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自分のフィールドを見つける

 今年の春夏は、お気に入りのフィールドを見つけるために何度か出かけた。探していたのは、バードウォッチングに適したフィールドだ。

 野鳥を観に行くようになってから、まずはできるだけ色んな種類を観ようと、色んな所を訪れてきた。もちろんその点での成果はあった。どんな種類がどういう場所にいるのか。季節ごとにどんな渡り鳥が見られるのか。少しずつ分かってきた。はじめのうちは、こんな風に幅を広げていくのが良いのかもしれない。

 でも次第に、もっとのんびり、時間の流れを楽しみながら、何かを感じながら、野鳥を観察したいと思うようになった。同じ生き物でも、色んな姿を見たいという思いが芽生えてきた。そもそも、土日の休みを利用してバードウォッチングをしていると、どうしても時間が足りないと焦りすぎてしまう。僕の性格も、成果を求めがちで、完璧主義なほうだ。バードウォッチングに当てはめると、見たことのない鳥を見つけること、その数を増やしていくことが目的になりがちだ。そんな僕が、生き物をもっとゆっくり観察したいと思うようになった、この変化は自分にとって大きな意味があった。慣れないアプローチかもしれないが、その分見たことのない世界が開かれるかもしれないという期待があった。

 まずは単純に、何度も足を運びたくなるような場所を探した。具体的には、生き物が自然な姿を見せてくれて、かつ自分も座って落ち着ける場所だ。自分が落ち着いてリラックスできることも大切だと思った。そういう理想的な場所は、確かにあった。

 ある川の中流がとても気に入った。はじめて川沿いに立ったとき、絶えず水が流れ落ちる瀬、底が見えない不気味な淵、大きく蛇行するダイナミックな流れに惹かれた。淀みを見れば、魚の影や水生昆虫が見られた。多様な環境があることにすぐ気が付いた。感覚的には、鳥が気に入りそうな場所である。

 そのとき、見慣れない鳥が飛ぶ瞬間を目の当たりにした。このときは無意識に近づきすぎてしまい、残念ながら逃げられてしまった。それでも、野鳥がいそうだという予感が当たり、とても興奮した。こういう偶然は素直にうれしい。日陰が多いとか、座りやすいとか、生き物が好きそうな環境だとか、風景の中に動きがあるとか、良い場所だと感じられる理由はいくつかあるけれど、さらにもうひとつ、直観的に良いと思えるものが必要だと思う。それは、その場所で衝撃を受けた経験や、興奮した経験だろう。まぎれもなく、それがまた来たくなる理由の核心だ。結局は、生き物と同じかもしれない。生き物だって、毎日同じ場所に餌を獲りにくることがあり、お気に入りに場所がある。彼らのお気に入りの場所が、僕のお気に入りの場所になる。

  幸い、そこは座ってゆっくり過ごせる場所で、その恩恵もあった。焦らない。落ち着いた心で自然と同化する。ゆったりとした川の流れや、鳥が鳴く間隔など、その場のリズムに自分の心の波長を合わせる。鳥の多彩な鳴き声など、これまで注意していなかったようなことに気が付き、感じることが増える。心が落ち着いた状態で、色んなことに思いを馳せるようになる。家族のこと。仕事のこと。不思議と、今まで許容できなかったことを許容できたりもする。

 お気に入りの場所に、繰り返し訪れるようになった。環境は常に変わっている。たった1週間でも変化が見られる。梅雨が明けた直後に、川の流れが大きく変わっていた。以前水が流れていた場所に、いま自分が立っていること。自然が常に変わり続けているということを、身をもって感じた。雷雨の日もあった。いつもいるサギたちはどこで過ごしたのだろう。そもそも普段から、夜はどこで過ごしているのか。自分がその場にいない間も、気になってくる。また訪れた際に、いつも通りの様子が見られると、とても安心する。生き物が同じ姿を見せてくれる安心感はなんなのだろう。出過ぎたことを言うかもしれないが、雨風の強い日を人間なりには知っている。だからこそ、また出会えることに安堵するのだろうか。

 僕が気に入った場所は川であり、幸い、川は上下につながりをもっている。上流の方の、大きく蛇行して見えなくなった先がどうなっているのかが気になっていた。足を運んでみると、たいてい予想もしていない光景が広がっていて、また違った興奮を覚える。冒険できる可能性が常にある。我ながら、なかなか良い場所にハマったと思う。さらに源流の方まで、見てみたくなる。同じ川であっても、全く違う風景を見せてくれるのだろうか。そこに棲む生き物も違うのだろうか。もちろん、空間的な広がりだけでなく、次の季節、さらに来年への期待もある。

 僕のお気に入りのフィールドでは、定常と変化が入り混じっている。何度でも行きたいし、少しずつ冒険もしたい。でも冒険しなくたっていい。そこに焦りや縛りはない。そんなフィールドや心持ちがあることの良さは、バードウォッチングに限らずきっと何にでもあると思う。自分の行動のペースが変わり、心情や思考に変化を与えてくれること、時空間的な広がりにより感受性を高めてくれること、自分の世界がこんなにも変わりうるということに気付かせてくれたこと。とても大きな経験をしたと、この春夏のフィールド探しを振り返ってみて思う。

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