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第二十一回:新しい値付けへ向けて

前々回で「セルパブではほとんど参考になりません」とばっさりと書いたのには、もちろん理由があります。セルフパブリッシャーに勇気を持ってもらいたかったのです。

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前回鷹野さんは、以下のように書かれました。

小説ならどうか? こちらももちろん、同ジャンルの商業出版の値付けを意識せざるを得ません。たとえばライトノベルなら、商業出版で一定以上の品質である(はず)の文庫本が、600円~700円くらいで売られているわけです。同じようなボリューム——ざっくり10万字前後の本を、それより高い値段にするのは勇気が要ります
※強調は筆者による。

ここで勇気という言葉をチョイスされた鷹野さんはさすがです。

値段設定はパブリッシャーの裁量ですから、どんな値段でもつけられます。しかし、既存の本の価格をまったく無視できるかというとそうではないでしょう。メタファーとはいえ「同じ棚」に並ぶのですから、どうしても意識してしまいます。

そもそも自分がつくった本に値段をつけて売ることすら勇気が必要です。ましてや、既存の本より高い値段にするなんて……。これは並大抵のことではありません。

それでも私は、良い意味で「そんなのカンケーネー」と開き直って欲しいと願います。売れないかもしない、高すぎると怒られるかもしれない、そういう恐怖を乗り越えて値付けして欲しいと願います。

でないと、低価格沼にはまり続けることになります。

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商業出版の本作りに比べれば、セルフパブリッシングはコストがかかりません。その分価格は下げられるでしょう。

しかし、その本がニッチな路線を狙う本ならば、期待できる販売数も大きくなりません。商業出版はコストがかかりながらも、それを数千部、数万部という単位で売り込めるからこそ、一冊あたりに求める利幅を小さくできます。ニッチな本ではそれが難しいのです。

結局、低コストと低販売数は相殺し、ほとんど同じになるか、あるいはセルフパブリッシングの方が高くなることすらあるでしょう。これでは著者はまともな金額を手にできません。

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ある種の行為を、健全に継続していくためにはそれに見合ったお金が必要です。誰しも霞を食べて生きているわけではありませんし、資料集めや調査の実施、集中して執筆する環境を得るためにも資金は必要です。

低価格かつ低販売数、つまり薄利小売が当たり前になってしまえば、その行為は趣味の域を出なくなります。もちろん、趣味の出版が悪いと言っているわけではありません。そうしたものが本の文化を豊かにしていくことは間違いないでしょう。

しかし、その豊かさをもう一歩広げるためには、きちんと「稼げる」環境を作ることも必要です。そして、その環境には、「商業出版より少し高いけど、それでも買う人がいる」ことが必要ではないかと私は考えます。

そのために、──多少躊躇しながらでも──他の本よりも高い値段をつけられる勇気を持って欲しいと願います。業界の習慣的なものにとらわれず、自分の意思を乗せた値付けをして欲しいと願います。

そのような、若干(あるいはかなり)暑苦しい思いがあの記事の裏側にはありました。

もちろん、最初から強気で高値をつければうまくいく、と言いたいわけではありません。認知を獲得するために、無料、あるいは他に揃えた値段設定をすることはやはり必要でしょう。

しかしそれは、一つの段階的な施策でしかありません。最終的には、自分の本に、自分なりの値段をつけられるようになりたいものです。

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とは言え、2018年の日本に「商業出版よりも少し高いけど買う」という市場はほとんど存在していないでしょう。でも、だからといってそちらに寄せて満足しているだけでは、新しい市場は生み出せません。

大げさなことを言えば、私たちの値付け一つひとつが、これからの市場の「当たり前」を作っていくのだ、と考えたいと思います。

開拓者にとって、前例は単に乗り越えるべきものです。その高さはしっかり認識した上で、それ以上のジャンプを行う。無視するわけでもなく、かといってそれに合わせるわけでもない。そういう姿勢のセルフパブリッシャーが増えれば、値段の構造もまた変化していくのではないでしょうか。そんな風に思います。

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鷹野さんは、前回の記事で以下のように書かれました。

私の答えは、類書や同ジャンルの価格を意識しつつ、最初はあまり安すぎない価格で市場へ投入、あとは折を見てセールを打つなど情勢を見ながら調整していく、です。定価なんてないんだし、「顧客の視点」に沿って自由に変えちゃえばいいと思うのです。ホールセールモデルで契約しているなら、価格調整は電子書店側に任せてしまう、というのも手でしょう。

「定価なんてない」という言葉の意味は、思っている以上に重いものです。これからの出版では、「他もまあ、これくらいだから、この値段にしておけばだいたいOKだろう」というような安易な値付けはできなくなります。

セールが盛んに行われ、一度設定された値段も自由に動き、さまざまな背景を持った値段設定が行われるようになるはずです。

電子書籍ではありませんが、2018年2月に佐々木大輔さんの『僕らのネクロマンシー』が発売になりました。一回の販売数が限定されており、回を重ねるごとに値段が上がっていくという異例の値段設定です。この原稿を書いている段階では、第六回分が販売されており、その価格は9,180円となっています。

もちろんこれがロールモデルの一つになるかどうかはわかりません。それでも、今後こうしたさまざまな「実験」が行われるようになるでしょう。その結果、本と価格を巡る、私たちの「常識」は大きな変容を迫られるのではないかと予測します。

だからこそ、既存の仕組みには目を配りつつも、自分にとって適切な価格をつけ、それが売れるようにすることを、早い段階から意識しておきたいところです。

新しい市場を作ること。それもまたマーケティングの大切で重要な仕事です。

といったところで、鷹野さんにバトンを渡しましょう。さて、次はどこに向かって進んでいくのでしょうね。今から楽しみです。

鷹野さんの原稿に続く)

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