電話がきた。

「どうせまだ彼氏もいないんでしょ。明日部屋行くからね」

母親は次の日にやってきた。ありがたい反面、いつまでも子ども扱いをされるのは嫌だ。不満をぶつけてしまいそうなので母を部屋に置いて一度外出する事にした。

「一時間くらいで帰るね」

ベッドの下に隠れて動かずに止まっているペポにこっそり告げた。

それがペポを見た最後になった。

母の好きなどら焼きを買って帰宅すると、部屋が綺麗に掃除されていた。ベッドの下にあった雑誌もゴミもペポも無くなっていた。私は大慌てで母を問い詰めた。

「資源ごみの日だし、缶とペットボトルは捨てたわよ」

買ってきたどら焼きを母親に投げつけてしまった。

私はゴミ捨て場まで走った。しかし既に何も残っていなかった。街中のゴミ収集車を探し回ったが見つからなかった

家に帰ると、母は既に帰っていた。"ごめんね。どら焼き、美味しかったよ"と書かれたメモと私への誕生日プレゼントが置いてあった。

それからは、道路に捨てられているペットボトルを拾い上げてはため息をつく日々が続いた。

ペポがいなくなってどれくらい経ったのだろうか。ある日、洋服屋で服を選んでいた。突然スカートを引っ張られた気がした。慌てて脱げないように押さえると、棚に置いてあるスカートがスカートの裾に絡みついていた。まるで私のスカートを引っ張るかのように。そのスカートが置いてある棚には【リサイクルポリエステルを使用】と書かれていた。

今日のスカートはボタニカル柄だ。


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