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ラーメングルメは行かないラーメン店

ラーメンは好きだが、あまりラーメン屋さんに行かなくなった。東京のあちこちにあるラーメン屋さんはほとんどがこってりしたとんこつ系で、しかも私にはしょっぱすぎておいしいと感じられないからだ。ときどき素朴な醤油ラーメンが食べたくなると、うちの近所のチェーン店日高屋に行く。ラーメン通がわざわざラーメン目当てに足を運ぶような特徴のあるラーメンではないが、私は”こだわりの”とんこつラーメンよりずっと好きだ。

店内のテーブル席は今でも透明のアクリル板で仕切られていて、ゆっくり食事を楽しむような店ではないから、お客は食事が終わるとお勘定を済ませてさっさと店を出ていく。

私はラーメンしか食べたことがなかったけれど、ある時ふとニラレバ炒めが食べたくなった。自分で1度作ってみたけどうまくできなかったので、夕方、帰宅途中に日高屋でテイクアウトすることにした。お店の人に注文して、ニラレバができるまでレジの近くの椅子に座ってなんとなく店内で食事をしている人たちを眺めていた。

アクリル板で仕切られた狭い席で、大きな背中を丸めるようにして食べているスーツ姿のサラリーマンは、外回りの営業の帰りだろうか。フード付きのジャケットを着た若者はバイトに行く前の腹ごしらえだろうか、それともバイトを終えて立ち寄ったのだろうか。作業着姿のおじさんが何人かビールを飲みながら食事をしていたり、夫婦らしい中年のカップルがメニューを見ながら何を注文するか相談していたり。2杯目の生ビールを注文する人。お店の人に定食には餃子が何個つくのかと聞いている人。。。

お客のほとんどが1日の仕事を終えて、お腹を空かせてここにやってきたように見えた。1日中パソコンの前に座って仕事をしているような人はここにはいないだろう。デスクワークではあまりお腹は空かないから、安くてボリュームのある食事は必要ない。私もあまり動かないで家でできる仕事をしているので、「お腹が空いた〜。さあ食事だ」というようなメリハリのある日常にはなりにくい。

1日の仕事を終えて適度に疲れたからだと空っぽのお腹に、日高屋の食事は元気をくれるんだろう。若いサラリーマンの元気な食欲や、中高年のおじさんたちが仕事を終えて1杯の生ビールでささやかに自分を労っている姿になんだか親しみを感じた。仕事というより労働、勤務するというより働くということばが似合う人たちに温かい食事を提供するところ。お店の人もいつもキビキビと働いていて、それも見ていて気持ちがよかった。

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先日、阿佐ヶ谷でラーメン屋さんに入った。夜、新宿で映画を見ようと思っていて、あまりゆっくり食事をしている時間もなかったので。看板や店の入り口は地味で、ここもこだわり系のラーメン店ではないことが一目でわかった。カウンターに数人お客さんがいたので、繁盛店ではないにせよ、そこそこおいしいのだろうという程度の期待で中に入ると、店主らしい私と同年代くらいの女性がラーメンを作っていて、東南アジアか中東あたりの人かと思うような風貌の若い女性が手伝っていた。

このカウンターだけの店もアクリル板で仕切られていて、私が座ると店主が消毒液を持ってきて、「どうぞ」とカウンター越しに私の掌にシュッとかけてくれた。しばらくして注文した中華そばを私の前に置くと、店主は「お題は料理と交換でお願いしています」と丁寧に言ったので、私はちょっと驚いて、「そうですか」と急いで千円札を出すと、木のお皿にお釣りが載せられて返ってきた。

店の入り口の券売機で前払いというのはよくあるが、こんな感じでの代金前払いは初めてだった。もしかしたら、女性だから甘くみられて、食い逃げされて悔しかったというような過去でもあったのかもしれない。でも、券売機も買えば高いんだろうし。そんな”ドラマ”が勝手に私の頭をよぎった。

醤油ラーメンはラーメンの上にチャーシュー、海苔、刻みネギ、メンマが載っているのが定番だが、ここのラーメンにはメンマは載ってなくて、その代わり茹でたもやしがどんと載っかっていた。一見すると醤油ラーメンじゃなくて味噌ラーメンみたいだった。

食べ始めると、その女性店主は私の前に並んでいる調味料の一つの蓋を開けて見せて、「唐辛子をオイスターソースに混ぜたものです。よろしかったらお好みでどうぞ」と丁寧に説明してくれた。

なんだかお母さんが作ったラーメンを食べているみたいだった。メンマじゃなくてもやしなのは、メンマより野菜の方が体にいいからという、ややお節介な、でも家族の健康を気遣うおかあさんのよう。料理が得意なお母さんは多いけれど、ラーメンが得意なお母さんというのは聞いたことがない。ラーメンを作るのが趣味のお父さんはいそうだけれど。どうしてそんなことを言うかというと、この店はラーメンの味では勝負してなくて、お母さん的な雰囲気に惹かれてお客が来ているような気がしたからだ。

ネットで検索すると、いくらでも人気のレストランやテレビで取り上げられたお店や、予約が取れない店が出てくるが、そういうところに日高屋もこのこぢんまりとしたメニューの少ないラーメン屋も出てこないだろう。どちらも、食べログのようなところで勝負できるような差別化のポイントはない。でも、お客がなんでもない普段の日に食事にやってくる店に求めるのは、味や店のこだわりや、店内の雰囲気とは限らない。ほっとできたり、お店の人から受けるちょっとした気遣いだったり、そんなことだったりすることもあるんだろうな。

私は女子力弱いし、頭の中は2、3割がオヤジなので、小洒落たレストランやパスタのおいしい店にもたまに行くけど、労働者やお金のない学生の味方みたいな定食屋さんとか、「ホッピー」のポスターが貼ってあるような居酒屋に惹かれてしまう。そこにはドラマがあるような気がするからかもしれない。




らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote:

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