港区おじさんナメてた問題（未知とのファーストコンタクト）

港区おじさん先生の携帯番号を見てついつい条件反射で

「007ですね、映画好きなんですか？ダニエルかっこいいですよね～、わたしもダニエル版だったら全部観てます、ショーンコネリー版も人気あるみたいですけどね」（あ～でももっと他のボンドとか、歴代ボンドガールの話になるのかな～そこまで詳しくないんだよな～）と思いつつ適当な返しをしたわけです。

と発したが刹那、港区おじさん先生の表情がパーっと華やぎました。分かりやすすぎる反応に圧倒されつつ、そんなことはおくびにも出さずに、お得意の無表情と笑顔の間の微妙な表情で佇む私。港区おじさん先生は続けて「君、映画好きなの？」とキラキラした目で聞いてきました。え…いや、映画好きってか映画好きじゃなくても007くらいはみんな観てないか？観てなくても知ってるやろと、サブカルサラブレット（これはあとで説明します）の私は圧倒されるばかり…。そこからキラキラをさらに増して話が止まらなくなった港区おじさん先生は、自分が大好きだというダニエルの一作目カジノロワイヤルについてアツく語り始めました。でもなんか言ってることがなんか浅めで、興奮は伝わるけど、作品についての自分なりの解釈や感想が全く伝わってこないのはなぜ～。私の顔はどんどん無表情と笑顔の間から、クライアントにいつもしているような愛想笑いにスイッチしていきました。内心「ちょ…あ、うん…」と思いつつも、「そうなんですね～わたしはレナ・セドゥが好きだし、今までのボンドガールとは違う知性が全面に出たの彼女の役がとてもいいと思うし、オープニングのメキシコの死者のお祭りの雰囲気も大好きだから、スペクターがベストですね」と答えつつ、ちらっと先生の顔を見やると、「オラ、ワクワクするぞ！」って雰囲気全開のお前ドラゴンボールの悟空がそこに…。このおじさんの周りって、もしかして映画が好きとかいう女性が存在しないの？ねえ…そうなの？？ってくらいの食いつきでして。こっちの得も知れぬ不安を煽ってくるったらないのです。

ここで私の人となりといいますか、仕事の情報をインサート。子供の頃からほぼ毎日図書館に通い、その図書館にある児童書を全て読み漁り、気に入った本があれば、感想を一人ノートに書きつけるような子供で、中学生からは深夜ラジオを熱心に聴き、初めて買ったアルバムは「スチャダラ大作戦」その後、スチャダラより電気グルーヴに夢中に…。都内屈指のサブカル私立高校・大学を卒業し、中央線沿いにあるどサブカルな小さい出版社に就職、そのあとサブカルゴシップ的な月刊情報誌を出している出版社に転職、20代後半までそこに勤め、それからは広告代理店の制作部→ポータルサイト→デザイン会社を経て、今はCGやVFXをやっている少数精鋭の売れっ子クリエーターを抱えた映像制作会社でマネージャー業をという感じで、ずっと制作業に携わっております。

その環境も手伝って、社会人になってからも同業界の男とばかり付き合っており、二十代前半は高校大学の同級生のサブカルくそ野郎、スポーツ新聞社の営業、二十代半ばは男性ライフスタイル誌の営業、二十代後半から三十代半ばまでは長いこと雑誌の編集者と一緒に暮らしており、所謂コミュ力最前線・チャラく見えてもよく言えば思慮深い系、悪く言えば劣等感の見え隠れするこじらせた男メインで活動させていただいておりました。そんな男たちはだな、007が一番好きな映画とか言わないものなのです。ゴダールとか美大生みたいなことは流石に言わないにしても、ウォン・カーウァイとか、まぁレオンとかグランブルーとか？マイク・ウェブとかウディ・アレンとかさ…なんつーか…ね。まぁなんでもいいんですけど、007でこんなに沸くこと自体が想定外なわけですよ。そりゃタジるよ…あたしもさ。慣れてないもんこんな反応。

そんな港区おじさん先生の勢いは留まることがなく「土曜日のお昼頃は出かけてるけど、それ以外は暇だから僕。」とかなんとか、宅急便の時間指定なのってくらい（連絡してくるならこれ以外の時間で！的）な感じで説明してきたもんだから、私はどんどん呼吸が苦しくなってきて、仕事を積まれたみたいな圧を感じ出しました。ただでさえ普段からクリエーターと制作プロダクションとの折衝をしたり、あっちもこっちも立てて、円滑に事を進めることに心を砕いているので、自分がどうしたいかより、相手の様子からWANTをくみ取って勝手に先回りして行動することが潜在意識に刷り込まれているのです。抜歯後の痛みをガンガン感じながら、とにかくなんだかよくわからない圧も、港区おじさん先生のテンションの高さも手に取るように感じるしで、話をぶった切らないように気を使いながら、そんな連絡先まで教えていただいてありがとうございますと感謝を表明しつつ、どんどん激しくなる愛想笑いで病院をすり足（剣道未経験）で後にしました。