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自転車とサイダー

「一歩間違えたら利用者や保護者の信頼を失う所だったぞ。タイミングを見て担当からまた折り返す事を伝える!内容を取ったメモもちゃんと残して渡す!報連相は社会人として基本だからな。仕事は遊びじゃないんだぞ。」

新卒で福祉関係の支援事業所に就職して半年。初めて上司に強めの口調で説教された。事の発端は利用者からの相談の連絡。担当ではないが周りの支援員がみんな忙しそうにしていたのと本人が切羽詰まった様子であったため、そのまま対応してしまった。

その後、保護者から『息子が泣きながら興奮している。あいつは息子の気持ちを全然分かっていない!連携はちゃんとできているのか?さっき対応した支援員を出せ!』とクレームが来たのだ。

上司はどちらかと言えばいつも冗談を言って場を和ませるタイプで、だからこそいつもの彼と違うピリついた雰囲気に萎縮してしまった。

「まぁ、あそこは保護者含めて難しいケースだからな…そんな気を落とすなって。何事も経験だから。切り替えてこう。」
など先輩方は励ましてくれたが、なかなかモヤモヤは晴れず。

上司も俺の事を思って言ってくれたのだろうが、自分の存在は職場において果たして価値があるのだろうか。その日はずっとマイナス思考の渦に飲み込まれぬよう藻掻くのに必死であった。

「では、お疲れ様でした。」
何とか終業時間までに記録を書き終わり、無理矢理作った笑顔で退社する。

とりあえず食べよう。帰ってからレトルトカレーを頬張っていると、いつも見ているバラエティ番組が始まった。しかも『集え!戦隊物大好き芸人』だ。戦隊物が好きな芸人達がテーマに沿って語り合う大好きな特別企画。自分自身も昔から好きで中でも『覆面ライダー』は初代から観ており、フィギュアやソフビなどもコレクションしている。

いつもは1人でも声を上げて爆笑しているのに全く笑えない。逆に虚しく感じてしまいテレビを消す。幸い明日は土曜だが休業日だ。明日明後日ゆっくりすれば回復するだろう。…多分。

「はぁー馬鹿…。」
今まで目立ったミスもなかったので少しだけ自信もあった。『心理士と精神保健福祉士の資格を持っているしこの相談内容、今の自分なら解決できるのでは?』と。話をしていく内に利用者も落ち着いた様子だったが、心の奥底では納得できなかったのだろう。調子に乗った結果、みんなを不快な気持ちにさせてしまった罪悪感と悔しさでどうにかなりそうだ。

ピコピコン!

今日の事はもうこれ以上考えさせません!と言わんばかりに携帯が鳴る。大学時代からの友人だった。
『駅前のまねくねこでユースケたちとアニソン祭り開催中なーう。お前もでてこいやぁ』

「何だよ、こいつエスパーか?」
と思わず呟いてしまった。これから泣こうとしていたのであまりにもタイミングが良すぎる。けれど今はとにかく「自分」の殻に閉じ籠もりたい気分でこれ以上携帯を見るのも面倒くさい。ましてや今電話なんてしたら…涙腺が決壊しそう。尚更
『泣くなし!じゃあさ、今からお前んち行くわ。朝まで飲んでパーッとしようぞ。』
とか言うだろう。ありがたいが今は余裕がない。

とりあえず明日は休みなのでいったんスルーして
『昨日はごめん寝ちゃってた!』
と返そう。それからソファに横になって少し泣いてボーッと過ごした。

「んがっ!」
イビキで目が覚める。いつの間にか寝ていたようだ。時計を見ると6時。二度寝しようとしたがまたもや昨日の事を思い出してしまいモヤモヤして眠れない。この際どこか宛もない旅に出てしまおうか。とにかくこのまま部屋の中で考え込んでも何もならない気がする。

とりあえずコンビニにでも行くかと財布をポケットに入れて外に出る。空は青く澄みきっていて綿菓子のような雲が散らばっていた。

ふと駐輪場に止めている自分の自転車に目が止まった。シートがかかったままで若干埃が被っている。

「これも持って行きぃ。」
大学進学を機に大阪から上京する際、親父が通学用に使えと実家の倉庫から引っ張り出してきたのは中学から高校まで使っていたボロ自転車。結局通学は徒歩圏内だったため、あまり出番はなかった。現在も職場が山手のため車で通勤している。

「…よし、とりあえず行けるとこまで行ってみっか!」
不安と希望を胸に自転車のシートを捲る。
「空気は入ってっけどちょっと錆びてんな…。」
高校まで晴れの日も雨の日も苦楽を共にした『元相棒』に時の流れを感じる。何せ約9年ぶりなのだから。久しぶりに自転車にまたがりペダルを漕ぐとギッと音を立て少しだけ重みを感じた。

無になってペダルを漕ぎ続ける。爽やかな風が気持ち良く顔を撫でる。まずは分かりやすく行きつけのスーパーの通りをまっすぐ行く事にした。しばらくするとこれまでの都会の喧騒から一変して田園風景が広がる。全く見知らぬ土地だ。

一瞬だけ引き返そうか迷ったが『この先何があるんだろう』と好奇心も手伝って俺はペダルを漕ぎ続ける事にした。


更に道が狭くなり、民家も外観が昔ながらでおばあちゃん家を思い出しながら懐かしさを感じていると、民家の塀の前に自販機を見つけた。

そういえば水分補給してないや。何となく炭酸を飲みたい気分だったので探してみる。

「おっ!覆面ライダーにゴンレンジャーやん!こんなんあるん!」

大好きな戦隊物が缶にデザインされた飲み物が自販機に並んでいた。興奮のあまり関西弁になる。その中でも覆面ライダーのサイダーがあったので買ってみた。
「覆面ライダーやから覆面サイダーって…ブハッ。」
思わず吹き出す。周りに人がいなくてよかった。

味は普通のサイダーだけど、どこか懐かしい味がした。

そういえばあの日もサイダーを飲んで帰ったっけ。中学の部活で顧問に
「おいっ!何度言うたら分かるんや!遊びのサッカーとはなぁ違うんやで!」
と部員1人1人平手打ちされながら叱られたっけ。
「まったっ…パスのタイミング全然ちゃうわー!やる気ないんならもうえぇ!今日は解散や!」
とうとう怒りの限界を迎えた顧問が怒って職員室に帰ってしまった。

みんなでシクシク泣きながらどうしようどうしよう言っている中、部長でもあった俺は
「…ほなうちらも帰ろうや。早く帰ってメシ食って糞して寝ろって事やろ。なーんて優しい先生でしょう!」
と帰ろうとした。我ながら何て破天荒少年だったのだろう。慌てたみんなは
「いやいや、先生呼んだ方がえぇんちゃうか?」
「帰ったら親にも連絡いきそうやし…。」

「そん時はな、ブチョウメイレイって事にしとけ。」
ドヤ顔でカッコつけながら決め台詞を吐く俺はまるでみんなを救い出した正義のヒーローになった気分だった。まぁ結局ついてきたのはやんちゃ坊主のタイチと特に注意をされてイライラしていたミキオの2人だけだったが…。

3人で部活をバックレた帰り道、せっかくだからもう少し悪い事をしてみたくなったので買い食い禁止だったが自販機でジュースを買った。すっかり有頂天になった俺は
「えぇか、お2人さん!車とか通行人通ったらパッと自分の体と同化させるんやで!ワシはこうやってからカバンでうまく隠す!それ合体…」
そう言って缶を太ももの間に挟もうとしたら
「あぁ!」
勢いよくサイダーが落ちてしまった。サイダーをこぼしたショックより、すぐさま落ちた缶を拾った。前から1台の軽自動車が近づいて来ていたのだ。実は怒られるのを一番恐れていたのは自分だったのかもしれない。みんなで腹が捩れるほど爆笑した。

翌日、当然の事ながら俺たちは顧問にシバかれた。特に部長で言い出しっぺの俺は今の時代では考えられない体罰を受けた。当時はムカつくわ痛いわで飛んだ目にあったが(結局泣いたが)今となっては笑い話だ。大切な思い出の1つとなった。先生とあいつら元気にしてるかな。

思い出に浸りながらサイダーを飲み干し、再び出発した。空いた缶は捨てずにリュックの奥に入れる。

約1時間ペダルを漕いでいると海が見え、車通りが多くなってきた。これまた全く知らない道で更に『ここどこ?』と混乱した。標識を確認すると、どうやら国道に出たらしい。ちょっと無になりすぎたのかもしれない。この際、もっと遠くまで行ってみるかという考えが頭を過ぎったが、車との距離が近い。そのようは危険な道を走る勇気がなかった。

また、チェーンからミシミシ音がしており相棒が悲鳴をあげだしたので帰ることにした。帰り道も尻の痛みと格闘しながらペダルを漕ぎ、見慣れた道が見えてくると異世界から帰ってきたような不思議な感覚がした。

何とか無事に部屋に帰り着くと、汗だくになった体を綺麗にするためシャワーを浴びる。長いようで短かった旅。広い道や狭い道、色んな道を通って帰って来れた。

―俺はやっぱり誰かを救いたい。そのためにこの仕事を選んだのだ。ヒーロー(候補)が立ち止まっていてどうする。ボス(上司)に言われた事を肝に銘じて次に進めば良いだけの事ではないか。

あれだけ自分を苦しめていたモヤモヤは風に流されてどこかに行ってしまったようだ。自転車はチェーンが壊れる寸前だから今度修理屋に持って行くか。

そうだ、この空き缶も洗って飾ろう。それを眺めながら友達にメールを返す。

『返信遅くなってごめん。こいつと自分探しの旅に出てた。あ、決して遊びじゃないぞ!』
自転車と、そのカゴに入ったサイダーの空き缶の写真を添えて。

―END―



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