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【在校生&卒業生進路インタビュー】「学園生活が哲学そのものだった」 在学中に深めた興味からエジンバラ大学へ進学

高校卒業後にどこで何を学ぶのか。その選択肢は、日本国内とは限りません。「学びたいこと」を突き詰めた結果、海外の大学に進学を決めた生徒がいます。

渡辺七都さんは、高等科時代から哲学に興味を持ち、大学ではその学びを深めたいと考え、英国・エジンバラ大学に進学を決めました。

海外の大学を選んだ理由、哲学と学園生活とのつながり、今後の学びの方向性などについてうかがいました。

◆ 英国の大学を候補にした理由

渡辺さんは、高等科2年生で具体的に進学先を考え始めた頃から、海外の大学に興味を持っていました。最終的には英国・エジンバラ大学に進むことを決めましたが、当初はフランスやドイツの大学で哲学を学びたいと考えていました。

ジル・ドゥルーズという、フランス現代思想の哲学者を研究したかったんです。それならやはりフランスか、哲学の盛んなドイツの大学がいいかなと考えました。

当時自由学園には、ドイツの大学で学んだ経験のある先生がいて、進路について相談していました。でも、話を聞く中で、やはり言葉の壁があり、直接ドイツやフランスの大学に進学するのは難しいのではないか、という結論になりました」

渡辺さんは幼少期にアメリカで過ごした期間があり、「英語学習については多少のアドバンテージがあった」そうです。そこで範囲を広げ、英国についても検討してみたといいます。

「ジル・ドゥルーズは『イギリス経験論(経験主義)』に影響を受けていますが、それを発展させたのがスコットランドの哲学者デイビット・ヒュームです。エジンバラ大学のあるスコットランドは、歴史的にも哲学と関係が深く、文化やアカデミックが根付いた街でもあります。そこなら哲学を勉強する価値が十分にあると考え、英国に絞って検討を進めました」

◆ 哲学に興味を持ったきっかけとは

「哲学」というテーマはもちろん、具体的な哲学者まで想定して進学先を選んだ渡辺さん。そこまで興味を持つに至ったきっかけは何だったのでしょうか。

「原点の一つは、村上春樹さんの小説ですね。僕は中学まで全然読書をしていませんでしたが、親が好きだったこともあり、偶然手に取った『一人称単数』(村上春樹著)を読んでみたんです。

その読後感が何とも衝撃的で! よくわからないけど満足感がある。不思議な感覚でした。そうした「体感」について思いを巡らす時間も楽しくて、そこから村上春樹さんにかなりハマりました。

村上作品で多くの主人公が抱える『自分の存在意義』や『葛藤』は、誰もが感じたことのある『人間に共通する部分』だと思うんです。そこに惹かれましたね」

さらに、他の文学作品なども読んでいくと、おもしろいと感じる作品には類似点があることに気づいたといいます。

人間の虚無感、存在に対する不信感などが描かれていると、すごく興味が湧くんです。哲学ではニヒリズムなんて言葉が近いニュアンスを持つと思いますが、僕自身もそういう違和感をずっと心のどこかで感じてきました。だから、そこを突き詰めることに興味があるんだと思います」

文学だけでなく哲学書にも読書の幅を広げていくうちに、「哲学は自身の感情や感覚を言語化できるツール」だと感じるようになりました。そして、さらに深めていくために、探求の授業のテーマに設定します。

探求の発表をする渡辺さん。

「人文科学全体に対して詳しい友人と二人で、自分たちの哲学的関心を深掘りしていきました。高等科2年生の時は『時間』について、先ほど挙げたジル・ドゥルーズなどの理論を用いて考察し、今年(3年生)は『男子部における〈私〉』(男子部は生徒の自己形成にどのように影響したのか。それに加え、男子部における自我や自意識的なものは、いかに男子部の中で回り回っているのか)について探求しました」

◆ 自由学園での生活が「哲学そのもの」

探求で哲学的な関心を追求してきた渡辺さんですが、自由学園で過ごした時間からは「哲学書とは比較できない程大きな影響を受けた」と話します。

「僕は、学園での生活が『哲学そのもの』だったと思っているんです。

自由学園は自治の学校なので、生徒が中心になって学校生活・寮生活を運営しています。その中で、同級生と寮で夜遅くまで話し合ったことや、先生と一緒に議論しながら考えたこと、それらが一番重要だったと感じています。信念と情熱をもってお互いに意見を交わし、受け取り合ったことが『哲学』でした

特に、中等科3年生の時の担任とともにクラス運営をした経験は、村上作品とともに、哲学への「もう一つの原点」になっています。

「自由学園には、『懇談』という授業があり、クラスでいろいろなことを話し合います。当時、僕と同級生の数人で、先生と毎週相談しながら懇談に向けて何を話すべきかを考えていました。それは、クラスをどうしていきたいのか、本気になって考える時間でした。

実際に話し合う中では、議論が進まなかったり、説明不足な面があったりと、いろいろうまくいかないことも出てきます。それらを的確に補足しながらつないでくれたのが、当時の担任の先生でした。

彼がそれをできたのは、間違いなく人間性によるものであり、クラスメイトの彼に対する信頼があって成り立つある種の『カリスマ性』があったからです。生徒との向き合い方、学園教育の真髄を理解していたと思います」

自由学園(男子部)のキャンパス。

結果ではなく、全力でクラスという場について考え対話した時間が貴重だったと語る渡辺さん。担任とともに紡いだ「話し合いの経験」が基礎になり、高等科入学後、さらにその範囲を広げていきます。

「テーマはその時々によって変わりますが、例えば、学校運営に関わる選挙制度をどう変えるか、自由とは、責任とは何か。こうしたことを話し合って、みんなが納得できる進め方を探してきました。

お互い真剣に想いを語り、聞き、受けとめ合う中で、意見が一致することよりも衝突のほうが多いんです。だけどそれを恐れず、自分の考えや感情を表に出す。他の人がここまで本気になっているんだから、自分も本気でぶつけようと考える。そういう時間の積み重ねこそが、本当の意味での『生活』だし、生きることなんじゃないかと思います。

先ほども少し触れましたが、こうした日々の中で考えたことや感じたことを言語化するために、元々興味のあった『哲学』を選んだんです。つまり、哲学を深く学びたいと思うベースに、自由学園での生活、仲間との関わり合いがあったということです

「全力で人と関わり合った」自由学園での時間が、渡辺さんを哲学への学びに導きました。

◆ 「過渡期」の中で経験した濃密な時間

自由学園には100年以上の歴史があり、「生徒による自治」にも先輩たちが積み上げてきた伝統があります。しかし、渡辺さんたちが中等科に入学してからの6年間は、共学化へ向かう大きな変革期であり、さまざまな制度が移り変わっていく過渡期でもありました。そうした状況が、これまでとは異なる「特別な学園生活」をもたらしました。

「僕たちが中等科に入った頃は、まだまだ厳しい上下関係が残っていました。それが中2くらいの時に、上級生から『変えていこう』という提案がされるようになり、徐々に変化していきます。さらに、共学化の方針が発表された直後からコロナ禍に突入して、学校生活や寮生活も変更せざるを得ない状況になりました。

高等科に入り、いよいよ共学化に向けて大きく学園生活の基本制度が変わろうとする中で、自分たちはどうあるべきか、何を残していくべきかについて、葛藤しながらも考え、議論し続けてきました。変化の最中にいたからこそ、より話し合うべきことがたくさんあったとも思います。そこにはやはり、大きな影響を受けました。

そして、こうした議論や対話は、学園生活の中だけでなく、もっと広いコミュニティや社会全体を運営する場合にも、当てはまることだと思うんです。

それぞれが異なる感性や価値感を持つ中で、コミュニケーションをしながら、時にはぶつかり合いながら考え続けていくことは、人間として生きる上で大事な要素だと思っています。

中高生という年代に、こうした濃密な経験ができたことは、間違いなく僕の中で大切な財産になりました

学園生活を通してそれほど真剣に仲間と向き合い、大きな学びが得られた理由はどこにあったのでしょうか。

「それは、男子部が『熱狂できる場』だったことに尽きると思っています。お互いに感情をさらけ出して、話し合わなければいけないことがたくさん転がっている場所なんです。

僕たちは寮生活なので、かなり長い時間を一緒に過ごしています。本当に、『寝食をともにしている』関係です。だから、学校にいる時間だけをただやり過ごせばいい、というふうに割り切ることも難しい。必然的にいろいろなことに本気で向き合い、話し合うことになったんだと思います」

◆ 実際に訪れて決めた志望大学

学校生活からたくさんの学びを得て、哲学への興味・関心をさらに深めた渡辺さん。先述のように、高等科2年生の時に具体的に検討を始め、春休みには大学を見学するためイギリスへ渡航しました。そこで、「エジンバラ大学で学びたい」という気持ちを強くします。

大学はもちろん、街がすごく美しくて、その雰囲気に惹かれました。親の同僚のイギリス人の方が、エジンバラ大学について『とても良い大学だ』と話していたことも、プラスの材料になりました。

そして、実際に自分自身の目で確かめて、『ここだ!』と感じましたね」

現地では、自由学園の英語教員の友人の方にも歓迎してもらいました。来年またここで会おうと言われ、「これは絶対合格しなくちゃなと思った(笑)」そうです。

エジンバラの街並み。

帰国後、すぐにエジンバラ大学入学のための準備を進めました。イギリスの大学はすべてWEBで出願し、書類選考で合否が決まります。学校からの推薦状、自己推薦書、成績表などの他、パスポートや現在の居住地など詳細な個人情報の記載もあり、準備が整ったのは直前でした。11月に出願し、結果が届いたのが12月中旬だったといいます。

渡辺さんは、エジンバラ大学も含めて英国の3つの大学に出願していましたが、そのすべてに合格することができました。

「正確に言うと、『コンディショナルオファー』といって、条件付きの合格です。今の成績を維持して学校を卒業することができたら、最終的な『合格』になります」

さらに、海外からの入学の場合は、「ファウンデーションプログラム」で1年間研究の準備をし、その後大学の学部過程に進むそうです。2024年秋から、渡辺さんのエジンバラ大学での5年間の学びが始まります。

◆ どこに進むかではない 「目標に向かって努力する過程」に意味がある

渡辺さんは、哲学という明確な学びのテーマを持ち、それに向かって海外へと飛び出していきます。エジンバラ大学を卒業したあとの将来については、どのように考えているのでしょうか。

「あくまで今の気持ちですが、フランスの大学院で哲学の研究をしたいと思っています。でも、もしかしたら英国の大学で研究を続けたいと思うかもしれないし、先のことははっきりとは決めていません。今はとにかく、自分の学びに磨きをかけていきたいです」

これから進路を考える中高生に伝えたいことはあるかと訊ねると、「準備は早めに!」という言葉が返ってきました。

「僕は卒業後に進む場所もその理由も、何でもいいと思います。今はやりたいことがはっきりしていないからとりあえず大学に行こう、でも悪くない。だけど、行きたい場所を決めたら、きちんと準備しないとなかなかうまくはいきません。

自分なりに高い目標を設定して努力する過程こそが、大事な経験になると思うんです。目標を決めるには、自分の実力を知る必要もあります。そして、結果を出すためには、やっぱり時間がかかります。

どんなものでもいいので、目標に向かってじっくりと準備することが大事だと思っています

学園内に咲く桜。

学校生活の中で得た経験をしっかりと自らに落とし込み、「哲学」に結びつけて言語化していく。渡辺さんのこうした姿勢から、「学びは常に生活の中にある」ことを改めて教えてもらったように感じます。

海外での研究は難しいこともあるでしょうが、自由学園で仲間とともに過ごした濃密な時間が、今後の渡辺さんの道標となることでしょう。


取材・執筆 川崎ちづる(ライター)


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