9歳:O(オー)さんの森 その1

いまじゃ考えられないけれど、子どもの頃は虫を触ることができた。

りゅうちゃんはその頃、クワガタ集めなんかに熱を燃やして、日々、採集に勤しんでいた。

しかし田舎の子供社会というのは意外にもタテ関係が厳しく、その学年によってクワガタ採集をできる縄張りが定められていた。
高学年に上がるほど、たくさんクワガタの採れるスポットに立ち入れる権利を得ることができるが、小学3年生おりゅうちゃんが分け入れる森ではクワガタを採取するのは至難の業だった。

そうなるとモグリで縄張り以外のスポットに入り込む者も出てくるが、どういう情報網があったのか未だに謎ではあるが、誰かがチクってだいたいバレるのが常だった。
掟破りのペナルティは言うまでもない、昔のガキは苛酷なので、殴る蹴るの鉄拳制裁が待ち受けている。
でも、それが当時のオキテだったので、誰も異議を唱えなかった。

しかし例外もあるにはあった。
兄貴が有力なワル…つまり縄張りを仕切るガキ大将だった場合は、その弟やその友人などは特例として縄張りへの立ち入りが許されたのだった。
縁故というズルのシステムは、子どもの世界にもあるのだ。

ピラミッドの頂に君臨するのは6年生である(中学生になるとバイクとかギターとかに目覚めてクワガタのことはどうでもよくなる)。
6年生になればフリー手形を持ったようなもので、どんな森だろうが林であろうが、勝手に入ってクワガタを採ることが許された。

が、そんな特権階級の6年生であっても絶対に立ち入ってはいけない森が存在した。
それは「O(オー)さんの森」と呼ばれていた。
そこはオオクワガタもミヤマクワガタもノコギリクワガタも、なんでも採れ放題という、黄金郷のような場所して知られていた。

田舎の子供たちでその森のことを知らぬ者はいなかったが、足を踏み入れた者はいなかった。
その森に入ってクワガタ採集をすると、Oさんという恐ろしい先輩に殺されると信じられていたからだ。

りゅうちゃんには4つ上のお兄さんがいて、いつかOさんの森について訊いたことがあった。
「ねぇ、Oさんの森ってどこにあるの」
「ばか。それを口にするな、殺されるぞ」
そう言ってりゅうちゃんは殴られた。

口に出すことすら憚られるとは、それはもう恐れというよりも畏れに近い存在だった。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?