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アイデアにコピーライトは必要?

「僕のアイデアだったのに、別のクライアントに企画出しされてしまった」
「あれは元々僕がやり出したものだ」

SNSを見ていると、こういう場面と出会うことが多くて、いろいろ考えてしまう。そう言いたくなる気持ちはとてもよくわかる。けれど、やっぱり僕はどこかで、そこにまっすぐ賛同できない気持ちがある。

確かにプロダクトに関しては、真摯なものづくりの、うわべだけを利用されたりすることが多々見受けられるから、それは消費者を騙すことにつながるし、よくないとハッキリ思う。だからプロダクトの場合、話は別。

僕がここで言っているのは、アイデアとか企画の話だ。

冒頭のような場面で、「一言、断りをいれてくれたら」とか「もう少し配慮が必要だったはず」という意見もよく理解できる上で、これはあくまでも僕の考え方として、誤解を恐れず書いていきたいと思う。

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僕は昔からその辺りが抜けているのか、良い考えを思いついたら、それを囲い込むのではなくて、使って欲しくなる。つまりシェアしたくなってしまう。ゆえにそれらをマネタイズできないまま、ここまで生きてきたけれど、それでもなんとか家族3人ご飯食べていけているから、なんとかなるもんだ。(ありがてえー)

とにかく僕は、アイデアはパクられてなんぼ、というか、シェアされてこそよい企画なんじゃないかとすら思う。だから冒頭のような言葉にいつも違和感を感じてしまうのだ。

僕はよく講演とかで自身の編集事例の一つとして「マイボトル」という言葉を作った話をするけれど、それは「マイボトル」という言葉に©︎(コピーライト)なんて必要ないからこそだ。前回のブログでも民藝的無名性の話をしたけれど、編集者とはそれを基本とする人がなる職業なんだろうなと思う。


例えば「リュックサックマーケット」というマルシェイベントをご存知だろうか? 

神戸六甲山の登山人口の高齢化をなんとかしたいという思いから生まれたマルシェ企画で、出店料の概念がなく、どこでも誰でも始めてよいというのが特徴だ。出店したい人がリュックを背負って会場に入り、傍にリュックサックを置いて、中の商品を並べたらお店の出来上がり。というシンプルさ。誰もが出店者になったり、お客さんになったりできる。六甲山系の摩耶山頂で定期化されたり、名古屋など全国のいろんな土地に伝搬している。

ある時、webメディアなどを展開するgreenzというNPOの方と一緒に登壇したことがあって、その登壇相手の方が地域事例として「リュックサックマーケット」をスライドで紹介していたことがある。僕はそれを見てムフフと思った。だって、リュックサックマーケットを考えたのは僕だからだ。僕が考えたことだけれど、そこに僕の印がないことがたまらなく嬉しかった。

そもそも僕がリュックサックマーケットに対して仕掛けた編集は、以下の一文に尽きる。

リュックサックマーケットは、リュックから商品を出すだけで「はい、できあがり」。リュックがもう、お店の看板なのです。商品をリュックに詰めて持って来てください。いらなくなったもの、てづくりのもの、みせたいもの、なんでも。物々こうかんを積極的にやってみてください。勿論、お金のやりとりも OK! 出店料は無料・申込は不要です。

このテキストとともにその考え方をシェアしようと試みたのがリュックサックマーケットだった。

そう言えば、去年こんなこともあった。

主催している地域編集を学びあうオンラインサロン的コミュニティ「Re:School(りスクール)」。そのメンバーに宝塚で建築家をしているOくんという男性がいる。彼は学生時代に文化人類学を学んでいたことから、そのアプローチが、建物を超えてそのまわりの地域にまで及んでいてとても面白い。設計の前には必ずフィールドワークをする姿が、まさに地域編集だと個人的にとてもリスペクトしている。

そんな彼の拠点、宝塚市の清荒神という町を、彼に案内してもらっていたときのこと、「この広場で【清荒神リュックサックマーケット】というマルシェをやってるんです」と言われて、また僕はムフフとなった。

そうやってアイデアがシェアされていることを知ると、僕はとても嬉しくなる。アイデアや企画って、そもそもそういうものなんじゃないか? と僕は思うのだ。

例えフォーマットがあったとしても、それをもとに実際に旗を降り行動する人の苦労は相当なものだ。摩耶山のリュックサックマーケットを15年以上続けてくれている慈(うつみ)さんという男性がいらっしゃるのだけど、僕は心底尊敬している。摩耶山リュックサックマーケットに©︎をつけるなら、それはもう当たり前に慈さんだし、清荒神ならOくんだ。

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Re:S=Re:Standard あたらしい“ふつう”を提案する。

そんなキャッチコピーのもと、2006年に雑誌『Re:S』(りす)を創刊、その後それを社名にして活動を続けているけれど、雑誌が順調に進み始めた2007年の秋のこと、

日本郵政グループが、「あたらしいふつうをつくる。」をスローガンにかかげて驚いた。

その時僕はこう思った。「よし! 間違ってなかった!」

当たり前だけど「あたらしいふつう」という言葉に©︎はない。確かに僕のなかでこのキャッチコピーを捻り出すまでのある種の苦労はあったけれど、30そこそこの僕はまだまだ経験が不足していたし、それが世間に通用する言葉であることを証明されたような気持ちになって嬉しかった。そこで僕は、誌面上で郵政グループさんにむかって、「一年以上前から同じスローガンではじめている雑誌があるんです、僕たちです、ぜひご一緒しませんか?」と呼びかけた。
返答はなかったけど…

また、2008年には、雑貨メーカーのHIGHTIDEさんで「RE_STANDARD」というブランドが立ち上がり、それをプロデュースされていたのが、とても近しいクリエイターの先輩で驚いた。その時も「あ、◯◯さんにも響いたんだなあ」と嬉しく思って、その雑貨を買って使ってもいた。

よいアイデアや言葉はシェアされていくべきだと思うし、シェアされていくことがその証明とも言えると思う。少なくとも、そう思った方がみんな気が楽になるんじゃないだろうか。だから僕が唯一気にしているのは、そのアイデアを誰かに囲い込まれることだ。

つまり冒頭のような言葉は、それをシェアしたいというより、そもそもそれを自分の手柄として囲い込みたいと考えていたからこそ、それを誰かに商売にされてしまって(囲い込まれて)、怒っているようにみえる。だから僕はその根本的なビジネスマインドに違和感を感じてしまっているのだろう。

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アイデアにコピーライトは必要?

藤本智士(Re:S)

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編集者。1974年兵庫県在住。『Re:S』『のんびり』『なんも大学』編集長。著書に『風と土の秋田』リトルモア、『魔法をかける編集』インプレス。『アルバムのチカラ』(共著:浅田政志)赤々舎。その他、『ニッポンの嵐』『るろうにほん 熊本へ』(佐藤健)など、手掛けた書籍多数。