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心地よく暖かい居場所

※「僕のおまわりさん」(にやま作)の二次創作です。

・田島誠治(たじませいじ)40歳
下町の雑貨屋「田島商店」店主。元警官。明るくて面倒見の良い性格。晋とは恋人同士で同居中。
・仲本 晋(なかもとしん)30歳
元不良少年。誠治との出会いで警察官になる。現役警官。寡黙で一途、10年の片想いの後、晴れて恋人同士に。

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 とある港の一角。夕日が沈む海を背景に、Tシャツの男が歩いている。その行手を遮るように、スーツ姿の男が立ち塞がった。スーツ男は、懐から警察手帳を出しながら
「磯貝さんですね。警視庁捜査一課の渋柿と申しま……」
磯貝と呼ばれた男はくるりと後ろを振り向き、ダッシュで逃げ出した。それを追いかけながら渋柿刑事が叫んだ。
「甘柿ーーっ!!」
二人の行手にもう一人、若い男が飛び出し、右手を突き出すと、手首のブレスレットから光線を発射して磯貝に当てた。磯貝は「うっ」と呻くとその場に膝をついた。甘柿刑事は駆け寄ると手錠をかけ、ポーズを決めて叫んだ。
「っしゃあ、ゲットだぜ!」 
二人の刑事は捕まえた男と一緒に港を出てゆき、数台のパトカーと警察官達に被疑者を引き渡した。甘柿刑事は相棒の横に並んで呼びかけた。
「さっすが渋柿先輩!カン当たりましたねっ」
渋柿刑事は冷たく答える。
「カン、じゃ、ない。論理的帰結だ。お前のトーフ脳みそには高度過ぎるんだろうが」
「豆腐、ですか」
「マヨネーズ脳みその方がいいか?」
甘柿刑事はニヤッと笑うと
「揚げ出し豆腐とマヨネーズの効いたポテサラ食いたくなってきたなぁ、飲みに行きましょうよ」
「断る」
車に乗り込む二人の後ろ姿にエンディングテーマ曲が被り、画面はスタッフロールになった。

 晋は録画再生の停止ボタンを押した。テレビ画面は料理番組に切り替わる。リモコンをテーブルに置くと座椅子の背にもたれ、溜息をついた。晋の側で丸くなっていた白猫のチコたんが目を開けると、にゅーんと伸びをし、しなやかな足取りで居間を横切って二階へと階段を登っていく。晋はそれを見送ると、ギプスで固定された右足に視線を移し、再度、溜息をつく。

 開き戸で隔てた店の方から声が聞こえる。誠治が自動販売機の業者と話しているようだ。これから寒くなるので、商品を冬仕様に切り替える相談をしているらしい。
「最近は、これとか。結構人気ですよ」
「あ、CMで見た、ソレ。うーん……けどねぇ、コレ扱ってるの、近所でもうウチだけだからって、わざわざ買っていく人が居んだよね。……うん、やっぱ続投で」
「分かりました。じゃあ来週からコレとコレ変えて、コレはそのままですね。了解です」
業者が帰っていく気配がする。するとすかさず
「こんにちわぁ」
「はぁーい……おおっ。ちょっとの間に大きくなったなぁ」
「もぉー夜泣きが酷くて大変。全然寝れなくってへろへろですよ〜」
「うわ、そりゃ大変だよねぇ」
というやり取りが聞こえてきた。

 普段、店にあまり客が居ないイメージがあった晋にとって、平日午前中の賑わいは意外な気がした。晋は勤務がある日は寝に帰るだけなので、普段は閉店後の店しか見ることがなかった。
 今の時間帯には誠治は基本、店に出ている。晋は右足を骨折し、休みに入って二日経つ。思うように動けない事がこんなに辛いとは思わなかった。料理番組を眺めながら、また溜息をついた。

 事の起こりは三日前。
家猫が木に登ったものの、降りる事が出来なくなったと家主から通報があった。
 行ってみると、敷地内に大きな植木が何本も立っている屋敷で、その中の一本のてっぺん近くに虎猫の姿が見える。その日は強い風が吹いていて、木が揺さぶられる度に、猫が悲壮な声で鳴きながら木にしがみついている。
 梯子が立てかけてあり、飼い主がそれに登って猫を回収しようと努力した事が分かる。梯子の上段に立っても猫には届かない。呼びかけても降りてこられない様子だったという。

 晋と牧が現場で状況を確認し、消防に連絡しようかと相談していた時、猫が降りそうな気配があった。
 捕獲用の網を持って晋が梯子を登ってみた。猫が落ちた場合は牧と家主に下で猫を受け止めて貰う……という腹づもりで、猫が好きなペースト状のエサで誘い、網を被せようと四苦八苦するうち、降りてきた猫が晋の顔に飛びついた。
 猫を宥めながら剥がそうとした処でタイミング悪く強い風が吹きつけて、晋の身体はバランスを崩し、足を梯子から踏み外して地面に落ちてしまった。
 晋は猫を庇っていたので受け身が取れず、地面に激突した時に右足を骨折してしまい、パトカーで病院に運ばれる事になったのだった。幸い猫に怪我は無かった。

 また店の方から人の声がする。何かと世話焼きな近所のおばちゃん、美千代の声だ。
「同居のお巡りさん、怪我したんだってね。天木さんとこの猫、助けたんでしょ?スポーツジムに行ったら、なんか渡しといてって色々預かったわよ」
と、何か重い物をレジ机にドンと置いた音がした。
「うわ、これ全部お惣菜?すげ〜旨そう!サンキュー美千代。タッパー誰に返しゃいいの?」
「店に寄った時に回収するって言ってたわ。洗ってその辺に置いとけばいいのよ」
「ありがたや、お大尽様、美千代様。あっ、そーだこれ、頼まれてたやつ」
「ありがと。ここで買えて助かるわぁー……じゃあお巡りさんにお大事にって伝えといて」
「毎度お」

 ドタドタ足音がすると、店と居間を仕切る開き戸ががらりと開けられ、誠治が顔を出した。満面の笑みで手に大きな紙袋を持っている。
「晋ちゃーん、お見舞いだってえ。お前、愛されてんじゃん。いやぁおじさん、嬉しいなぁ」
誠治は上機嫌でタッパーを一つ一つ取り出して、テーブルに並べてゆく。晋は、どうにもこそばゆいというか、嬉しいのと気恥ずかしいのとで尻がムズムズした。照れ隠しのように、誠治に話しかける。
「この店、午前中はこんな感じなんだね。賑やか」
「お前が来るの夜だけだもんなぁ。午前中は、なんだかんだ来る人多いよ。お袋の頃からのお客さんも多いしな」
「ごめんくださーい」
言ってる側からまた、客が来たようだった。誠治は慌てて店に駆け戻って行った。

 晋はタッパーを取り上げて中身を見てみた。肉じゃが。茹で野菜のナムル風。唐揚げ。里芋とイカの煮物。きんぴら。煎餅。紙袋に入った林檎と柿。
……派出所で会う町の人達の顔を思い出してみる。おそらく、晋が一人暮らしなら、皆はこんな風に食べ物を持ち寄ったりしなかっただろう。誠治が居るから安心して持ち込む事ができるんだと思う。そのことに誠治は気がついているんだろうか。

 時計の針は午前十時四十五分を指している。そろそろ飯を炊いておこう。テーブルに捕まって片足で立ち上がり、ギプスを引きずりながら、ゆっくり歩いて台所に入った。普段なら、なんてことのない動作にいちいちストレスが溜まる。やっぱ健康が一番だよな、と若者らしくない感慨を抱きながら米を研ぎ始めた。

 昼になると誠治は開き戸を半分開けた状態で居間に戻り、晋が炊いたご飯と、持ち込まれた惣菜を温めて昼飯にした。チコたんも上から降りてきて、二人の脇で猫ご飯を食べている。
 誠治はインスタント味噌汁を啜りながら、ご飯と惣菜を頬張った。
「うーんどれも美味いね!愛が篭ってるわぁ。ほら、しっかり食って早く治せよ〜」
誠治は最後の唐揚げを、晋の皿に置いた。晋は何か考え込む様子で食事をしていたが、誠治の顔を見ながら、話し始めた。
「誠治君ってさ……もしかして、変わってないのかもね。警察官だった頃と」
誠治は食べる手を止めて、ポカンとした。
「へっ?」
「誠治君が警察辞めて店を継いだって聞いた時は、正直、勿体無いって思ったけどさ……。今日の見てたら、昔、誠治君に声かけられた時の事、思い出した」
晋は誠治の顔を見つめる。誠治はまだよく分からないという顔をしている。
「この町の色んな人の事、ちゃんと見てて、声かけたり、気遣ったりしてるのが、警察時代にやってた事と基本は同じっていうか」
「ああ、そゆこと。……そんな意識して店やってる訳じゃねーけど。でも、お前から見てそう見えんならスゲ〜嬉しい、かも」
 誠治は照れて髪の毛をガシガシとかいた。晋と目が合うと、顔がますます赤くなる。
「おっい、そんな見んなって、飯食えねーじゃん……」
「誠治君、可愛いなあ」
「バカ、ほら、お前も食えって」
誠治はテーブルの下で晋の脚を軽く蹴った。晋は顔をしかめる。誠治はハッとして
「あっ悪り!大丈夫か!」
「だ、大丈夫……」
「ワザとじゃないからね? スキンシップっていうか、ほら」
焦る誠治の姿を見て、晋は吹き出した。

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昼過ぎ。
田島商店の中の居間。

……だった筈なのだが、いつの間にか、晋は暗い部屋の中にいた。

 見覚えのある部屋の間取り。自分の部屋。埃の積もった居間。閉じられたゴミ袋がいくつか。台所に行く。空っぽの冷蔵庫。一人分の皿とマグカップが洗って伏せてある。

 カビ臭い洗面所の鏡に映る晋は高校生だ。ボサボサの髪の毛は色褪せた黄色で、根本が黒い。晋は鏡の中の自分の顔を覗き込んだ。瞳は真っ黒で、うつろな深い穴のようだ。歳の離れた姉が嫁に行ってから、ここには母親と彼が二人で住んでいたが、母親はいつも忙しく、数日間、帰ってこない事もしばしばだった。

———わかっている。
 母親は彼との暮らしの為に頑張っていること。だから言えない。時が経つにつれ、言えない事が澱のように心の底に溜まり、どす黒いドロドロしたものに変わっていく。

……今ではもう、何が言いたかったのかも、思い出せない。 

どうでもいい。
家も学校も。現在も未来も。
(誰か)

 夜更けに、息苦しくて家を出た。荒んだ雰囲気が引き寄せるのか、公園でチンピラに絡まれる。
 イライラを互いにぶつけ合う。殴られて、殴り返す。この溜まった昏い何かを叩きつける事ができれば何でもいい。ついに相手は逃げ出した。荒い息をつきながら、いつの間にかポケットに入っていたライターと煙草を取り出して、煙草に火をつける。

(誰か)

苦い煙を、深く吸って、吐く

(たすけて)

「もしもしオニーサン」
 呼びかけに振り向くと、警察の制服を着た誠治が立っていた。自転車を脇に止め、にこやかに晋に近づきながら
「さっきこの近くで男がケンカしてるって通報あったんだけど。お兄さん怪我してるね、ちょっとお話いい?」
と言った。煙草を持ったまま、晋は誠治を凝視した。  

「……誠治君」



「んー?」
 誠治が上から覗き込んでいる。
晋は上体を起こし、辺りを見回した。居間はまだ明るい。時計を見ると十五時三十分だ。足元に丸くなっていたチコたんが欠伸をし、また眠りにつく。晋はどこか焦点の定らぬ目付きで誠治をぼんやりと見た。
「……俺、寝てた?」
誠治は晋の傍にしゃがみこんだ。
「おう。そろそろ気温下がってくるから何もかけてないと冷える……あれ? 汗かいてんな。暑かった?」
晋は無言で誠治の腕を引っ張ると抱き寄せた。
「……あり…とう……」
「え?」
晋は腕にぎゅうぎゅう力をこめ、誠治は息が詰まる。
「ちょ……く、苦しい」
晋はようやく少し腕を緩めた。誠治は抱き合った状態のまま、晋の顔を心配そうに見た。
「何、どした」 
晋は誠治に顔を寄せると口を塞いだ。キスをしながら誠治をそのまま床に押し倒し、シャツの下に手を挿し入れる。誠治は慌てて
「おい!まだ営業中、てか店から、見えちまう……待てっ……てば」
「誠治君……」
至近距離からの晋の切なげな目力に、誠治の心臓がドキリと鳴った、その時。

「すいませぇーん!」
甲高い女の子の声に、男二人は飛び上がった。誠治は晋を勢いよく押しのけると、焦って四つん這いのまま開き戸に飛びつき、物凄い勢いで開け放った。大きな音に女の子はビクッと驚く。
「ごめんね! えーっと御用はなんでしょう?」
冷や汗を隠して店に歩み出しながら、にこやかな顔を作ろうと努力する。
「あのっ、こちらに、ウチの猫を助けてくれたお巡りさんが居るって聞いてきたんですけど……」
「ん?君、猫の家の人?」
高校の制服を着た女の子はその言葉に笑いを堪えながら
「はい、猫の家の人です。寅次郎を助けて貰ったお礼がしたくて」
「寅次郎、っていうんだ。おーい、晋。お前にお客さん」
開き戸の影から晋が顔を出し、ぎこちない動作で、店と居間の境目に腰掛けた。女の子は店の奥に足を踏み入れて晋と向かい合い、丁寧に頭を下げた。
「寅次郎を助けて頂いてありがとうございました」
晋は座った姿勢のまま
「いえ、仕事ですから。この場所は、派出所で聞いたんですか?」
「はい。仕事だから改めてお礼とかしなくても大丈夫って、そこのお巡りさんにも言われたんですけど……どうしても直接言いたくて。無理言って教えて貰いました」

 にわかに店の前の通りが騒がしくなった。小学生の男の子達三人が、店に走り込んで来た。女の子は中の一人に目を止めて驚く。
「涼太!なに、アンタも来たの?」
「だってどんな奴かキョーミあんじゃん。って、うわ、デカっ!」
「巨人だあ!」
「鎧の巨人だっ!」
小学生男子は晋の大きさにもれなく驚いた。誠治は吹き出すのを堪える。
「ちょっと失礼でしょ!すみません、弟も来ちゃったみたいで。騒がしくしちゃってごめんなさい」
弟は姉の横に並ぶと、ピョンと頭を下げた。
「寅次郎を助けてくれてありがとうございましたっ」
姉はそれを見て驚いた顔をしている。晋は微笑して答えた。
「どういたしまして」

 誠治が何かを取り出して子供達に呼びかけた。
「はぁーい注目!みんなで来てくれた事だしい、怪我が早く治るおまじないを一緒にやろうか」
「おまじないって何?」
ざわめく男子は誠治の手にあるものを見た。油性マジックの六本セットだ。誠治はニヤリと笑った。
「これはギプスの怪我の場合のみ有効な、古くからあるおまじないでーす。このペンで、あそこのお兄さんのギプスにお絵かきしまーす」
晋はギョッとし、子供達は目を輝かせた。
「いいの!?」「えー面白そうっ」
誠治は、晋のギプスの傍にしゃがんで、黒の油性マジックで『むっつり』と書き込んだ。
「書くのは字でも絵でも良し!何でも好きに書いてよし!お巡りさんが元気になりますように、という願いを込めて書けばオーケー。ドゥユアンダスタン?」
「ちょっ……」
晋の抗議は歓声に掻き消された。子供達は一斉にギプスの側にしゃがみ込むと、賑やかに喋りながらお絵かきを始めた。
女の子はしばらくその様子を見ていたが、やがて誠治に視線を向けた。
「あのう……私も書いていいですか」
誠治はニコッと笑うと緑色のマジックペンを取り出し、彼女に渡した。女の子は楽しそうに、男子に混じって何か書き始めた。

 晋はまな板の鯉になった気分だった。
子供達が自分の右足を囲んで、ガヤガヤ楽しそうに模様やキャラクターを描いている。みんな目がキラキラしていて、晋と目が合うと嬉しそうに笑った。

「仲本ー!あれ、何してんの」
いつの間にか、巡回の途中で様子を見にきたらしい牧が、子供達と晋を不思議そうに見ている。誠治はニヤニヤしながら
「早く治るおまじなーい。牧も書く?」
牧は、されるがままの晋を見て同情するように首を振り、苦笑しながら晋に話しかける。
「お前が居ないと仕事が回んないよ、早く復帰してくれ」
「すみません」
「責めてる訳じゃなくてね。ただ、早く戻って欲しいんだよ、俺もモツさんも。なんか空間が無駄に余ってる感じがするっていうか」
誠治がちゃちゃを入れる。
「普段はデカ過ぎて暑苦しいだのなんだの言うくせになー」
「愛情の裏返しですよ」
「だとさ、やっぱ愛されてるね、晋ちゃんは!」
誠治が晋の頭をポンポンと叩く。

 晋はどういう顔をしていいか分からず、何となく胸の奥からこみ上げるものを感じて、俯いた。
 あの暗い部屋から、いつの間に俺は、こんなに明るい場所に居るんだろう。皆が笑っていて、明るすぎて、何だか半分夢のように現実感が無い。

 俺が皆んなを、誠治君を、守るんだと思ってた。……でも違う。守られてるのは俺の方なんだ。皆んなが、誠治君が、俺を守ってくれて、ここに俺の居場所を作ってくれているんだ。

 あの頃の俺に会えたら言ってやりたい。
辛いよな。でも大丈夫、心から大好きだと思える人にもうすぐ会えるから。お前の居場所はちゃんと見つかるから大丈夫だって。

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十年後。

 戸棚で探し物をしていた晋が、縁側で何かを見ているのに気付き、誠治は後ろから覗き込んだ。それはアルバムだった。貼られている写真を見て、思わず誠治は大きな声を出した。
「うわっ! 懐いな、それ!」
晋は驚いて肩越しに誠治を見た。
「ビックリした……これさっき戸棚の奥に見つけて。思わず見入っちゃった。懐かしいよね」
 誠治は晋の横に座ると、二人でアルバムを覗き込む。そこに貼られている写真は、カラフルに彩色されたギプスを右足に嵌めた晋を中央に、ギプスに絵を描いた小学生の男子三人、高校生の女の子一人、誠治と牧と、猫のチコたんが写っていた。
 誠治は笑いながら写真を指差した。
「うっわ牧さん若っ!……このガキどもも、今年で成人だかんねー。年々、時の経つのが早く感じられるよなぁ」
「もう十年も経つんだね。長かった気もするし、あっと言う間だった気もする」

 冬の小春日和、暖かい日差しが降り注ぐ縁側の隅では、チコたんが丸くなって眠っている。ここ数年、眠っている時間がグンと増えた。それを眺めながら、誠治は欠伸をし、肩を回した。
「そういや、美千代をここんとこ見てねぇな。最近、腰を痛めたみたいだし、後で様子見に行ってくるわ」
「……誠治君」
晋は、横に座る誠治の手首を掴んで引っ張ると、誠治の肩を抱くように抱えて、顔と顔を近づけた。思わず怯む誠治に晋は静かな声で
「さっき舟和の芋羊羹、食べたでしょ」
と、囁いた。誠治は口に手を当てた。
「えーっと……何の事かなっと」
「血糖値上げすぎるとマズイから、甘いもんは間食しちゃダメだって言ってんのに。糖尿になってもいいのかよ」
誠治はジタバタ暴れると晋の戒めから逃れた。
「晋ちゃん、最近、小姑みたいっ」
「何とでも言って。俺は誠治君の健康を守る為なら鬼になる覚悟だから」
「へえへえそりゃどーも、お陰でこないだの検診も問題無しでしたよ……そんな心配すんなって」
「……この後、俺が何十年生きたとしても、隣に誠治君が居てくれなきゃ意味が無いんだ」
誠治は穏やかに微笑み、晋の手を取った。
「俺もだよ」
晋も微笑むと、二人は見つめ合い、握る手に力を込める。

 二人の左手には、揃いの指輪が銀色に煌き、暖かい冬の日の縁側に反射したその光が、小さな虹を作った。

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