見出し画像

「11/22/63」

スティーヴン・キング著 白石朗訳 2013年9月 文藝春秋刊
 
“11/22/63”とはケネディ大統領が暗殺された日の英語表記のこと。
2023年11月22日は丁度60年目にあたります。
 
主人公の英語教師ジェイク・エピングはメイン州のちいさなダイナーの地下の「穴」から1958年9月9日にタイムトラベルできることを知る。ダイナーの主人アルからケネディ暗殺を阻止するように依頼され、主人公はオズワルドの監視を始める・・・
 
単行本で上下巻1000ページ強という大ボリューム、キングの小説の例に漏れず、主人公の周辺には多彩な出来事が発生し、物語はなかなか進まないのですが、それが後になって重要な伏線となったり、運命の1963年11月22日が近づくにつれて徐々に緊張感を増す要因となっています。
 
この小説を書くにあたり、キングはケネディ暗殺に至るまでのオズワルドの経歴を丹念に調査しており、オズワルドがソ連に亡命し、ソ連人の妻と帰国後もなお共産主義に傾倒してエドウィン・ウォーカー将軍狙撃事件を起こし、ジョージ・ド・モーレンシルトと交流を持ち、ダラスでテキサス教科書倉庫に職を得るまでのオズワルドの経歴を詳細に記録していきます。
 
ウォーレン委員会の記録の大半が公開された今日に至るまで、さまざまな陰謀論に根差した事件の背景が語られ続けられ、60年の歳月を経た事件という“風化”は全く見受けられません。
それはJFKという情熱的で理想主義に傾倒していた若き大統領のもつ肯定的な魅力が突然に断たれた、という歴史における“if”という要素を大いに喚起させることが大きいからでもあるでしょう。
もし、そのままJFKが生きていたら?ダイナーの主人の懇願をジェイクが聞いたことで起きるあれこれやは、単に5年間オズワルドに接近し、暗殺を阻止すれば済む、といった単純な解決を用意しない。
ジェイクは5年の間に自分の把握できる範囲で周囲に起きる出来事を改変しようとする。
その過程で起きる出来事は“時”が改変されるのを防ぐように防衛機能が発揮されるかのよう。
過去の出来事を変えた場合、その後の歴史はどのように変わるのか?という興味深い問題、いわゆる“バタフライ効果”についてのキングの考え方がここに表れていて興味深いものがあります。
 
さまざまな紆余曲折は、小説は“読者に楽しんでもらうためのエンターテインメント”というキングのスタイルが極限まで拡大された印象ですが、あまりに多彩な出来事が起きるために、作者はこの小説を終わらすつもりはないのではないか?とさえ思えてくるのです。
しかし、それは積み重ねられた出来事の末に起きるクライマックスに向けての膨大な伏線であり、ケネディ暗殺という歴史上の大事件に対してキングや読者が感じるさまざまな想いをエネルギーに転換する大きな触媒として作用している、と感じます。
この物語のもう一つの主軸であるところの運命の女性セイディとの出会いと恋模様の行方も絡まり、最後の100ページほどは読むのを止めることが出来なくなります。
ストーリーの壮大さと全ての伏線を見事に回収し完結する物語の巧みさ、そして運命の残酷さ、主人公の決断に号泣必至のエンディング。
1000ページに及ぶ壮大な物語の末に到達する読後感は、他に比肩しうるものがないほどに充実したものがあるのでした。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?