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未練【後編】


「あいつ」こと私のストーカーは元彼である。大学時代に合コンで出会い、そこから恋人同士となった。女性と付き合うのが初めてだったと言っていた彼は手を繋ぐのもやっと。そのぎこちなさが何だか可愛く思え、私自身も夢中になっていた。


毎日「好きだよ」「愛してる」と言ってくれ脳内お花畑だった私は完全に舞い上がっており、友達のりみは
「あんた羽目だけは外すなよ。」
と少し呆れながら言っていた。

心から愛されていると実感する幸せな日々でゆくゆくは結婚まで、何て考えていた。

その一方で、彼は毎日連絡をしないと気が休まらない人だった。学生の頃はまだ余裕があったが社会人となり疲労感がピークに達していたある日、一度途中で寝落ちしてしまった。



翌日目が覚めると通知が60件。眠気が一気に吹き飛ぶ。内容を抜粋すると

『何で返してくれないの?』
『僕の事、嫌いになった?』
『こんなにも愛しているのに。』
『浮気したら許さないからな』
『もう別れよう』

当時はまだ愛情が残っていたので慌てて謝罪の返信をした。

何とか許してもらえたが、その出来事を境に化けの皮が剥がれていった。


デート中にスマホが鳴れば
「誰?男?女?」
としつこく問い詰められたり、友達で作ったグループラインがペコペコ鳴ると
「うるせーんだよ!僕との時間は僕だけを見ろ!」
血走った目で唾を撒き散らしながら人目もはばからず怒鳴り散らす。まるで鬼のような顔立ちで出会った時の初々しくて可愛い彼の面影は1ミリ足りともなかった。

それからも何度か言い争いをしては鬼になった彼に恐怖を覚え、ネットカフェやりみの家に避難するの繰り返し。それでもまだ彼を愛していた。浴びせた言葉の暴力の分だけ愛で私を優しく包み込むのだ。一種の洗脳だったのかもしれない。

しかし、お花畑から荒れ地になる瞬間は突然やって来た。


決め手となったのはスマホの連絡先を親兄弟含め全て消去された事である。公園でデートしている時に電話が鳴った。それにキレた彼がスマホを取り上げ勝手に操作したのだ。


完全に糸が切れた私は別れを告げた。



「ごめんなさい許して…僕にはムロちゃんしかいないんだ。だから考え直してほしい。復元できるか調べます。」
「今までありがとうございました。さようなら。」
「いーやーだー行かないで!話し合お…」
スーパーのお菓子コーナーで駄々をこねる子どもみたいに喚いている彼を残して私はダッシュで逃げた。

「やっと自由になれた」そう思っていたのに。


別れを告げた翌日から1日合計1000件は超えるであろう電話やライン。ブロックをしたら今度は当時住んでいたマンションのドアを何度もノックしてきたり、ドアポストに液体を入れられたり。

部屋に入ってきて襲うなど、直接的に害を加える事はなかったが、それはそれで卑怯な手口で精神的に苦痛を与えてきた。

毎日が苦しくて苦しくて嫌になってきた頃、ついにあいつと鉢合わせた。丁度ドアの前でペットボトルを持って下半身をゴソゴソしている。慌ててブツを仕舞うとあの忌々しい顔でいきなり罵倒してきた。
「僕と結婚するって言ってくれたのに他の男を選んだんだから!お前言ってる事と違うじゃないか!この結婚詐欺師が!」
唾を飛ばしながら訳の分からない言葉を一方的に主張し出した。このままではまずい、殺される。

「おい待て!室屋ぁぁぁぁぁぁ!」

私は夜の街を必死で逃げた。通りかかったコンビニに駆け込み店員に助けを求め匿ってもらった。
幸い上手く巻けたみたいでコンビニにあいつは来る事はなかった。

翌日、私は警察署に相談することにした。泣きながらこれまでの経緯を親身になって山田さんは聞いてくれた。話をしている間も何件も着信があり、途中で彼が出た。

『あ!室屋!お前何逃げてるんだ!お…』
『こちらマルバツ警察署です。室屋さんにこれ以上しつこく連絡しないでください。只今より接近禁止命令を発令しますね。違反しますと逮捕します。』
『な…ムロちゃ…に代わって…やだ…』
『聞いてましたか?接近禁止命令です。今後こちらの電話番号に連絡するのも処罰の対象ですからね。』


ガチャッ

「まぁまたかけてきそうですが出ないでくださいね。」
警察にビビったのかそれから現在まで一度もかかって来ていない。


――

「まぁ正明くんも未練タラタラだったんだろうよ。ストーカーまでしちゃって。」
「そうかなぁ。」
りみがアイスコーヒーを飲み干し、ズズッという音が響き渡る。

その時、視線を感じた。周りを見渡すがあいつやあの女はいなかった。

正直に言うと、私も少しばかり未練があるのかもしれない。あの時あぁすればこんな事にはならなかった…とか。

――

「はぁ…。」
気が重いがそろそろ家に帰らなければ。

「幽霊は幻覚の類だと思っている」と余裕だった私は何処へ。恐怖の対象があいつからあの生首女に変わったからなのだろうか。

風呂から上がって洗面所で髪を乾かしていると後ろから視線を感じる。急遽乾かすのを止め、後ろを思いきり振り返る。するとそこには…何もいなかった。ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間

「ム……ケテ……ケテ…タスケ…」

「ひっ!!」

耳元で不規則にささやく女の声がする。これまた後ろからだ。振り返らないように浴室を後にしリビングへ向かうと床に真っ黒で長い髪がごっそり落ちていた。

点けていないはずのテレビが点く。無表情のアナウンサーがニュースを伝えている。


『続いてのニュースです。4日に発見された女性の頭部などが河川敷に遺棄されていた事件で、遺体の身元が会社員の三谷原りみさん(24歳)である事が判明しました。また、三谷原さんを殺害したとして自称会社員の川原正明容疑者(24歳)を殺人と死体損壊、死体遺棄の容疑で逮捕しました。マルバツ警察署によると川原容疑者は三谷原さんの知人とのトラブルがあったようで殺害した動機については「三谷原さんが邪魔だった。一番身近な人を失ったらより自分の事だけを見てくれると思った。」などと話しているそうです。』

「あぁ…あぁ…そうだあの生首は…女子大生じゃなかった…。」

昼間、カフェでアイスコーヒーを2人分頼み、誰もいないはずの空間に向かって話していて周りの客からドン引きされていた事、無心でアイスコーヒーの氷をカランカラン言わせていた事。

現実から目を背けていた。私のせいだ。私がりみを巻き込んだばかりに。

テレビの画面がニュースから切り替わる。血まみれの女をよく見るとやっぱりりみだった。
「ヤット…キヅ…テク…タ…。」
「ごめんごめんねぇ…"あの時"正明を殺していれば…。」

あの時鉢合わせた時に護身用に持っていた包丁で刺していれば。正当防衛になるだろう。捕まっても彼女の為ならどんな罰だって受けるし、あいつからも逃げられるし一石二鳥ではないか。

とにかくあいつが憎い。

ガッ!ズルズル…ズルズル…

頭を乗り出したりみに髪を噛まれテレビの画面の中に引き込まれながら姿が消えるその時まで私は、未練をどう果たそうか考えていた。


――


プルルルルプルルルルル

「出ないな室屋さん。」
川原が逮捕されてから彼女に何度か電話をかけるが出ない。しかし何だか胸騒ぎがするのだ。
「山田さんが担当してる例のストーカー被害者の子?」
「そ!出ないの。自宅行ってみるか…。同伴お願いしていい?」
「はい…うわ!」
後輩が青ざめた顔でいきなり叫んだ。
「どうした?」
「いや、気のせいかな。山田さんの後ろに生首を持ってる女が立ってるような気がしたもんで。」
「え、止めてくれ。私は幽霊信じないもん!ほれ、行くぞ。」

背後から視線を感じた。後ろには誰もいないはずなのに。


―END―



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