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NIMBYからPIMBYへ?!

 こんな日に限って眠れないな。
 遠足前の子供じゃあるまいし、どこか気持ちが高揚しているんだろうか。アラームを朝4時と4時10分に設定して、とにかく目を瞑る。怖くて時計は見ないが、きっともう1時は過ぎている。3時間も眠れないじゃないか。焦る背中を撫でるように徐々に無意識が領域を拡げ、気づけばアラームが鳴って飛び起きた。

 どんなに眠かろうとシャワーを浴びると身体が目を覚ましていくのが毎度不思議だなと思う。羊水のごとし水を浴びて人間はよりまどろむような気さえするのに、そんなことはない。サウナでも脳内が覚醒していくのは水風呂ではなく、外気浴の時間。温冷交互浴の先にこそ気持ちよさがある。シャワーから上がってみれば、いつしか眠さは消えて、昨夜のうちに8割方まで詰め終えていたスーツケースの中身を満たして、余裕を持って家を出た。

 5時過ぎの始発電車に乗ってむかうは伊丹空港。そこからまずは羽田に向かい、午前のうちに埼玉の所沢まで行かねばならなかった。乗換案内アプリを駆使して、なんとか時間通り所沢までたどり着いた僕は、そこから目的地への送迎バスに乗車。約30分ほどでたどり着いたそこは、『三富(さんとめ)今昔村』という里山だ。

 数少ない埼玉の友人は、埼玉はほんとに何もないから、などと言う。「ほんとに」に込められた意味を想像しながら、何もないというのはつまりどこにでもあるということなのかなと、車窓から見える便利そうなショッピングモールを横目に思った。そういう意味では、ここ『三富今昔村』は、間違いなくどこにでもあるような場所ではない。だからこそ、わざわざ4時起きしてやってきたのだ。そんな場所があることを友人に伝えたいなと思う。

 一月ほど前だろうか。とあるSNSの投稿で、The Life Schoolなる団体が主催する、ここ『三富今昔村』の見学ツアーを見つけた僕は、躊躇なく申し込みをした。というのも、この里山を運営しているのが、石坂産業という産廃業者さんだと知ったからだ。

 近年ずっと言い続けているけれど、僕は編集者が今後取り組むべき大きなテーマがゴミだと確信している。また、そう言葉にすることで、実際に今年は大阪の産廃業者さんのお仕事をさせてもらったりしていて、僕のゴミの世界に対する興味はますます膨らんでいる。

 見学ツアーのスタート時間より30分ほど早くついたので、早速ひとり里山散策してみる。

 落ち葉のクッションが心地よく、冬にもかかわらず、見渡すほどに多様な植生を感じるこの美しい里山は、かつて不法投棄だらけの山だったという。

 それを何年もかけて整備し、植物の数は1.9倍に。生物多様性保全の貢献度に対する国内唯一の認証制度、JHEP(ジェイヘップ)でAAA(トリプルエー)の評価を受けるまでになった。

 しかしそこにはとても複雑な背景がある。

 この里山を運営するのは、先述のとおり、石坂産業という産廃業者さん。トラック輸送に適した立地からか同業他社も多いこの地域のダイオキシン汚染が1999年にTV報道される。ダイオキシンによって所沢の葉物野菜に多くの有害物質が含まれているというのだ。しかしそれは誤報だった。後にメディア側が誤りを認め、農家さんたちと和解するものの、2年の裁判期間に所沢の野菜は見事に売れなくなっていた。そして、それもこれも産廃業者がダイオキシンを出していることがわるいのではと、突如矛先を向けられた石坂産業は、2001年、産業廃棄物処分許可の取り消しを求める裁判を起こされてしまう。

 当時、石坂産業の周りには大小60本もの煙突が立っており、産廃銀座とまで言われるほどだったという。なかでも、報道の1年前に15億円もかけてダイオキシン恒久対策炉を整備していた石坂産業の煙突は、最も大きく新しかったことから、親玉に違いないと集中砲火を浴びた。

 世の中はいつだって、真実よりもイメージで動く。石坂産業のみなさんはその濡れ衣に耐えながら、なんとかして誤解を解くべくアクションを起こす。その一つが、周辺公道の清掃だ。地域住民の理解を得るべく、社員さんたちが毎日地域公道を清掃するのだが、翌日にはまた新たなゴミが捨てられていた。そんないたちごっこの原因は、このあたり一体がそもそも不法投棄の山だったことにある。日々の掃除も重要ながら、それ以前に不法投棄の山をどうにかしないことには、埒があかないのではと考えた石坂産業は、里山の再生に取り組み始める。そうして生まれたのが、ここ三富今昔村なのだ。

 集合時間の12時となり、指定の場所で集まった十数人の方たちによる自己紹介が行われた。僕以外の方は既になんらかのつながりがあったようで、最初こそ、なんだかお邪魔してしまったような気まずさもあったけれど、主催者のゲルシーさんこと高梨さんはじめ、みなさんのオープンさに、元来人見知りな僕も、帰る頃には少し打ち解けることができたように思う。

 石坂産業の社員さんがガイドしてくださり、早速、工場見学ツアーがスタート。そもそもビル解体に伴う廃材など、建設系廃棄物が多い石坂産業は、僕がこれまで見てきたいくつかの産廃さんのなかではもっとも規模が大きく感じた。

その敷地は里山なども含め、東京ドーム約4.5個分もある。

 これからいよいよ工場へと入っていくという手前で、いきなり足元のタイルを見るように促された。「さて、このタイルは一体何を再利用したものでしょう?」そんな問いからのスタート。

 答えは屋根瓦。
 続いて、大きく立派な庭石の再利用例を紹介してくれながら、今度はその庭石の大きさにも負けない、さらに大きな問いを放つ。

かつてはこれ一つで200万はくだらなかったという庭石。

「みなさん、そもそも “ごみ” ってなんでしょうか?」

 あまりに哲学的なその問いを冒頭にぶつけられて、多くの人は戸惑い、考えこむに違いない。すぐには出すことのできない答えを頭の中に巡らせながら、見学はスタートする。

良い産廃さんはみな、整頓が美しい。

 実は前述の風評被害を受けた際に、石坂産業はさらに大きく舵を切った。工場の全てを建物の中に入れてしまう全天候型プラントの建設を決めたのだ。作業時に出る粉塵を外に出さず、また廃棄物そのものがあまり目に触れないようにするためだ。

 都市計画51条という厳しい審査もなんとかクリアし、多額な投資をしてそれを実現させ、地域住民も喜んでくれるかと思ったが、今度は「あんな風に中を隠して、どんなよくないことをしているかわからない」と言われてしまう。そこで、いよいよ自分たちのやっていることをしっかり理解してもらおうと、工場見学コースをつくったという。

 その結果、今回の僕も含めて、年間6万人もの人が、見学・視察に訪れるようになった。グリーンに塗られた見学道に沿って歩いていくのだが、後付けとは思えないスムーズな動線で驚く。このように、ある意味で付け焼き刃な対応なのだが、そこに対して全力で取り組みきることで、業界内外かかわらず、多くの企業がお手本にしたいと思う企業となっていることに、僕は冒頭から既に大興奮していた。

 すべては行動の先にある。
 やりきった先にこそ、足元のグリーンラインのように、未来への道が続くことに気づけるのだ。

 壁面をつかった説明パネルも丁寧でわかりやすく、ガイドスタッフさんも、ちょっとした疑問にすべて真摯に答えてくれる。見学として完璧に思えた。そもそも、ここに掲載しているように、あらゆる場所で撮影が可能だったことも、自らの潔白を徹底的に明らかにしていくのだという気合の現れに違いない。

 途中、防音壁の緑化を進めているところがあったのだが、そこでの学びも忘れられない。当初、協力企業さんからは、枯れにくい観葉植物を勧められたそうなのだが、その品種が地域の生態系に影響しないように、植物を国有種のみに限定したという。その説明の際に「トレードオン」という言葉を初めて聞いた。おそらく、トレードオフならば多くの人が耳にしていると思うけれど、トレードオンはあまりないのではないか。

 例えば、現在日本全国で多くの植林が進められているが、その植物の種類についてまで考えられていることは少ないという。植林という行為自体はとても良いことだけれど、それが地域の生態系とトレードオフされていてはダメなんじゃないか。そうではなく、トレードオンを考えるべき。そんな風におっしゃっていた。

 まやかしのようなSDGsにはトレードオフがつきものだ。既にあるネガティブな一面を取り繕うように、何かしらの慈善事業を進めるけれど、その対価については触れぬままという事例の多いこと。大阪万博の開催や、神宮外苑の「樹木伐採」のようなわかりやすい経済合理性(もはやそれすら崩壊しているが)とのトレードオフだけでなく、一見するととてもサステイナブルでよい行いに見えることの向こう側にトレードオフしているものがないか、よーく考えることがいかに大切か。

 一つの課題解決は得てして、次の課題を孕んでいる。

 いよいよ工場へ。

 石坂産業は建築系廃棄物に特化しているとはいえ、リサイクル率98%という驚異的な数字を誇る。国土交通省の建設系混合廃棄物のリサイクル率の発表によれば全国平均63%(2018年)というから、石坂産業の98%は驚異的な数字だ。これだけの数字が出せるというのは、いかに分別が徹底されているかということ。しかし、その分別は、人間のしごと。

 ベルトコンベアーで流れてくる廃材たちを、ほぼノールックで色分けされたバケツに入れていく様はまさに職人。そのひとつ奥のラインでは、ロボットが仕訳をしているのがわかるだろうか?

 右側奥にあるボックスにカメラがあり廃棄物をスキャン。AIで素材を判断しロボットがピックアップしていくのだが、明らかにスピードが遅い。しかしいずれはその性能も向上していくのだろう。けれど、これらのチャレンジは、人間が得意なところとAIが得意なところを見分けることにこそ価値があるように思った。そもそもこういった他企業との研究連携は、工場見学の賜物で、訪れる企業さんの方から共同開発の誘いがあるのだという。現在は、ふるいの振動を利用した発電の技術開発の連携もスタートしようとしていると話してくれた。

 そういった結果論的企業連携で最も素晴らしいと思ったのが、大きな建屋のなかで動く重機たち。粉塵が出ないように建屋のなかにすべてを入れ込んだものの、その粉塵量はすごく、そこに加えて重機の排ガスが建屋のなかに籠り、従業員の人たちにとってかなり苦しい作業状況となってしまった。

 そこで日立との共同開発で生まれたのが、これ。

 この写真でわかるだろうか? この巨大な重機が、天井からぶら下がる電源ケーブルで繋がっていることを。これらの重機は排ガスを出さないよう、すべて電動で動いている。ちなみに、敷地内3箇所に太陽光パネルが設置されており、そこで発電される年間約20万kWhの電力が、三富今昔村をはじめとした施設の電力源となっている。何から何まで徹底している。

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