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「夜雨、記憶鮮明」

亡き人が姿を変えて訪れる

脱け殻のように呆然と

涙で目を腫らしていたり

横たわって考えていると

一匹の蛾がカーテンにとまる

私はきっと母親だろう、といつも思った

小さな蛾が多かった

白い羽と黒い斑点

茶色に目のような斑点

そういえば

父が死んでから見かけない

母は父が来たから、もう蛾に姿を変えて来ることはないのだろう

若くして叔父が死んだ時

兄弟妹で思い出話をしていたそうだ

ウィスキーのコップの縁に

どこからともなく

白くて大きな蛾がとまった

みな、兄ちゃんだ

兄ちゃんがお別れに来た、と騒いだそうだ

たとえ蛾でも

姿を変えて、会いに来てほしいとぁ

私も願う

夢でも会いに来てほしいと

だだをこねてやる

私を置いて逝かないで

私も一緒に連れていってよ

わかってる。連れてくよ。

一瞬だけ、満足して大人しくなる

小窓のカフェカーテン

顔を横にすると

少し開いた隙間から月が見えた

嵩みたいな光線が夜の虹のようだった

夜更けでも車が通るのが見えた

月の砂漠を歩く駱駝を想像した

砂漠の月は巨大で

砂にその身の半分も沈んでいる

駱駝のキャラバンが連なって

数珠具りのようだった

黒い黒い影の駱駝のキャラバン

永遠に彷徨う堂々巡りの旅人たち

私は上下に揺れながら

声もなく月を見ていた

月の周りの嵩は

雨が降る予兆

雨は夜

大抵

眠っているうちに降ったあと

パチパチと地下を流れる水音が

森の奥で聞こえる

夢のあと

いいえ、夢のあとさき

あなたが生きているうちは

私は鮮明に忘れさせたりしないから


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