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SとNの間にあるもの 〜後編・美しきグレー〜

身の丈というスケール

 カフェmellowで森さんと話した時間は、旅のはじまりにしてとても大きな気づきになった。算盤そろばん弾けて町のビジョンをれる人がいる町は強い。その事実を再確認した僕は、各地方の友人たちの逞しさの裏にあるそれぞれの経済に対する哲学について考えた。僕はお金を稼ぐということに対してあまりに注力しなさすぎるきらいがあるけれど、それでもこうやって旅をするためにはお金も必要で、せめて赤字にしないようにということくらいは考えながら旅をする。しかしそれは、別に贅沢な旅を望まない僕の身の丈がベースになっていて、この身の丈というものをどう捉えるかによって、物事のスケール感は変化していくのだなと気づいた。

 僕が尊敬する各地の友人たちは、その身の丈を個人の生活から家族、社員、街、といったようにスケールアップしていた。ちなみに僕が日本一好きなお酒「雪の茅舎」をつくる秋田の高橋藤一さんは、櫂入れをしないという常識をぶち破る酒造りに挑戦したとき、経営者である蔵元を説得するために、まずは家庭で梅酒をつくるような小さな瓶から挑み、そこから徐々にタンクを大きくしていったという。そういったスケールアップにあるのは、挑戦という威勢の良さとは裏腹の、着実な保険のはなし。けれど、どんなに無謀に見える挑戦であろうとも、結果的に成功をおさめるチャレンジの源には、そんなある意味で堅実で縮こまった一歩があるのだと思う。

 ちなみに高橋藤一さんにいただいたもっとも大好きな言葉は、20年間つけ続けた醸造発酵に関する緻密なデータノートの束を僕に見せながら放たれた言葉で、それは「これだけやって、データには意味がないことがわかった」という一言。

具体と抽象

 森さんが実家の家業ながら経営状態が決してよくなかったセブンイレブンを引き継いだのは、実は彼自身がセブンイレブンのエリアマネージャーの仕事をしていたからだ。そんな彼の数字をみる力という「抽象化」の能力と、彼の父親が続けてきたコンビニの現状という目を逸らしたくなるような「具体」が掛け算された先に、彼はコンビニの利用者人口を増やすべく、町そのものの対流人口を増やすエリアイノベーション計画を立てた。これがいまの東彼杵の原点だ。そこにある「具体」と「抽象」にこそ、町と経済の大きなヒントがある。風と土とが一緒になってはじめて、あたらしい風土が生まれるのだと、僕は秋田で地元の友人たちと一緒に『のんびり』というメディアを立ち上げ、そこからあたらしい経済をつくろうと試みた。すべてがうまくいったわけではないけれど、一定の手応えを感じたことは確かだ。

 けれどメディアで紹介される事象のほとんどは、その片面だけを強調する。「地域づくりには風の人のチカラが重要だ」「地域づくりは結局、土の人の行動が重要だ」と、どちらかに結論を絞ろうとしがち。けれどすべての物事は当然多面的で、僕たちはせめてそこにB面があることくらいは想像した方がいい。町を変化させて、かつてなかったような幸福な場面をつくっていくローカルの逞しい友人たちが、その実績を重ねるほどに、妬まれたり、批判されたり、ちょっとした悪手をもってすべてを否定されたりするのを見るにつけ、そこにあるB面の慎ましさを見せないメディアこそが悪手ではないかと思う。

HOGET/ホゲット

 実は森さんと別れた後、まっすぐ佐世保に向かわず、大村湾の西にある西海市に立ち寄った。今回、長崎入りを決めて真っ先に声をかけ、今夜のイベントの縁をつないでくれた、友人のはしもとゆうきちゃんが住むのが西海市だと聞いていたからだ。それにしても、どれだけ寄り道をするのかと思われるだろうが、これが僕の旅だから仕方がない。
 出会った当時は、たしか「ながさきプレス」というタウン誌の編集長をやめたばかりで、フリーになった彼女は、いくつかの出会いを経て、ここ西海市に拠点を移したという。今夜のイベントには彼女も一緒に登壇するので、時間的にもう西海市にいるわけはないのだけれど、彼女が暮らす町の風景や空気を少しでもいいから感じておきたかった。それは僕の勝手な礼儀みたいなもので、今夜気持ちよくお喋りするためにも、立ち寄ってもらった。

旧日本海軍の手により、250億円相当もの費用を投じてつくられた針尾無線塔。1941年12月8日、真珠湾攻撃の暗号電文「ニイタカヤマノボレ1208」も中継されたといわれる。終戦後、海上保安庁が管理し、1997年にその役割を終えたものの、2013年に国重要文化財(建造物)に指定された。

 ゆうきちゃんが普段いるという「HOGET/ホゲット」という名の建物に到着。当然ながら、ゆうきちゃんはすでに佐世保に向かっていていなかったけれど、カフェやコワーキングスペース、D.I.Y.コーナーなどが備えられたその場所はなんだかとても居心地がよかった。この場所をつくった「山﨑マーク」という刺繍屋さんの二代目、山﨑秀平さんがいらっしゃってご挨拶させてもらう。なんと7年前の長崎市でのトークにも来てくれていたとのことで、当時サインさせてもらった本を見せてくれた。

 ちなみに「HOGET/ホゲット」という名は、国指定史跡〈ホゲット石鍋製作遺跡〉に由来しているとのこと。西海の暮らしに根付いたクリエイティビティを大切に、西海の知られざる魅力を再発見・再編集、地域内外へ発信していきたいとHP に書かれていた。まさに地域編集。山﨑さんが言ってくれたことを鵜呑みにするわけではないのだけれど、それでも、そういったマインドの背中を押すきっかけに7年前のイベントがなったとしたらとてもありがたいし、今夜のイベントもそうなればいいなと思う。

CAFE REPORT

 たった1日の出来事とは思えない濃密な時間を経て、ようやく今回の長崎入りの目的地、イベント会場の「RE PORT(リポート)」に到着。「公開飲み会」と補足された夜のトークイベントで、一緒にお喋りする一般社団法人REPORT SASEBO(以下、リポート)代表理事の中尾くんと、同じく理事を務める松尾さんにご挨拶。さらに、今回のイベントを思いついてくれた友人、長崎の編集者、はしもとゆうきちゃんともようやく会えた。

一番手前右でピースしてるのが代表理事の中尾くん左から2番目の女の子がゆうきちゃん。そのとなりの白いシャツの男性が松尾さん。真ん中の空車Tシャツが小仙くん。

 前編でも書いたけれど、リポートの理事を務めるメンバーは、それぞれ、公務員、タクシードライバー、ホテルプロデューサーなど、別の仕事を持っている。すなわち、みんな副業としてリポートに関わっている。なかでも代表理事の中尾くんと松尾さんは、佐世保市役所の職員だというから面白い。

 きっと、公務員は副業できないと思い込んでいる人も多いはず。しかし、日本全国の自治体を見渡せば、「職務専念義務」「信用失墜行為禁止」等に反しない限り、ゆるく許可されているところも多くある。中尾くんいわく、そもそも実家の家業を手伝うという理由で、田んぼ作業をするなど、地方の暮らしとしごとにはさまざまなグレーゾーンが存在していて、そのグラデーションに白黒つけようとすること自体、たしかに不毛だ。当然ながら、彼らは日々、役所仕事を全うし、さらにこの町をよくしたいと踏ん張っている。

白と黒の間で

 だが先述のとおり、多くのメディアは彼らの豊かなグラデーションの解像度を下げてまで、白黒はっきりさせたがる。僕にとっては豊かで繊細なグラデーションも、凝り固まったメディアから見れば、中途半端でどっちつかずに見えたりするもの。ちょとしたお遊びのように思われたり、遊びはまだよいとしても、全力で取り組んでいないように思われたりすることも多々あるだろう。けれど僕は彼らのそんな副業ゆえの弱さのようなものに大きな魅力を感じた。

 日中、東彼杵の森さんにお話を聞いたことから感じた、「挑戦」と「保険」の話は、彼らの経済的なベースにおける「副業」と「本業」の話に通じる。彼らはここ佐世保の街で全力で遊ぶために、本業を頑張っている。それは決して中途半端だったり、勇気や根性がなかったりするのではなく、大きなビジョンの実現のための大事なステップ。そうやって理想のビジョンをカタチにするべく踏んでいくステップを僕はときに「編集」と呼ぶ。

グレーゾーン

 大盛況だったイベントを終え、打ち上げ会場の「おえいさん」という老舗ちゃんぽん屋さんで、一筋縄では行かない、彼らのいきさつをあらためて聞いた。凸凹で、曖昧で、ダメなところだらけの彼らはまさに目の前のちゃんぽんのようだった。さまざまな具材たちがまざり、どろどろになって支え合う茶色い炭水化物。疲れた体に瓶ビールを染み込ませて、朦朧としてきた頭のせいか、「ちゃんぽんうめえ」と「おめえらさいこう」みたいな気持ちがシンクロして、もうホテルに帰ろうと思った。

 ちなみに彼らのホームページには、こんな一言が書かれているから、ここで紹介しておきたい。

私たちが大切にしているのは、右と左、白と黒の間にあるグレーゾーン。そして、複雑なものを複雑なまま受けとめるふところの広さ。
〜略〜
本業(A面)と副業(B面)、行政と民間、ビジネスと生活そんな一見相対立する2つの世界の間のグレーゾーンにこそ、社会を前に進める可能性があると本気で信じているのです。

 このテキストを読んで僕は一層彼らが愛しくなった。まったく同感だ。効率化という名のもとで、グレーが黒か白かに振り分けられるたびに、解像度は高くなるのではなく、低くなってしまうことに世の中はもっと気づくべきだ。彼らが白と黒を再び引き寄せ、グレーで曖昧にしていくことは、町の解像度を上げていることに他ならない。しかもそれを全身全霊、本気で取り組むのではなく、あくまでも副業的に、ゆるやかに、けれどしなやかに、取り組んでいくことで、佐世保の町は明らかに変化している。

部屋にサウナが!?

 カフェRE PORTのある佐世保港近く、万津6区と呼ばれる地域で、カフェともうひとつ彼らが運営しているのが「RE SORT(リゾート)」という宿。そこに僕は泊めてもらうことになっていた。丁寧に宿まで案内してくれただけでなく、部屋の中に入って、そこにある器具の使い方をレクチャーしてくれる。そこまで丁寧にしなくてもと思うかもしれないが、そこまで必要だったのだ。なぜかというと、レクチャーしてくれたその器具は、サウナだった。RE SORTは、各部屋の中にサウナがある。しかも水風呂まで!

 僕は福岡出張が決まれば必ずサウナーの聖地「ウェルビー福岡」を予約するくらいサウナ好き。佐世保といえば「サウナサン」という名店があり、正直、時間があればそこに行きたいとも思っていた。しかし今回その必要はなかった。彼らが運営する宿「RE SORT(リゾート)」は、サウナ好きにとってマジ天国。確かにいまどきは、家庭用の簡易サウナが設置されていたり、テントサウナを時間貸ししてくれるような宿泊施設も増えてきた。しかしここは違う。部屋の中にセルフロウリュ可能なしっかりしたサウナ室がある。ふつうに寝るためのベッドルームとサウナ室が同じ部屋に共存しているなんて聞いたことがない。ベッドルームとサウナルームを隔てるものは、まるでパーテーションな壁ひとつのみ。あとは水捌けのためにサウナ側の床が一段下がっているくらい。だからこれは宿泊機能が付いてる温浴施設とはわけが違う。どちらかと言えば、「泊まれる本屋」がコンセプトのBOOK AND BEDに近いかもしれない。言わば、サウナに泊まれる「SAUNA AND BED」。マジですべての境界をグレーにしてくるな、リポートは。

 おかげで随分リフレッシュさせてもらった。正直、部屋の中のサウナなんて、どうしたって中途半端にならざるを得ないだろうとたかを括っていたけれど、そんな自分をモーレツに反省した。彼らはマジでやりきっている。ロウリュ可能で湿度たっぷりにできるサ室のクオリティはもちろんのこと、水風呂が素晴らしかった。小さな湯船サイズながら、なんとチラーが入っているのだ! チラーと言われても、サウナ好きにしかわからないと思うが、つまりは水風呂の温度を下げるための機械。サウナーにとって水風呂の温度はとても大切。水風呂がぬるいと、ととのうものも ととのわない のだ。そもそも大のサウナ好きだという代表理事の中尾くんは、当然水風呂の温度にこだわった。しかしチラーはとても高価な機械。この小さな水風呂のためだけに投資すべきものなのか、一瞬諦めかけた時、彼が出会ったのが豆腐屋さんで豆腐を冷やすためのチラーだという。それをここに組み込んだ。冷水で締められる豆腐のごとし水風呂。なんて最高なんだ。

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