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オレンジに溺れたふたり【第1章 第1話 再会】

第1章 第1話 再会


10年ぶりに中学の同窓会が開かれた。最後に集まったのは高校を卒業して以来だ。私たちはあと2年で30歳になる。時の流れは早いものだ。

目の前の飲み物がソフトドリンクからお酒に変わっても、状況や見た目が大人になったくらいで相変わらずあの頃のままの懐かしい空間が漂う。

「才子ちゃーん久しぶり!相変わらず綺麗だよねぇ。彼氏いるの?」
中学時代クラスの中心的なグループにいた末永美咲が話しかけてきた。当時から見た目はギャルだが彼女は誰に対しても分け隔てなく積極的に話しかけてくれ、大人しかった私ともいつの間にか仲良くなっていた。

「いないいない。28年間いた事ない。」
「マジで!?」
「もういいかな。仕事忙しいし。」
「そうなんだぁ~。モテそうなのにぃ。」

実は何度か告白されたが全て断った。付き合うか迷いに迷ったが、結局前に進めなかった。

「そんな事ないよ。それより美咲ちゃんの方は?」
「あたし?あたし実はもうすぐ結婚するんだぁ。」
「えっ?最初に言ってよ。おめでとう!旦那さんの写真とかないの?」
「えーっとね…あった!」

美咲と談笑していると、今回の幹事で当時からクラスのムードメーカーだった杉田信也が
「はいはい!みんな注目してー!」
といきなり立ち上がって大声を出した。今から何かゲームでも始まるのだろうか。

「何と今日はですね…サプライズゲストを用意してまーす。ではではどうぞ!」

誰だろう。失踪したって噂されている斎藤くんかな、とか考えながら目の前のあんず酒を口に含む。

みんながそわそわした雰囲気の中、少し照れくさそうに登場したのは1人の男性。
「ど、どうもー!皆さんお久しぶりです!」

声を聞いた途端、グラスを落としそうになった。

引き締まったお腹。

猫背は相変わらずだがアイロンがしっかりかかったシャツ。

少し広くなったおでこ。

みんなは最初「誰このおじさん?」などと戸惑っていたが

「えぇっ!」
といきなり美咲が口に手を当てながら叫んだ。「もしかして志賀セン?マジ!?」

彼は志賀センこと志賀光彦。私たちが中学生の時の担任だった先生だ。

―そして、私の初恋の人。

一気に会場はどよめき、すぐさま彼の周りにみんなが集まった。
「ウケるんだけど!あたしもちょっと行ってくるね!」
と言い残し美咲も行ってしまった。

「ふぅ、みんな行っちゃったなぁ…。」
興奮した空気が落ち着いたら挨拶に行こうとあんず酒をひと口飲む。綺麗なオレンジ色だ。
「オレンジ…。」
オレンジ色の物を見るたびにあの日の風景が蘇る。

夕日に染まったオレンジ色の教室。

――

落ち着いた所で離れの席に座っていた先生に挨拶をしに行った。
「お久しぶりです。覚えてますか?」
とりあえず冷静を装いながら先生のコップにビールを注ぐ。
「おー!大山じゃないか。久しぶりだな。元気だったか?」

柔軟剤の香りがほのかに香る。

先生の左手の薬指には指輪がはめられていた。

「はい…あ、結婚されたんですね。おめでとうございます。では。」

私は微笑んで一礼し、すぐに美咲や友人たちのいる席へ戻った。色々と情報が入りすぎて頭の中が真っ白になった。

あの人は先生のようで先生ではない。先生はずっと変わらないと勝手に思っていた。

――

「いやー、あのブヨブヨお腹はどこに行ったんすか!」
「カミさんが栄養がなんちゃらうるさいんだよ!あと休日は一緒にウォーキングとか山登りとかさせられてこうなった。」
「充実した結婚生活を送ってますねぇ~。」
「ははっ。」
「奥さんのどこが好きですか?お子さんのご予定は?てか夜はうまくいってますか?」
「ノーコメント!お前ら本当相変わらずだな…。」

(あ、何で…。)
私は目を伏せる。

「今、先生何歳なのぉ?」
「あー、もう43になったぞ。あん時はまだ30だったのに。」
「あたしたちもうすぐであの頃の先生の年になっちゃうよ!何か不思議な感じ〜。」
「先生は30だったわりには老けてませんでした?40かと思ったわ。」
「失礼だな。いいか、30歳過ぎたらあっという間だからな!」
「奥さんとの出会いを教えて〜。」
「あー…。」

(あぁ、また。)
私は目を伏せた。

先生の奥さんは同い年の栄養士で4年前にお見合い結婚したらしい。子どもはまだいないそうだ。杉田や美咲を中心とした同級生たちがマスコミのごとく質問している。

正直耳を塞ぎたかった。夫婦だからあんな事やこんな事するのは当たり前だろうが想像したくないのにしてしまう。

でもそんな事よりも…。

気を紛らわそうとして
「みんなあっち行っちゃったね。」
と目の前に座っていた友人たちの話の輪に入る。

「本当、志賀変わったよねー。あの時はコンビニ弁当とか惣菜をよく食べるって言ってたよね。」
「だ、だよね。今では私たちも疲れ果てて作るの面倒くさい日は惣菜とかに頼るから分かるけど。美味いし。あの時はそんなん知らなかったからさ。さすがにちょっと太り過ぎて心配だったもんね。」
「そうそうタヌキっ腹だったよね!私たちも気をつけよう。てかまさかあの志賀が結婚するなんてね。物好きな人もいたもんだ。はぁ…何か…頑張ろ。」
などの昔話をツマミに酒を飲む。

今思い出したがまだ意識していなかった頃、一度スーパーの惣菜コーナーで会ったな。その当時は坂本くんと言うクラスのイケメンに片思いしていた。それが何でこうなったのだろう。

「ただいま〜。あーウケた。才子ちゃんさっきからめっちゃ飲んでない?大丈夫ぅ?」
ひと通り同級生と絡んできた美咲が帰って来た。
「あー、美咲ちゃん聞いて!才子ちゃんさっきからめっちゃ飲んでるの!飲み放題満喫し過ぎ!」
「マジ?大丈夫ぅ?あのおっさんが結婚したからヤケ酒か?そうた、坂本くん彼女と別れたって!チャンスじゃん。」
「まだまだ余裕だよ。坂本くんねぇ、私は仕事が恋人だからいいや。」
「あ、全然変わってなかったわ。お酒強いよね。」
「てかさ、才子ちゃんってあんなに大人しかったのに変わったよね。最初はいきなりしゃべった!って最初びっくりしたもん。」

―だって、私は変わりたかったから。

――

「いや、だからさもうその話題は止めろ!杉田と坂本はどうなんだよ!?はぁ…。」

離れの席で当時のようにしつこくちょっかい出されてはしゃいでいる先生。

さっきからちょくちょく目が合う。あの頃と変わらない目で見つめてくる。

中学の頃からずっと変わらないこのありきたりなようで根深い『好き』と言う気持ち。誰も知らない秘密の恋だ。

私だけ出られない。いや出たくない。そうこうしている内にあの夕日に染まるオレンジの教室に1人取り残されてしまった。

それなのに先生には今、大切にすべき人がいるではないですか。なぜ外から見ているのですか。

まだ心配しているのですか。

それとも―。



―続く―


↓第1章 第2話


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