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「現地じゃなくても感じられること」の尊さと、「現地でしか感じられないこと」の尊さ。

zoom打合せがスタンダードになったどころか、AIやVRなどの目まぐるしい進化を目の当たりにする日々。コロナ禍で気づき学んださまざまは確かに僕らの世界を拡張してくれている。

けれど、拡張すればその分、縮小するものがある。かつてデジカメがフィルムカメラを駆逐していったように。だけど僕は昔から、フィルムカメラかデジタルカメラか、どちらが勝つかみたいな「VS」的な考え方が好きじゃない。どちらにも当たり前に良しあしがあって、つまりはどちらもあったほうがいいと思うからだ。

秋田に『平沢商店』というお米屋さんがある。このお店に初めて出会ったとき驚いたのが、ブレンド米が売られていることだった。それまで僕のブレンド米に対するイメージは、米不足の際に海外の米を混ぜるといったネガティブなイメージしかなく、良いお米屋さんだと聞いたのに、ブレンド米ってどういうことなんだろう? と疑問に思った。

秋田県には二人しかいないという五ツ星お米マイスターの店主、平沢さんにまっすぐその疑問をぶつけてみると、平沢さんはこう答えてくれた。「同じ品種であっても、田んぼ一つ隣なだけで、その味わいや品質は変わる。それぞれの米には当たり前に強みと弱みの両方があって、美味しいお米に求められる諸条件を100%満たす米など存在しない。ならばそれぞれの強みが弱みを補い合うように幾つかの米をうまくブレンドをすれば、ある意味100点に近い米ができる」と。

なるほど! と思った。しかしどうしてそんな発想になったんだろう? と聞いてみたら、もともとコーヒー豆の卸の仕事をしていたからだという。そうか! コーヒーはブレンドが基本だ。

とにかく、そういった多様性を感じる物事や考えがフィットする僕は、デジタルかアナログか、といった対立的な話をしたいわけじゃなく、これだけデジタルの恩恵を受ける時代だからこそ、フィジカルな体験の強さを感じる場面も増えてきたよね、という話を今日はしたい。

そんな思いを最近強く感じさせてもらったのが、タイトルワークや、シナリオ編集、アートディレクションなどでガッツリ関わらせてもらった『仙台謎解きウォーク 街に願いを』という街中回遊型の謎解きイベントだ。

2年以上かけて仕込んできたイベントが先日ようやくスタートし、その模様を見届けるべく仙台まで行ってきた。

突き抜けるような青空の下、仙台駅のまわりには、早速謎解きキットが入ったバッグを肩にかけた方が何人もいらっしゃって、感動。参加してくれたみなさんの様子を伺うべく、ドキドキしながらツイッターを覗くと、それぞれにみなさん楽しんでくれているようで本当に嬉しい。こうやってリアルに仙台の街に訪れてくれることの喜びを噛み締めた。それもこれも、ようやく堂々と街に出られるようになったからこそ。コロナ禍を経たからこそ余計に旅のありがたさを感じる。

とはいえ、もちろん誰も彼もが実際に旅に出て街歩き出来るわけじゃない。身体的な理由や、経済的な理由、さまざまな理由でそれが困難な人もたくさんいらっしゃる。だからこそ、オンラインが拓き、教えてくれた世界もたくさんあって、リアルだけが正義ということではない。それぞれの状況があるなかで、こうやって仙台まできてくださった人には、とにかくピュアにありがとうございますと伝えたい気持ち。

僕は旅する編集者と言われるほどに、ふだんから日本の地方を旅してばかりいるけれど、それは僕のような編集者にとって、その体験が何にも代え難いからだ。それこそネット上の情報として各地の文化を認知できることはとてもありがたいし、その体験も尊いけれど、僕はそれを発信するしごとに携わるものとして自分自身が体感したからこそわかることを、世の中にシェアしなきゃと強く思う。

それゆえ僕は今回の来仙においても、現地に行くことでしか味わえない体験を大切にするぞと、謎解きイベントの様子を確認すること以外に、密かに3つの目的をもって来仙していた。

その一つ目は、映画『BLUE GIANT』を仙台で観ること。

というのもこの『BLUE GIANT』の主人公、宮本大は仙台出身。映像のなかにも当然仙台の街が出てくる。いつだったか、後輩編集者の徳谷柿次郎が、僕の誕生日に、「めちゃくちゃいいから読んでください」と、いきなり原作の漫画『BLUE GIANT』全巻を送ってきてくれるという粋なことをしてくれて、それ以来まんまとファンになった僕は、ご当地仙台で映画を見るんだと、公開後ここまでずっと鑑賞を我慢してきた。

そしてようやく、TOHOシネマズ仙台で映画を見た。

最高だった。物事の裏にある努力を察知する力のことを愛と呼ぶんじゃないかと、僕なりのあたらしい愛の定義が生まれるくらい、そこに漂う、熱のある愛に感動しまくって泣いた。そもそも漫画だからこそ表現できる音の世界というものがあって、逆に言えばそれを実際の音楽として表現、映像化することのハードルの高さは計り知れない。主人公の大の姿と、この難題に真っ向取り組んだジャズピアニストの上原ひろみさんら、実際のジャズプレイヤーの皆さんの姿が重なり、僕は一層感動した。納得の行く日々を重ね、覚悟をもってアウトプットすれば、なんと言われようとも前を向き続けられるんだという大の生き方に感極まった。個人的にはこの2年間、謎解きイベントにむけて踏ん張ってきてくれた仲間のことを思って、余計に泣けた。

大が夢を描いたこの街、仙台で、映画『BLUE GIANT』を観れた感動は、他では体験できないものだ。

さて、二つ目は、ご当地グルメの仙台せり鍋をいただくこと。

いまや仙台名物として広く認知されるようになった、仙台せり鍋。生産者自ら、このムーブメントをつくってこられたその立役者、三浦農園の三浦さんに鍋奉行をしてもらっての仙台せり鍋を、友人たちとともに味わわせてもらった。仙台と言えば、牛タンが有名だけれど、どうしても輸入するしかない牛タンと違って、仙台せりは実際に仙台で育てられた伝統野菜。真に地元産のもので、地元資本の飲食店さんと一緒に、名物をつくりたかったという三浦さんの情熱は、仙台の多くの酔っ払いたちをも巻き込み、15年かけて丁寧に仙台名物となっていった、という背景がある。

贅沢にも、そんな三浦さんに鍋奉行をしていただいた仙台せり鍋が、僕にとってのせり鍋との出会いだったゆえ、似た感覚を持っている編集者の友人たちには必ず味わってもらいたくて、何度か三浦さんにお願いをしてせり鍋会を開いている。今回はYahoo!JAPAN SDGsの編集長のはせたくという友人を呼んで、いまの時期が一番美味しいと言われるせり鍋を堪能した。

仙台せりは、とにかく根っこがうまい。その根っこに最も旨みが凝縮されるのがちょうど今頃。それゆえ個人的にどうしてもこの時期のせり鍋を食べたかったので、もう最高に幸福な夜だった。このおいしさと三浦さん自身の情熱を伝えたかったからこそ、書籍『みやぎから、』の取材でも、佐藤健くんや神木くんにも食べてもらった。2人とも感動して、目を丸くしながら「美味い!」と言っていたのが忘れられない。健くんなどは、あの後、いろんなところで何度も仙台せり鍋の美味しさを語ってくれている。

そして最後、三つ目は、実際に叶うか叶わないかは運次第だったゆえ、実は今回一番、切に願っていたことかもしれない。

それは、先日、芥川賞を受賞された佐藤厚志さんの本を佐藤さんご本人から買うこと。

どういうこと? と思われるかもしれないが、佐藤さんは仙台駅近くの丸善で書店員をされている。つまり、書店員でありながら作家活動をつづけておられるので、タイミングが合えば、ご本人から本が買える。これこそ仙台に行かなきゃ味わえない体験だ。

仙台のテレビでは、受賞の瞬間が中継されたりと、大フィーバーだったとのこと。僕も遠く神戸からその動向を伺っていて、見事受賞されたと聞いた時は、思わず「やった!」と声を上げて喜んだ。そんな仙台での盛り上がりが伝わる店内POPに、なんだか聖地感があってテンションが上がる。

ここまでされちゃうと、さすがにご本人も恥ずかしいだろうな😄

しかしながら、ご本人の姿は見当たらず……

それでもまあここで購入できるなら本望だ!と思っていたら、謎解きイベントのグッズを搬入してくれていた仙台の友人が、佐藤さんと旧知の仲だということで、わざわざお店の方にいらっしゃらないか尋ねてくれたのだ。

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