見出し画像

Cahier 2020.08.14

都民、盆に帰らず。とは、知人がtwitterで呟いた至言だが、この時期の東京にこれだけ人がいるのは異例だ。冷房の効いた部屋で過ごす人もあれば、こっそりアウトレジャーへ出かける人もあり。ウィルスを警戒する声もあれば、この暑さでオリンピックしてたら一体どうなったことかと憂う声あり。今年の夏はどうも色々な時間が錯綜している。

暑さの余り、髪を短く切ることにした。バッサリとベリーショートである。今までの人生でこんなに髪が短かったことはない、というくらいに短い。

とても楽で、快適だ。

毎朝鏡を見るたびに、髪というレースを取り払った、まっさらな顔の表情がくっきりと見える。こんな顔をしていたのか、と思う。

髪がまとっていた”女らしさ”が後景に回ったことで、ただの”顔”が見えるようになり、鏡の前で”女らしい自分”の表情を作らなくなった。自分の女らしさを否定したいわけではないけれど、ひとつ意識の垣根がなくなるだけで、人生ずいぶん軽くなる。

これも暑さのためなのか、短い男髪のすっきりとした襟足が清々しく目に映り、とても美しいと感じていた。短く刈り込んだ髪と輪郭の造作だけであんなに美しいのなら、ひょっとして男は女より美しいのでは?と思ったほど。

潔さ、だろうか。髪でカモフラージュすることなく、持ったままの造作を凛と保つ姿を見ると、それもまたひとつの美の在りようだと思わされた。

わたしが敬愛してやまないデザイナー、イヴ・サンローランは、タキシードスーツやサファリジャケットを女性のモードに取り入れたことで有名だが、彼は「スーツを着る女性がドレスを着る女性より美しくない、ということは全くない」(大意)と言っていた。それまで華美なレースやドレープ、柔らかなシルクやシフォンの中に慎ましく覆い隠され、窒息しかけていた”女性美”に、パンタロンやサファリシャツを着せ、男性と同じ目の高さで堂々と街を出歩かせたのが、イヴ・サンローランだった。時は五月革命、MLFの真っただ中。あんなに美しいものを生み出せる人が、自らの才能に溺れず、女性が生まれ持つ美を見極め、衣服をまとわせることで力を持たせた、というところがすごい。優れたクリエーションとは、美を生み出すことではなく、美に力を持たせることなのだと実感させられる。

最近、韓国の格安航空会社「Aero K」がジェンダーレスなデザインのユニフォームを導入していることがニュースになった。

もちろん男女兼用という意味ではなく、”性差を強調しない”というそのデザインは、シンプルながらも男の美しさも女の美しさも同じように引き立てていて、素敵だった。そう感じたのも、客室乗務員の判で押したような規範的な美しさの在りようが正直ちょっと苦手だからだと思う。(客室乗務員に憧れる女の子がいるのは理解できるけど、憧れることなしにあの美を快く思うことはひょっとしてかなり難しいのではないか、とわたしは思っている。)

これもまたデザインの形だけの話ではない。上下関係や男女差をなくし、フラットなコミュニケーションを重んじる文化を目指すことで、安全性の向上が見込める、という分析に基づいた会社の意思決定の現れなのだ。有能なマーケターがいるのかな。発表の場が『Vogue Korea』 であったこともファッションの与える影響力を加味した企業戦略であったと思う。

げに、わたしたちは自分の外見・姿形に非常に大きく、深く影響を受ける。

わたしは人生イチの短髪になってから、それまで気づかなかった美の在りようにいちいち感動するようになり、おじいさんにはおじいさんの美しさがあることを知った。

髪に覆われていた美感覚センサー、この夏こそフル稼働させていきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?