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BWD:オブシディアン・デタミネーション

夕闇が差し込む廃墟の中で場違いなラッパのファンファーレが鳴り響く。
幽世につながる門は屈強なグリフォンを駆る精緻な細工の冠を被った兵士をこの世に招き入れた。
兵士は問う。

「少女よ、我を招き寄せたのは汝であるか」

アクマの召喚が成功したことに唖然としていた金髪の女子高生はかぶりをふって叫んだ。

「そう、そうよ!あたしの望みはあの子と……!」

ーーーーー

夜、来店客でにぎわうバー「涅槃」。
「涅槃」で働く元JKの給仕服をまとった黒髪のウェイトレス、カスミはせわしなくカウンターとテーブル席を往復していた。鳴り響くドアについた来店客を知らせるベル。

「いらっしゃいま……あ」

来店客をマジマジとみてカスミは言葉を切る。店の入り口に立っているのは腰まで届く髪を金に染め、バシバシの化粧を入れた女子高生。カスミは気を取り直して来訪者を店内に招きいれる。

「いらっしゃい、ヒトミ」
「やっほ、来たよ。カスミ」

ヒトミはカスミの友人である。そしてカスミが高校を辞めた大本の原因でもある。もっとも、カスミは既にその事を許していた。

「えっと空いてる席は……あ、あそこの窓際でいい?」
「どこでもいーよ、カスミの顔を見に来たんだから」
「えへへ」

カスミの視線が他所を向くと自然と複雑な表情になるヒトミをカウンターの奥から店のマスターは注意深く観察していた。その恐るべき注視を受けていることなど気にせず着座するヒトミ。

「何か飲む?」
「んーおススメは?」
「この紅ヒーとかどうかな」
「……なにそれ、わけわかんない」
「香港では良く飲まれてるんだって、マスターが教えてくれたの」
「ヘンナ物作んのねここの店長さん。変な事されてない?」
「全然。見た目は怖そうだけどとっても優しいの」
「ふぅん。アンタがそういうなら本当にそうなんでしょうね」

女子高生と元女子高生の会話をマスターも来店客も(店名のせいか涅槃の客はジジババばかりだ)固唾を飲んで見守る。そのせいで注文が滞り二人の会話を邪魔する要素が排除された。

「……ね、学校には戻ってこないの?」
「えっ?」

(来た……!?)

ヒトミの問いかけにマスターと来店客達はごくりと息をのむ。カスミは既に彼らにとって重要な存在であり、学校に戻るか否かの判断は気になる要素であった。

「んー……戻らないかな」
「そう……」

カスミの回答にガッツポーズ決める来店客達と表情からはうかがい知れぬが落胆したようにも見えるヒトミ。

「やっぱりいい思い出ないから?」
「ううん、そんなことないよ。でも学校に行くよりももっとやりたい事が出来たの」
「バニッシャーでしょ、あぶなくないの」
「危なくないって言ったらウソになるけど、私が依頼を果たす事で助かる人は必ずいるから」
「アタシをあのお坊さんが守ってくれたみたいに?」
「うん」
「そっかぁ……それじゃ戻ってなんて言えないよね」

根負けしてアハハ……なんて笑うヒトミ。

「ごめんね」
「いいわ、アンタがそんなに立派になったなら、ね」

会話が一区切りした所を狙ってティーカップを持った偉丈夫坊主頭のマスターがいそいそとテーブルに紅茶を置く。

「あれ、アタシまだなにも」
「サービスだ、ゆっくりしていくといい」
「あ、ありがと」

サングラスをかけており表情の伺いにくいゴツイマスターにちょっと引きつつもヒトミは紅茶をいただく事にする。上質なミルクで作られたそれはマスターの外見にそぐわない優しい味だった。

ーーーーー

朧雲の隙間から月明りが照らす宵闇の中、ヒトミは川辺の土手上の道をたどって自宅にも帰らず気晴らしを求めていた。

「うまくいかなかった、かぁ……」

そのヒトミの眼前を塞ぐように空より架空の魔獣、グリフォンに乗った兵士のアクマが現れる。

「ちょっと!アンタ本当にアタシの願いをかなえてくれたの!?」
「契約者よ。おまえの願いは既にかなっている」
「そんな訳ないでしょ!カスミは学校には戻らないって言ったわ!」
「そうだ。だがあの給仕はお前の事は恨んでいない。ゆえに『カスミと仲直りしたい』というお前の願いは既にかなっている」

厳然としたアクマの通告にヒトミは自分が願う内容を誤った事を理解した。

「じゃ、じゃあ次の願いを叶えてよ!」
「よかろう。だがそれは汝が我に対価を差し出してからである」

契約者であるヒトミを前にして帯剣した剣を抜刀する兵士アクマ。
身に覚える感覚にヒトミはその身を震わせる。あの日憎悪に狂ったカスミが自分を殺そうとした時に感じた物と同じ感覚。

「契約者よ。その魂を我に差し出すがよい。その上で汝に差し出せる物があるなら次の願いを聞こう」
「な……」

死を覚悟することも抗議することもかなわないままに立ちすくすヒトミに兵士アクマの剣が振り下ろされる。
だがしかし、その凶刃がヒトミに届くことはなかった。
甲高い音を立てて兵士アクマの振るう刃は不可視の盾で受け止められていた。ヒトミの前に立ちはだかるカスミの霊障の盾によって。

「良かった、間に合って」
「カスミ……!?」

宙で弾かれた剣を構えなおし、間合いを取ると兵士アクマがカスミに問う。

「給仕よ、なにゆえ我の邪魔だてをするか」
「ムールムールさん。かなえてもいない願いの代価は取れません」
「む……!」
「え……」

カスミの言葉に兵士アクマの殺意が膨れ上がる。この少女は自分のペテンを見抜いている。剣を防いだチカラといい侮れぬ相手と兵士アクマことムールムールは理解した。

「ヒトミ、ムールムールさんには友情を取り持つ力なんてないよ。それが出来るのはロノウェさんかウヴァルさん。つまりムールムールさんは最初からヒトミをだます気しかなかった。そうですよね?」
「……何もかも見抜いている、という事だな」
「その通りです。私、オカルトマニアですから」

カスミの言葉にもう一振りの剣を抜き二刀流にて構えるムールムール。

「だが、契約は絶対である。我が契約者を引き渡していただこう」
「契約を反故にしてくれる気はない、ということですね?」
「いかにも」
「わかりました」

ヒトミからはカスミの表情はうかがい知れない。しかしヒトミはカスミから凍えるような冷気のごとき感覚を感じていた。
ムールムールもまた、目の前の年端も行かない少女の黒い瞳に黒曜石めいた硬質の意志が存在するのを見た。それはアクマの間で語られる、人間の見せる揺るぎない必殺の意志。

「ごめんなさい、私は、あなたを殺します」

刹那、カスミの背後に恐るべき瘴気をまとった巨大なるトリプルヘッドスカルドラゴンが現れたかと思えばその巨大な掌底でムールムールを薙ぎ払う!

「グゥッーッ!」

宙に高々と叩き上げられたムールムールを乗騎であるグリフォンが身を翻して回収する!そこから加速をつけグリフォンがカスミに突貫!振り下ろされる二本の凶刃!分厚い結晶が砕けるような音が空間に響きカスミの身体が地に投げ出される!

「カスミ!」
「大丈夫……!このくらい、何でもないから!」

霊障結界が砕けた余波で地に転がるもすぐさま身を起こす。さらなる追撃を見舞おうとするムールムールに骨龍が正確なる手刀の刺突で再び乗騎からはじき飛ばす!回収に向かわんとグリフォンが舞うも骨龍のかぎ爪が一振りで三枚に下ろす!

「グギャーッ!」

空中で分断され青い血をまき散らしながら地に墜ちるグリフォン!後を追うようにムールムールもまた大地にたたきつけられる!剣を杖に立ち上がるもその時には骨龍を従えた恐るべき給仕の少女が目の前に迫っていた。

少女の瞳に燃える漆黒の炎。ムールムールは命乞いする恐怖すら忘れてその揺るぎない漆黒の意志に魅入られていた。

「うつくしい……」

呆然と自分に迫った死に見入りながらムールムールは骨龍のかぎ爪によって両断され、肉片になるまで執拗に切り刻まれた。決して悪足掻きなどできないよう、徹底的に。

惨劇めいて執念のこもった一撃でアクマを屠った給仕の少女に青い血が派手にかかる。しかしてなおもカスミは表情を変える事はなかった。使命を果たし、姿が掻き消える骨龍。身を振り返ってカスミはヒトミの無事を確かめる。

「ヒトミ、ケガはない?」
「アタシは、アタシは無事だけど……アンタは」

ヒトミは涙ぐんだ目で学校に戻ってきてほしかった友達の姿を受け入れた。
カスミの顔は大地に転がった時に薄汚れ、さらにはアクマがまき散らした青い返り血を浴びて真っ青に染まっていた。

「ごめんね、ヒトミ。こんな私、怖いよね」
「なんで……なんでアンタが謝るのよ!おかしいじゃない!迷惑かけてるのはアタシなのに……!」
「あはは……謝り癖、直さないとだめだね」

困った様に笑うカスミにヒトミは自身も汚れるのもいとわずに抱きしめた。

「怖くなんかないわよ……!アタシを守ってくれたのはアンタなんだから……」
「えへ……よかった」

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……

ーーーーー

「ただいま、マスター」
「帰ったか、おかえり」

客が誰も居なくなった深夜のバー「涅槃」にボロボロになったカスミが現れるとマスターは破顔して迎え入れた。

「ごめ……と、と。マスター、お洋服汚しちゃいました」
「服なんてどうとでもなる、それより一人でもアクマ相手に無事に帰ってきてくれたんだから何よりだとも」

屈強にして偉丈夫である坊主頭のマスターはカスミの頭を撫でていたわるとシャワーを使っていくように促した。マスターの厚意に頭を下げるカスミ。

「その、マスター」
「なんだい?」
「マスターは私がアクマを手にかけたら、怖いと思いますか?」
「なあにをいまさら。ここはあのアクマ殺戮バカとか駄ボンズと借金探偵とかが入り浸ってんだぞ?カスミがその手を汚したからといってそれで俺の中で何か扱いが変わったりするわけじゃない」
「よかった……」

返り血の名残をまとったまま微笑む少女にマスターはニカっと笑って見せる。

「それにな、俺はカスミがここに働きに来た時よりずっとタフになったことを喜ばしく思うぜ。これならきっとこれからも強くやってけるってな」
「ありがとうございます。マスターやカリューさん達のおかげです」
「俺はなにもしとらんさ」

深々と頭を下げる少女を浴室に行くように促すとマスターは洗い物を再開した。

「いやあ……若者の成長ってのは良いもんだ、な」

皿を丁寧に磨きながら一人ゴチるマスターであった。

【BWD:オブシディアン・デタミネーション:おわり】

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