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ドローンと人工知能が海洋ごみの実態を解明する

高屋さんは子どもの頃から生き物に興味を持ち、大学時代はアライグマ、RE:CONNECT(リコネクト)所属前には高校教師をしながら生徒と一緒にカメを研究してきた動物生態学者です。
RE:CONNECTでは、生き物たちにも影響を与えている海洋ごみ問題の調査に携わっています。海洋ごみの実態をドローンと人工知能で解明する高屋さんの取り組みを紹介します。


調査方法が確立されていない海洋ごみ

動物生態学が専門の高屋さんが一見畑違いとも思える海洋ごみ問題に取り組むのは、「生き物にとっても人間にとっても住みやすい環境にしたい」という思いから。海洋ごみとなって漂う漁網がウミガメや魚を捕らえてしまう「ゴーストフィッシング」をニュースで見かけるたびに心を痛めていました。

ここでいう海洋ごみとは、プラスチックごみを指しています。プラスチックの歴史は意外と浅く、開発されてからまだ100年ほど。日常生活に広まったのは戦後で、わずか50~60年で世界的なごみ問題に発展しました。


近年、風化して小さくなったマイクロプラスチックが、食物連鎖を経て人の健康にも影響を及ぼしてしまう可能性が指摘されています。また、人の腸から吸収されてしまうほど小さいナノプラスチックの存在も明らかになりました。

自然に流れ出した海洋ごみは、海流に漂っているとも、海の底に溜まっているとも言われ、海洋ごみの実態は解明されていません。

「今を生きる僕たちがプラスチックを使わないということは不可能だと思います。次世代のことを考えつつ、生産したプラスチックをコントロールしていくことが大事」だと高屋さんは考えています。

海洋ごみのもとを正せば、それは陸から出たごみ。海洋ごみの多くは、海と陸との境目である砂浜に集まります。「マイクロプラスチックになる前に回収することができれば、海洋ごみ問題に貢献できるのではないか」高屋さんたちは、まず海洋ごみの実態把握からスタートしました。

人工知能の開発は地道な教育がカギ


砂浜の海洋ごみを一つずつ目で確認していては、時間もお金もかかってしまいます。そこで「ドローン」と「人工知能」に着目しました。ドローンは短時間で広範囲に砂浜を撮影できます。その撮影画像から人工知能を使って海洋ごみを自動識別しようとする試みです。

ドローン撮影に向かう高屋さんたち
成ヶ島の砂浜に散乱する海洋ごみ

高屋さんたちはまず、海洋ごみが多く集まる兵庫県淡路島そばの成ヶ島を選定し、ドローンで砂浜を撮影しました。

次に、撮影画像に写る一点一点の対象物に対して、「これは海洋ごみ」「これは自然物」と人工知能に教えていきます。人工知能に「教える」ことで自動識別が可能になります。どのような画像でどのように教えると「よい人工知能」が作れるかは手探りの状態。撮影画像は2,000~3,000枚にものぼりました。


人工知能には「海洋ごみ」という概念がありません。

人は頭の中に物の概念があるので、たとえば海洋ごみとなった漁網を一度理解すると、形が変わっていても「漁網」と認識することができます。人工知能にとっては、これが想像以上に難しいのだとか。

パソコン上で人口知能に海洋ごみと自然物を教えます

はじめは思うように海洋ごみを識別できず、結果を見るたびに落胆する日々。それでも根気よく教育を重ねて、かなりの精度で海洋ごみを識別できるようになりました。子どもの成長を喜ぶ親のように感動もひとしおだったと振り返ります。

ちなみに、人工知能による識別は100%(1)か0%(0)ではなく、78%(0.78)というような確率で示されます。人工知能も悩みながら答えを出していることが面白いところです。


これまで労力がかかり実現できなかった調査が「楽にできること」。それがドローンと人工知能を活用するメリットだと高屋さんは考えます。

人工物が青枠、自然物が赤枠で囲われて識別された画像


参加型アプリ「PicSea」で海洋ごみ問題を身近に

この人工知能を活かしたスマートフォンアプリ 「PicSea」(ピクシー)が2021年11月に完成しました。

海洋ごみを撮影して投稿すると、アプリ内の地図に情報が公開されます。集まったデータを解析すると各地域のごみの量や種類が把握できる仕組みです。

開発では人の心理的な壁を減らし、市民が気軽に楽に使えるように心がけました。その一つが、撮影するタイミングを教えてくれる四角い枠の表示です。

実はカメラごとに人工知能が識別しやすい画像の表示サイズ(解像度)が異なります。そのため、利用者は被写体の表示サイズを自分で調整しなくてはなりません。それを言葉で説明しようとすると、人によって受け取り方が異なるため、誤解が生じてしまう恐れがあります。

高校教師として人に伝えることの難しさを実感してきた高屋さん。利用者の視点に立ち、直感的に理解できる仕様にこだわりました。

ここにも「楽にできること」の工夫が取り入れられています。


環境問題は誰もが被害者であり誰もが加害者。これからは、みんなが自分ごとに落とし込めるようなきっかけが必要だと高屋さんは考えます。歯みがきのように無意識的に環境問題に貢献できるような仕組みを作りたい。PicSeaがその一助になることを期待しています。


人工知能をオオサンショウウオの個体識別に応用

高屋さんは現在、この人工知能をオオサンショウウオの個体識別に応用する研究を進めています。

オオサンショウウオは中部地方から九州の河川に生息する両生類で、絶滅が危惧されている生き物です。水の中にすんでいるため、近年の豪雨で流されてしまう被害が発生していました。高屋さんは各個体の生息場所がマッピングできれば、流されたオオサンショウウオを適切な場所に戻すことができ、保護にもつながると考えました。

オオサンショウウオを調査する高屋さん

オオサンショウウオの個体識別は、頭の模様で判別する、または体に埋め込んだマイクロチップをリーダーで読み取り判別するといった方法があります。しかし、これらの方法は専門知識を要したり、オオサンショウウオの体に負担をかけてしまったりすることが課題でした。高屋さんは、水の上からオオサンショウウオを撮影した画像で個体識別ができる人工知能の開発に挑戦しています。


テクノロジーを活用してこれまで困難だった研究が「楽にできること」。

その心の奥底には「生き物にとっても人間にとっても住みやすい環境にしたい」という高屋さんの思いが詰まっています。


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