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未練【前編】

私はとある事情で今の部屋から早急に引っ越さねばならなかった。

一時的な避難場所のような物なので住めたらどこでも良かった。そこが例えボロアパートでも、事故物件であったとしても。

「あの、ここにします。」

来店して約10分で部屋を即決した私に困惑気味の不動産仲介業者の男性。
「…他の物件もご覧いただかなくてよろしいのですか?」
「はい、一刻も早く入居したいです。できたら今月中に。住民票などの書類も必要な分はひと通り持って来てます。足りない分があったら言ってください。」
「そう…ですか。えっと一応確認いたしますが本当にこちらのお部屋でよろしいでしょうか?」

男性は何だか煮えきらない様子であったが構わなった。
「お願いします。」
「では、こちらの資料をご覧の通りですね、物件について告知事項があります。詳細をお話しますと2年前に…確かニュースにもなっていたと思いますが…。」
資料の下の方に『告知事項有り(殺人事件)』と書かれている。
「あー、そういえばありましたねぇ。」

家賃50,000円の2LDKオートロック付きマンション。都心で駅から徒歩15分以内で築年数も浅いのにも関わらずこの価格。

そう、私がこれから住む部屋は事故物件である。2年前に起きた女子大生バラバラ殺人事件の現場で
「ここだけの話ですね…。」
と男性曰く"出る"噂があるらしい。

しかし事故物件であろうが幽霊が出ようが私には関係ない。幽霊は幻覚の類だと思っているし、この世で一番怖い存在は生身の人間に決まっているのだ。

―とにかくあいつから逃げなきゃ。

――


あれからひと月ほど経ち、新居での生活にもだんだん慣れてきた。今のところ怪奇現象はなく平凡な日々を送っている。

いつものように仕事から帰ってテレビを点けようとすると、テレビ台の後ろから何かがカサカサ動く音がした。

もしかしてG?と殺虫剤片手にテレビ台の後ろを確認すると何もいない。とりあえず3プッチュほど殺虫剤をかけておいた。黒い物体がスッと消えたような気がしたが後で処理しよう。

そんな事よりも今日は歌番組に大好きなバンドが出る。それだけを楽しみに1週間を乗り越えたのだ。チャチャッと簡単なつまみを作ってハイボールを片手に待機する。

「ケン様!うひゃ~」
私は酔いも手伝い、ライブグッズであるタオルをぐるぐる回しながらノリノリでライブ気分を味わっていた。

♪も…戻れな… 逆に…

ザザッ…ブツッ。

「はぁ?」
いいタイミングでノイズが入り、テレビの電源が消えた。確認がてらテレビに近づくと、台の後ろからカサカサ音がする。恐る恐る覗いてみるとそこには


女の生首があった。


「っ!」

目が合った瞬間から耐え難い耳鳴り。叫びたいのに声が出ない。どうやら私は金縛りに合ったみたいだ。

女は目や鼻、口から血を流しながら

「…サナイ…ユルサナ…アァァァァァァァ」

その後、女はゆっくりと消えていった。金縛りから解かれてからもしばらく震えが止まらなかった。

時計を見ると3分も経っていなかった。

あの悍ましい顔が頭にこびりついて離れない。また出たらどうしようなどあれこれ考えてしまい、結局一睡もできなかった。

ブーッブーッブーッ

「っ!あ、電話か…。」
スマホのバイブにびっくりする。時計を見ると午前9時過ぎ。少しウトウトしていたようだ。画面には『マルバツ警察署やまださん』と表示されている。

「はい。」
「こちらマルバツ警察署生活安全課です。室屋さんの携帯で間違いないでしょうか?」
「はい。そうです。」

「あれから異常はありませんか?以前のように執拗に連絡してきたりドアをノックされたり玄関ポストから液体を入れられたりなど。」
「あれからすぐ引っ越しして今のところ被害はないです。携帯番号も変える予定です。」

別の意味で被害はあるが。

「それなら少しだけ安心しました。が!くれぐれも油断しないでくださいね。ストーカーは忘れた頃を見計らって近づいてくる可能性がありますからね。番号も変えたら生活安全課の山田まで教えてください。しばらくこうやって確認の連絡をしますので。」
「ありがとうございます。」

「あら朝から賑やか。お友達と一緒なんですね。ならちょっとだけ安心しました。とにかくストーカーからの連絡は絶対とらないでください。また何かありましたらすぐ110番してくださいね。ではお気をつけて。」

「え、あ、はい。」

もちろん私は1人だ。一気に体感温度がガクッと下がった。全ての元凶であるあいつが憎い。何故私ばかりこんな目に。


――


「幽霊!?ムロちゃん幽霊信じてない派だったじゃん!マジで?」
結局あの部屋に1人でいることが嫌だったので、大学時代からの友人であるりみとランチすることにした。
「うん。テレビ台の後ろを除いたら女の生首があった。金縛りにも合って消える間際に絶叫。心臓止まるかと思ったわ!」
りみはアイスコーヒーの氷を混ぜながら

「そのバラバラ殺人の被害者の女の子かな…。」
「分からない。血だらけだった。幽霊初めて見た…。」
「そっか。」
「何かめちゃくちゃ怒ってたよ。」 
「まぁその子って断定はできないけど、志半ばで殺されたわけだからこの世に未練はあるかもね。」

未練、か。


―TO BE CONTINUED―


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