見出し画像

写真撮影における雑念

カメラを持つと生まれる邪念について、どう対処するかを整理した。心持ちで対処するか、機材で対処するか。

闇雲撮影

とりあえずの記録。無意識撮影。撮ってみたらいい感じにならないかな撮影。
〈対処方法〉
意図もなく撮りまくれる状態が良くないと考えれば、基本はカメラを持たない方が良い。そのためには、必要なときにカバンから取り出しやすい、例えばコンパクトなカメラを使うのが良い。もしくは、とっさに撮れないよう、マニュアルフォーカスのレンズを選び、撮影の手間を残すのも手。いつでも撮れるのが良い、無意識に撮れるのが良い、という側面もあるから、この衝動を完全に捨てる必要もない。そこまで深刻に考えずに、気楽に付き合っていく。

貪欲撮影

人が撮っている貴重な光景やシーンが羨ましくなってする撮影。
〈対処方法〉
自分も撮りたい、ではなく、その人のその瞬間の出会いを尊重する。自分が求めるのも出会いと感動であり、後乗りしても感動は少ない。だから、何かを求めすぎて出かけることもしない。目的を決めておかない。それなら羨ましくもならないし、自分の偶然の出会いに専念できる。

収集撮影

被写体をコレクションする撮影。まだ見てないものを探し求める。
〈対処方法〉
見たことのない野鳥を見て記録したいとか。これをやりだすと興味のないところまで手を出してしまい、興味の境界線が曖昧になる。撮っている瞬間が興奮のピークとなり、あとで写真を見て、何やってたんだろうと後悔する。その苦い思いを忘れないようにする。

承認撮影

人に褒められるための撮影。自慢するための写真を撮る。良さ気な雰囲気の量産型の写真を撮ろうとする。
〈対処方法〉
自分のために撮る。自分が見て楽しい写真をよく考える。何でも長く楽しむには、人と比べないのがいい。高いレンズ、例えば超望遠レンズを使えば小鳥を大きく写せて、人に評価してもらえるけど、それは自分が撮りたい写真ではない。

成果撮影

成果を求めて焦りながらする撮影。心の落ち着きがない状態での撮影。
〈対処方法〉
釣りでいう釣果のようなものが得られなくても、大きな当たりがなくても、たとえ写真を一枚も撮らなかったとしても、心が豊かならその過程を楽しめるんだ、ということを思い続ける。


僕はカメラを持つと性格が変わるというか、カメラに行動を左右されることがある。これは様々な欲求によって起こる不本意なもの。このことを認識して、常にこの欲求と理想とのバランスを取りながら写真を撮ることで、写真撮影がよりおもしろく感じられている。


この記事が参加している募集

#カメラのたのしみ方

54,988件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?