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日本の夏、緊張の夏。

今年の夏も寒い。
まさに冷夏とはこういう年のことを言うんだろう。

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お気に入りの「はちみつバター」を切らせてしまったので、
やけに蒸し暑いなか、半袖半パンで近所のスーパーまで出かけたときの話だ。

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目当ての品を無事購入。スーパーを一歩出た途端、ポツポツと雨が降りだした。

−うわぁ傘持ってきてないや。

傘がないまま、家までたどり着けるか不安に思った僕は、きっとこれは通り雨。じきに止むだろうと高を括って、しばらくスーパーの前で雨宿りすることにした。

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しかし、予想に反して雨はどんどん激しさを増す。

−やっぱりダッシュで帰ればよかったかな……

などと思っても後の祭り。異様な蒸し暑さに捉われて、表面張力ギリギリになるまでこの雨を蓄えていた空の異変に気づかず、呑気に半袖半パンで家を出た自分の動物的勘の衰えに呆れるしかなかった。

突然の雨にもかかわらず、当たり前のように傘をさす人の多さが余計に僕を惨めにさせた。

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雨は一向に止む気配がない。

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先程までの蒸し暑さに対する憂さ晴らしのような豪雨を前に、ただどうしようもなく立ち尽くしていた僕だけれど、すでに、奥行きの狭いスーパーのひさしでは、太刀打ちできないほど雨脚は強まっていた。

まっすぐ斜めに射してくる雨が、グラディウスの対地ミサイルのように僕を仕留めてくる。その照準の正確さに心までやられはじめたところで、僕は遂に白旗を上げる。

−こりゃあしばらく止みそうにないな。

再び店内へと戻ることにした。

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しかし

しかしだ。

再び入った、用もないそこ(スーパー)は、ただのでっかい冷蔵庫だった。

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ああ、
今年の夏も寒い。

まさに冷夏とはこういう年のことを言うんだろう。

露出度満点の僕の肌に否応なしに強烈な冷気が浴びせかけられ、次第に皮膚が大理石のように強張っていく。末端から徐々に首肩まわりへと氷結化していく姿はまるでアナ雪。けれど、体の奥底からわきあがってくる悪寒に「少しも寒くないわ」なんて言えるわけはなかった。

ああ、今年の夏もなんて寒いんだ。冬の自然な寒さとはちがう、生産性や効率といった「数値」が透けてみえてくる暴力的な冷気。まるでインテリヤクザのごとし詰めより方で、日本の夏は、首肩周りが、緊張の夏。

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そもそも、ここ(スーパー)で働いている人たちは、どんな対策を施しているんだろう? 見る限り、みなさん半袖ではないけれど、このでっかい冷蔵庫のなか、相当厚手のインナーでも着込んでいるんだろうか。

しかし休憩時に職場を一歩出ようものなら、うだるような暑さなわけで、わがまま子猫ちゃんな寒暖に振り回されて、身体がおかしくなってしまわないのだろうかと他人事ながら心配になる。

しかし、まあとにかくいまは自分だ。僕が今回死にそうな思いをしたのは、いつものアレを持ってこなかったからだ。あぁ〜どうしてこんなときに限って置いて来てしまったんだろう。いつものアレを。

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え?

なに?

あ、違う違う。

いつものアレは、傘じゃない。

アレとはコレだ。

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カーディガン。

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カーディガンと聞くと、皆なんとなく、肌寒い秋口なんかに羽織るものと思ってないだろうか? ならばきっとあなたのカーディガンもいま冬物として衣装ケースにしまわれ、クローゼットの奥で眠っているかもしれない。

だとしたらそれを、いますぐ取り出してみてほしい。

カーディガンが本当に活きるのは、この凍えるように寒い夏だ。

つまりカーディガンは上着界で唯一、衣装ケースとは無縁なのだ。

もっと言えば、カーディガンは冬よりも夏。
夏こそカーディンガンだ。

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カーディガンという名前の由来は、カーディガン伯爵から来ていると言われる。

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