浪漫の箱【第9話】
↓第8話
「そうね。学校行くのね。」
祖母が朝食を咀嚼しながら話しかけた。
「はい。だいぶリラックスできたのでいったん家に帰っていろいろ準備します。」
「ほー。何か貴ちゃん逞しくなった気がする。ここに始めて来た頃と比べたら表情が全然違うがよー。」
「いえ、これもおばあちゃんのおかげです。ありがとうございました。」
「んもーっ。ずっとここにおってんよかとよ!今夜帰るなんて…。」
「ははは。また来ますよ。」
祖母の目にほんのり涙が浮かんでいるのを見て、僕も泣きそうだった。
「あ、ところで貴ちゃん。缶の中見た?」
思いもよらぬ問いに固まった。
「え…。」
「外ん倉庫の中にあったやつよ。開けた形跡があってん。貴ちゃんと三郎くん、はっちゃんのこと調べとるやろ?」
「ぐ!」
思わず変な声が出た。祖母にバレていたのか。
「はっは。バレちょらんと思っとったか?」
まるで彼女ができてイジられているような気分だ。
「…ごっごめんなさい!!」
「全部見た…よな?」
「…ごめんなさい。」
「はっちゃんはな、まぁ可哀想な子やったよ。小さい頃から。お母さんが早くにおらんくなって、それからは学校と家事の両立で満足に友達と遊べず。」
可哀想な子…か。
「最期も自宅で心臓発作で倒れとってね…。一番の救いは幸せな時間を過ごせた場所で逝けたことかね。」
「えっ!」
「どうりで手紙が帰って来なかったわけや。あの日の話し合いの…あ!」
「あ、大丈夫です。父のことはもう知ってますから。」
「ごめんねぇ。」
もはや誰が本当のことを言っているのか?
おっちゃんに連絡をしたが
『今は忙しいからかけてくんな!』
と怒鳴られ、それからは尻込みしてしまいできなかった。
−−−
「おかえりなさい貴宏。」
母は人を殺した
「学校行くんか。そうかそうか。」
父は不倫をしていた
"かもしれない"2人が待つ空間に帰ることに多少の拒絶反応を示したのは最初だけで。
あっという間の日常生活に戻った。
そして冬休みが終わった。
当初は登校時間をややずらし保健室登校するという計画だった。
しかし学校側が気を利かし、生徒指導室を使うことになった。
他の教室とは違い外からは見えないが職員室や保健室と同じ並びにあるため、外からたまに聞こえる生徒たちの声にビクビクしていた。
半日いるだけでいっぱいいっぱいで帰らせてもらっていたが徐々に慣れていき、1日過ごせるようになった。
基本的に自習だったが、たまに様子を見に来て教えてくれる先生もいた。
2月中旬、保健室の先生に連れられて女子生徒がやって来た。
「池田くん、今日からここでこの子も勉強していい?少しの間だから。」
「や、やっぱ無理かも…密室だし…。」
「でもさ保健室だとあの子たちが来る可能性があるよ。さっきは大丈夫って言ったじゃない。」
「うぅ…。」
「いいよね、池田くん?」
「あ、いいですよ。僕は隅っこで勉強しているので気を使わないでください。」
正直少しだけ嫌だった。ましてや女子なんて気を使う。
「自己紹介だけでもしとこうか。」
「2年の池田です。よろしくお願いします。」
「1年の浜崎です。もうすぐで学校辞めるけどよろしくお願いします。」
「よし、じゃあ何かあったら声かけてね!」
ガララッピシャン。
行ってしまった。とりあえず勉強をしよう。
彼女も僕と対になるよう隅っこに机を移動させて勉強している。
その後1時間目の授業終わりのチャイムが鳴り、外が賑やかになってきた。
『…腹減った。』
とりあえず飴でも食べようとカバンを取ろうとした瞬間
ガララッ
「浜崎さぁん!久しぶりぃ~。死んだかと思ったわ。」
ほんのり髪を茶色に染め、目がパンダみたいなギャル軍団がズカズカ入って来た。
「うわっ相変わらずくっせぇ!この部屋臭うー。そう思わん?」
「……。」
肩を震わせながら沈黙する彼女。
「何か言えや!あーつまんねぇ。」
と言いながらグループの1人が彼女に向けて香水を数回振りかけた。
「ギャハハハ!ばいびー!」「まじお前ヤバ過ぎやろウケるー。」「てか学校なんで来てんの?」「そんなこと言うなって!先生に聞こえるよー。」
ギャハハハハハハハ
ピシャン!
ほんの一瞬の出来事だった。
「…臭いですか?」
「えっ…。」
いきなり話しかけてきたからびっくりした。
今まで家族とおっちゃんとばかり話して以来、他人と久しぶりの会話だ。
ただ…
「私、臭い?」
「めっちゃ臭…。」
「っ!すみません…。」
彼女は少ししょんぼりしてしまったので慌てて付け足した。
「あっ!あの人たちの方が香水臭いってこと。吐きそうなくらい。」
「嘘。」
「マジです。色々な匂いが混ざって。あと独特の馴れ合いの空気。あれ上辺だけの友情だから。」
どうせあいつらもプリクラとかに『ゥチらの友情ゎ永遠』とか書いてるだろうけど気に入らなかったら陰で仲間の悪口を言ってるに違いない。
「えー…。」
「てかあれっていじめ?だよね。」
「…はい。」
何故いじめられた方が辞めなければならないのか。理不尽過ぎるだろう。
昼休憩のチャイムが鳴り、弁当を食べていると彼女が話しかけてきた。
「先輩って3学期から教室に戻るために頑張っているんですよね。すごいなぁ…。」
「えぇ、まぁ…。」
「私、本当は小木高校と迷ったんです。」
小木高校は毎年東大合格者を出している超進学校だ。
この町では小木高校と今通っている高校の2つしか普通科がない。
「何でここに?僕は馬鹿だったし市内までの通学が面倒だったからだけど。」
校内タバコ、多目的トイレ使用禁止、化粧、いじめ、ピアス、出会い目的だけの部活。
異性に好かれようと必死なやつらの巣窟。
真っ当に生きている者や群れから外れた者は逆に浮く。
そんな学校。入ってすぐに後悔した。
「唯一の友達がここを受けるって聞いて。1人になりたくなかったんです。あと高校落ちたくなかったし。私って空っぽだから。でもその子もいじめられちゃって1学期で辞めて今は引きこもりです。」
「僕もここ入って1週間したら後悔したな。あぁ、あいつらと同じ高校行けばよかった!高校選びミスった!って。」
同じ中学校出身がほとんど。
部活で出会っていた。
地元で唯一のゲーセンで会って一緒に遊んだ。
兄姉や先輩の繋がりが繋がりがあって元々接点があった。
などなど。
田舎ということも手伝い、入学時にはすでに濃いネットワークができていたのだ。
最初は話しかけてくれるやつはいた。しかし噛み合わない。
蚊帳の外。
それから僕たちは話をし、ゆっくりだが彼女と打ち解けていった…気がする。
「先輩は強いですよね。私は辞めてから市内の通信制の高校に行く予定なんです。私は結局あの子たちから逃げた。学校を辞めることって逃げなんですかね。」
「いや、君は強いと思うよ。それに学校を辞めるイコール逃げではない。次の場所で頑張ろうって準備してる。一番の逃げは超ストレートに言うと死ぬことだと思う。もちろん自分でね。」
「先輩は…あるんですか?」
「あぁ、あったよ。何度も何度も。ただ今回の件で色々その…学んだんだ。」
謎の朝の黙想の時間。
不気味なほど静かな空間。
トイレでこっそりタバコを吸う男子。
火柱が立っている空間。
ゲラゲラ手をたたきながら笑う女子。
振動する空間。
英語の時間の伝言ゲーム。
張り詰めた空間。
答えを間違えた。
ぐしゃぐしゃになる空間。
逃げる。
爽快。
自然豊かな緑の中、鬼から逃げる。
爽快。
手紙を発見。
真っ白な空間。
泣きながら食べるナポリタン。
霞んでいてうまく立てない空間。
祖母の家。
温もりを感じる空間。
おっちゃんから語られた真実。
赤黒く常に湿気ている空間。
「…先輩?」
「あぁ、ごめん。本当色々あったなって。君もまだこれからだから新しい場所でも頑張って。やり直しは何度だってできるんだし。」
「先輩って高校生に見えないですよね。何というか…。」
「老けてるって?よく言われた。」
2人で笑い合った。久しぶりに同世代の子と話をして笑った気がする。
彼女のことを少しだけ好きになりかけていたが連絡先を聞く勇気はなく。
3月上旬、彼女は高校を去ってしまった。
−−
「貴宏、お父さんが学校まで送ってくれるそうだから。」
「うん…。」
「緊張すると思うけど、あなたなら大丈夫。」
「ありがとう。いってきます。」
あれから母の悪夢は見ていない。
−−
長◯剛の「とんぼ」が流れる車内で父が
「貴宏、辛くなったらいつでも連絡くれな。」
と言ってくれた。
「ありがとう。」
「本当に見違えるようになったよ。」
「うん。」
−父の不倫は事実だった。エロ本発掘のために書斎を探索していると誓約書が見つかったのだ。
正直安心してしまった。いや、まだ他の謎は分からないけれど。
確かなことは日高初美は愛に飢え、愛に生きた。
僕は3年の教室に向かった。
きっと、もう大丈夫。
僕を見るなり周りの生徒たちはざわついていた。
大丈夫だから。みんなの邪魔はしない。今まで通り過ごしてください。
教室に向かう前に携帯をこっそり見ると
『きばれ』
の3文字が届いていた。
送り主は日高三郎。
イラッとしたが少しだけ心が軽くなった。
−続く−
↓第10話(最終話)
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