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天国の母へ 珍しく推し以外について語ってみた(恥ず)たぶんすぐ消す


推しに対しての想いは饒舌だけど

意外と自分のことに関してはツイートするのが苦手

自分の思念とかポリシーはこっ恥ずかしくて語れない、すぐチョケちゃうタイプ(なのですぐ消すと思う)




愛情も、環境も、物質的な豊かさも、何不自由なく、欲しがる隙が無いほどたっぷり与えてくれて

こうあるべき、っていう価値観を押し付けずに、自由な魂に育ててくれた親に

めちゃくちゃ感謝してる


でも、イジワルな気持ちと、人を妬む気持ちだけは持たないように躾られた

そこだけは絶対!みたいな

そこも感謝してる


天真爛漫で可愛いね!おもしろいね!楽しいこと思いつくね!って、毎日、毎日、褒め殺しほど、褒めてもらったな

人と比べてよく出来たとか、頑張ったから、お利口だから、とかじゃなくて

ユニークやね、チャーミングやね、愛ちゃんがいると楽しいね、って私自身の個性をいつもおもしろがって楽しんでくれたから

だから、私も人にそうありたいと思ってる

ん?そうでもないな、そうありたいと思ってもないな
勝手にそう刷り込まれてる、だから

人のヘン(?)なところを見つけるのも、結構好きだし。正しくなくても、素晴らしくなくても、世間的にはダメなところがあっても、割とそこを面白がって楽しんで付き合えたりもする


後、何しても、ダメって言われなかったけど

イジワルな気持ちを持つことと、自分が得をするために人を騙すのは絶対ダメだよってことと

それから

三人姉妹だったから、いつもみんなに平等に良いことが訪れるわけじゃないけど

そんな時に『いいなぁ』って誰かが羨ましそうに言ったら

『いいなぁ』じゃなくて、『良かったね』って一緒に喜んであげて、と言われたことが心に深く刻まれてる

『いいなぁ』って羨ましそうにいうと、どっちも悲しくなるけど

『良かったね』って一緒に喜ぶと、どっちも嬉しくなるよ、って

姉妹どうしで、自分だけがラッキーじゃなかったときでも、心から『良かったね』っていうと、つられて自分もハッピーになれたから

あんまり兄弟ゲンカした覚えがない

なんでこんなことを言い始めたかというと

もうすぐ、母の7回忌

最後のお別れの時に、お坊さんに

故人にしてもらって嬉しかったことを最後に言ってあげてくださいって言われて

姉妹で『いっぱい褒めてくれてありがとう!』とハモッたことを思い出したから

いっぱい褒めてくれて、ありがとう

それはいいね、良かったねって、いつも心から言ってくれてありがとう

私のいいところをいっぱい見つけてくれて、ありがとう

私のヘンテコなところを見つけても、心からおもしろがってくれてありがとう

天国の母へ


ちなみに母の顔、若き日も歳を重ねてからも、その時々の黒柳徹子さんに似てる...

そして、若き日の母は、オードリー・ヘプバーンにも似てるので、このタイトル絵をつけてみました😊

私とは、見た目も性格も全く違う個性の母
優しくて品があって、凛として美しい母がとても自慢だった


追記 

子供たちを褒める時、たまに母がこんなふうに褒めてくれたな、と思い出しながら褒めることがある

すると子供たちが『ばあばのモノマネ?』と

わかるのね、
孫たちがばあばの口調を思い出すほど
孫たちのこともいつのまにかそんなに褒めてくれていたんだ、と驚かされる

そして、孫たちの心の中でも、ばあばが褒めてくれた言葉が、しっかりと染み付いていることが嬉しい



同じ世界でも、自分の見方、捉え方ひとつで割とステキな世界に見える(かもしれない)

私の世界を、楽しく生きやすいものにしてくれたことも、母に感謝しています



母がよく言っていたこと

羨ましい、ずるい、と人を妬んで生きないで

人が優しい気持ちや親切でしてくれたことを、バカにしたり、けなしたりすると、心が貧しくなるよ

それが欲しかったものと違ったら
優しい気持ちに、ありがとうだけを伝えて
優しい気持ちだけを受け取ればいい

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