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世の中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら耳と目を閉じ、口を噤んで孤独に暮らせ。それも嫌なら・・・

「世の中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら耳と目を閉じ、口を噤んで孤独に暮らせ。それも嫌なら・・・」

これは攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEXの冒頭でビルに破壊工作を仕掛ける何者かが発する「もはや体制に正義はなしえない」という言葉に作品の主人公である草薙素子が返すセリフです。

このセリフは非常にインパクトがあり、SNSなどでいまでも多く引用されているのですが、大抵の場合は文字通りの意味で「世の中に不満を言わずに受け入れろ」と引用されてしまっています。

しかしながら、本来、このセリフは物語全体で否定されるべきテーゼとして提示されており、そのまま文字通りの意味で引用してしまっては作品の読解として間違いです。

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEXとは

攻殻機動隊S.A.C.とは2002年から2003年に渡ってパーフェクトチョイスで放送された攻殻機動隊のテレビアニメシリーズです。原作漫画、押井守による映画に続く攻殻機動隊シリーズ3作目で、設定は前2作と同じくする部分が多いですが、あくまで別世界の物語として描かれています。

なぜ間違いなのか

※以下、攻殻機動隊S.A.C.のネタバレを含みます。

攻殻機動隊S.A.C.では、厚生省の村井ワクチン不認可にまつわる不正・策謀に公安9課が対峙していくことがストーリーの主軸になっています。

笑い男とは

笑い男とは村井ワクチン不認可にまつわる不正を暴くため、6年前に笑い男事件と呼ばれる誘拐事件を起こしたハッカーで、6年前の事件では不正の告発に失敗しています。

トレードマークである笑い顔のマークの外周に「耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になろうと考えたんだ」(I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes)という言葉が書いてあり、これは草薙素子の冒頭のセリフに対応しています。

ですが、11話で捜査官が発見した笑い男の書いたと思われる言葉には「だがならざるべきか?」(or should I?)という一文が付け足されています。ここでは笑い男が誘拐事件の際、告発に失敗したままになっていることへの葛藤が描かれており、笑い男はこのあと再度、村井ワクチン不正を告発しようと動き出します。

草薙素子はどうしたか

最終的には草薙素子も笑い男に感化される形で、笑い男の村井ワクチン不正告発に協力します。

すなわち、草薙素子は冒頭の素子自身のセリフに対応した「耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になろうと考えたんだ。だがならざるべきか?」という笑い男の問いに対し、ならざるべきであるという回答を選んだということになります。

この「世の中に対して口を噤んだ人間になるべきではない」というアンチテーゼこそが、この攻殻機動隊S.A.C.の主題であり、冒頭のセリフを文字通りに解釈した「世の中に不満を言わずに受け入れろ」という引用は物語の読解として間違いなのです。

私の言いたいこと3つ

ここから3つの項目を書きますが、私がこの件について言いたいことでセリフの解釈とは関係がなく蛇足です。

感情的な話

まずは私の感情面。前述の解釈は作品自体がアニメにしてはやや難解なことを除けば、特に難しくも特殊でもない、ちゃんとアニメを観ていれば普通にわかる内容です。すなわち誤引用をする人間は、根本的に作品を読解する能力を欠いているか、または作品を観ないで引用しているかのいずれかということになります。

真面目に視聴した上で読解できない人はただただ気の毒ですが、好きなアニメ作品がまともに観もしていないに人に安易にミームとして消費されるのはあまりいい気分がしません。まして、作中で否定されるべく提示された、主題と真逆のテーゼですからなおさらです。

そもそも、普通に考えたら「世の中に不満があるなら黙っていろ」なんてことを心の底から言う物語の主人公がいるわけないことくらいわかりそうなものです。

この誤った引用をしている人間とは仲よくなれる気がしませんし、近づかないでほしいと本気で思っています。

なぜこれが受けいられるのか

なぜこれが受け入れられるのかと考えてみましたが、世の中に不満を訴える人物を攻撃するのに都合がいいということがあるんだと思います。

実際、X(旧Twitter)でポストを検索してみると、いわゆるネトウヨと言われるタイプの人間が、社会問題への問題提起を冷笑的に批判するために引用しているケースがとても多いです。

石丸氏の特殊な引用

この記事を書いているのは2024年の7月で、ちょうど2024年の東京都知事選が終わった頃になります。都知事候補だった石丸伸二氏が街頭宣伝でこのセリフを特殊な形で引用していて、興味深かったので紹介しておきます。

6月15日の渋谷TSUTAYA前街宣にて、座右の銘にしているアニメのセリフがあります、と例のセリフをそらんじて引用したあとに「世の中に不満があればまずは自分を変えてみる、自分が動いてみる」と説明しています。ですが、これは政治家のメッセージとしても、作品の読解としても意味不明で私はかなり困惑しました。

世の中に不満があって自分を変えるのであれば、政治家はいらない事になってしまいますし、自分が動いてみるの点については、セリフの中にはそもそも言及がありません。この発言を聞くまでは石丸氏に思うところは特にありませんでしたが、政治家として不明なことを言う上に、私の好きな作品を適当に引用する人間ということで、かなり引いてしまいました。

まとめ

SNSなどで「世の中に不満があるなら自分を変えろ」と検索してみると、その結果は本当に酷いもので、正しく作品を読解した使われ方はまず見つかりません。少しでもそれの歯止めになるならと、この記事を書きました。

もし間違った引用をされているところを見かけたら、是非この記事を紹介してみてもらいたいです。


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