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【ちょっと上まで…】〈第三部〉「船」

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〈第三部〉

〈バイトアルト〉~囚われの宇宙人

 成層圏を越えて……。
 地表にずっしりと積もり、重く滞っている深い大気層の圏界面を抜け、アタシ達が乗るロケット〈キウンカムイ〉は海面から飛び出すトビウオのように真空中に躍り上がった。
 圏界面上を滑る亜軌道船(エクラノプラン)、〈バイトアルト〉へ飛び乗るために……。

 ◇

「……んで、飛び乗ったまでは良いんだけどさ、この状況、なんなの?」
 はるばる飛んできて、巨大な〈バイトアルト〉の背面甲板にたどり着いたと思ったら、ロケットごと謎の樹脂に取り込まれて、ずぶずぶと沈み込んでしまった。機の運航と安全責任を負っているキャプテン兼パイロットのアタシとしてはめちゃくちゃに忸怩(じくじ)たる思いってやつだ。
 嫌になっちゃうのは機の状態ばかりではない。とにかくロケットを噴射(フカ)して脱出を図ろうとしたら、密航者のクセにナマイキなショーゴの奴に、
「リリクったら! 高度な科学なんだよ! 信用しなよ!」なんて言われて押しとどめられたのだ。
「科学ったら戦争の素でしょうが! 信用できっか!」とアタシ。
 ちえっ、ショーゴの奴。背ばっかり高くて、そのうえ頭も良くて生意気なひょろ眼鏡め!
 腕をおさえる奴を振り払って狭いコクピットでくんずほぐれつ押しあいへしあい。とは言っても、アイツはひ弱なんでかなり手加減したけどね。ヘルメットにゲンコツかましても手が痛くなるだけだし。
 とまあそんなこんなな中、突然ビーってブザーの音がしたと思ったら、続けて舌足らずな甲高い声がスピーカーから聞こえてきた。

『ジュウテン中なのです。すこし待つのです』

 は? 充てん中?
「誰っ?」
 と聞き返しても返事はない。
 実を言うと、さっきからちょっぴり不安に思っていたのだ。
「……勝手にロケットを誘導したり、こんなところに閉じ込めたりさ……。やっぱここにいるの、宇宙人なのかな?」
 エイリアンに乗っ取られた〈バイトアルト〉におびき出されたんだわアタシ達。
 光る提灯をぶら下げて餌の小魚をおびき寄せるという深海魚の話を聞いたことがある。あれに似てるわ。
「まさか。なに馬鹿な事を言ってんだよ」
 半分ぐらいは本気で言ったのにショーゴの奴は取り合ってくれない。
「きっとスマートボム・インシデントの前のロストテクノロジーだよ、すごいよ!」
 ショーゴは数学とか科学とか、とにかく「ガク」が後ろに付いてる言葉に目がないのだ。そう言う手合いはなんでも信用してしまって、インシデント前の技術とか出てきたら良い悪い関係なく知りたがっちゃう。
 アタシの事が心配だなんて言ってたくせに。結局それを知りたくて乗ってきたんだわ、コイツ。さっきまでちょっとは頼りになるかなって思ったのに。やっぱ、ここはこっちがしっかりしなくっちゃね……。
 思い切って、謎の声が聞こえたスピーカーに向かって声を上げる。
「あの! アタシはタイキ村のリリク。タケオ・カミヤマの娘です。タケオの代理できました。父は前回こちらに伺ったまま行方不明なんです、父は無事こちらへつけたんでしょうか? 教えて下さい!」
「……」スピーカーは無言。やっぱり反応はない。
「えーと、あの、これ……」ショーゴが仕方ないなあって感じに繋がっていない通話プラグを示す。

 むぎゃ。

 またやっちゃった。恥っずかしい。プラグを差し込まないと声は外に送れないんだわ。
 ちょっぴり赤面しながら、無言でカールコードを手繰り寄せる。さっきシートベルトを外した時に一緒にプラグも外しちゃったのだ。
「やっぱりリリクは親父さん探しにきたんだね」
 うわー、あんまり指摘されたくなかったなー。でもキャプテンは動揺しないものなのだ。顔の温度を気にしつつ、なるべく平静な声になるよう注意して答える。
「い、言ってなかったっけ? 親父が死んだなんて絶対ウソなんだから。どっかでピンピンしてるんだからきっと」
 あらためて問いかけてみようとプラグを挿し、今度こそと大きく息を吸った時にまたブザーが鳴った。
 ほんとタイミングの悪い宇宙人だわ。

『キアツドウキ・カンリョウ。ハッチオープン許可ナノデス』

「……?」
「……」
 無言でショーゴと視線を交わし合う。
「今の……、気圧同期って事よね? 外にも空気あるって意味?」
「そうか! 〈キウンカムイ〉ごと取り込んだわけがわかったぞ! これ、搭乗橋! ボーディングブリッジの代わりなんだ! この樹脂プールは大きなエアロックなんだよ」
 ショーゴは嬉しそうにハッチを開けようとする。
「ダメ! まだアタシ許可出してないわよ!」
 キャプテンが許可しないと気密ハッチは絶対あけてはいけない。あたり前でしょ!
 〈キウンカムイ〉にはエアロックは付いていない。真空中で船外活動が必要な時にはハッチの外にエアバルーンを膨らまして、その中に移動してからハッチを閉めてキャビン内の空気を守らなきゃいけない。
 教本の最初にがっつり書いてあったでしょうに。そんな初歩的な事忘れるなんてありえない!
「でもさ、外は気密確保されてるって言うし。いつかは開ける事になるんじゃないの? そもそも僕ら配達にきたわけなんだしさ」
「うーん」
 まあ、そりゃそうなんだけど。
「あっちが言ってた通り外気圧も船内と同期できてるよ」と言って内外気圧計を指さすショーゴ。
 まったく、そんな事ばっかり手際が良いんだから。
「むー、しょうがないわね。でも、ハッチ開ける前にヘルメットを気密する事。吸っていい空気かどうかかわかんないんだから」
「宇宙人なわけないって。相手を疑いすぎだよ……」

 ◇

 向かい合ってヘルメットの気密をお互いに確認。今度は二人の間をコードで結んで、「聞こえる?」「だいじょぶ」ってやり取りをする。これで最悪キャビンの空気が抜けても大丈夫。
「じゃ、行くよ」
「うん」
 アタシはゴクリとつばを飲み込み。ハッチに付いているリリースハンドルをぐるぐる回して、オムスビ形のハッチを外側に押し出す。
 てっきり空気が抜けだすかと思ったけれど、謎の声の言う通り気圧が調整されていたようでそれはなく、蝶番のないハッチはそのまま外れて、低重力でゆっくり落ちていき、ふわっすとんって感じで音もなく赤茶けた半透明の樹脂の上に横たわった。
 おっかなびっくり身体を出したアタシは、落ちたハッチの上に降り立ってみる。ついて出てきたショーゴはさっそく周りの樹脂をつついてみてる。
「どうなってるんだろ、ロケットが潜ってきたから柔らかいのかと思ったら、結構硬いねこれ」
 〈キウンカムイ〉の外壁にぴったりと張り付いた錆色の半透明の樹脂。アタシもきっとねばねばしているのかと思った。ショーゴの様子を見るに表面は意外に硬いよう。
 今出てきた〈キウンカムイ〉のハッチからトンネル状に空間が続いて、奥には黄色いライトが見える。どうやらあっちが〈バイトアルト〉船内への入り口ね。
「瞬間的に硬化したのかな、どうやったんだろ」
 振り向くとショーゴは〈キウンカムイ〉と樹脂のくっついてる境目を観察している。
 まったくのん気なんだから。未知の環境にドキドキしてるアタシが馬鹿みたいじゃない。
「もう! なにやってんの! 先行くよ!」
 アタシはそんなショーゴを蹴っ飛ばして、その反動でライトの方へ向かう。(完全なゼロGではないけれど、地上よりはだいぶ身体がかるいのだ)
「ちょっ!」
 蹴られた奴が叫ぶ。アタシは良い気分でトンネルの中を飛んでい──こうとしたら、脇に取り付けられていたオーディオのコードがピンと張って、せっかくの運動量が取り消されてしまう。同じ勢いで飛んで戻り、くるんと回ってヘルメット同士がごっつんこ。
「なにすんのよっ!」
「やったのリリクだろ! もう!」
 さっき蹴飛ばしたばかりのショーゴに今度はしがみついて、さかさまになった視界をなんとかもどし、壁と奴をつかって立ち上がる。
「むー、こう広いと身体が浮くってのも便利なだけじゃないわね。癪だけど、ちょっと手かしなさい」
「はいはい」
 しょうがないなー。なんて言うショーゴをちょっと睨みつける。キャプテンを何だと思ってるのかねコイツは。
 二人で手を取り合って、トンネル通路をよたよたと進む。
「やっぱり四本の足がある方が安定するわ」
「そりゃそうだけどね」

 これではなかなか体勢を保つのが難しい。みっともないけどほとんど抱き合うような恰好でよろめきつつ、〈バイトアルト〉側の大型ドアのような壁にまでたどり着く。ノブも取っ手もないしどうやって開けるのかしら? って思っていたら、勝手にスライドして開いていく。
「自動ドアだ、すごい!」なんてショーゴはまた喜んでる。
 扉の向こうに誰かがいるかも知れない。
 こんな格好じゃ威厳もなにもないじゃない。慌てて奴から離れて自分の足で立とうとがんばる。しゃっきり立とうと膝に力を入れると飛び上がっちゃうのだ。浮いてしまったらワンテンポ遅れて降りてくるまでいくら足を踏ん張っても足は宙を踊るだけでダメ。漫画みたいに足だけばたばたしちゃう。
 低重力で堂々としているのって思ったより難しい。簡単だと思うならやってみてって感じ。
 空中で後ろを向いてしまってあせってるアタシの前(て言うか後ろ)で音もなくするすると開くドア。
 ショーゴにつかまりなんとか向きをまた変えるまでアタシはそいつの姿を見れていなかった。
 苦労してショーゴの指さす方を振り向くと、そこ、ドアの先には、壁の突起に後ろ足で捕まっている毛深い──やっぱり宇宙人がいた!!
 昔の本で見た事がある、大きな二人のコートの男に挟まれ、両手を持ち上げて捕まっている宇宙人の白黒写真。あれそのままの小柄な姿。たしかあの本もショーゴが見せてくれたんじゃなかったっけ?
「やっぱ宇宙人だ!」
「え?」
 アタシとショーゴが同時に叫ぶ。
「違うよ、よく見て、サルだよ、サル」
 あれ? そう言われてよく見ると確かに長いしっぽもある。
 そのしっぽを壁の手すりのようなものに巻き付け、片方の足で器用に身体を押さえ、こっちに向かって敬礼している。
「……! ……!」
 なにか叫んでるみたいだけど聞こえない。
「は? なに言ってるの?」
 ヘルメットに備え付けられているイヤホンからプシュってかすかな音。
「え?」
「うん、大丈夫。息吸える、空気あるよ、ここ」
 ショーゴの奴は勝手にヘルメットのバイザーを開けてしまったらしい。このバカ、毒ガスでもあったらどうするのよ!
「ちょっとなに考えてるの! 酸素があるかもわかんないのに!」
「酸素なかったらサルだって生きてないだろ。なにか言ってるみたいだからこうしないと聞こえないよ」
 うぐぬぬ。そういえば確かに。
「むー、でもサルの言葉なんてわからないでしょ」
 と抗弁していると、奴の口元のマイクを通してキーキー声が聞こえてきた。

『あれれれ? 隊長は体長ちいさいですね! そして二つも! 隊長割れましたか!』

 これ、サルがしゃべってるの!?
 なんて事! このおサル、言葉話せるんだ? やっぱ言ってる事は良くわかんないけど。

『小さい二つの隊長の体長! ダブル意味ニング! 賢いリルは冗談もつかえるのです! ココココ! 笑うところでしょ! アハハ! なのです! むつかしかったですかそーりー?』

 サルに向き直ったアタシ。あきらめてバイザーを開けて、こちらから問い返す。
「いや、隊長って意味わかんないんだけど? あなたは誰なの?」
 サルはその場でふわりと宙返り。
「やだなー、隊長、自分は二代目エテ公のリルです! リルリルって呼んでね! なのです!」
「二代目って?」
「先代は森守(モリモリ)なりました。リルはその子供なのです! 隊長の事はカミヤマのダンナサマに聞いてますです!」
 カミヤマ? オヤジの事? モリモリだかなんだかも意味わかんないけど、
「エテ公さん? 教えて、前にここにきたタケオ・カミヤマの事知ってるの?」
「リルリルって呼んでね。なのです!」
「えーっと? もぅ! しょうがないわね! じゃあ、リルリル! タケオの事知ってるの? って聞いてるのよ!」
「ムロンモチロン存じ上げるです。世界一番オイラ宇宙のパイロット。いつも本船へ物資を届けるダンナサマ。なのです」
 まったくもう! 世界一ってここでもおサル相手に自慢してたのかバカ親父。ちょっぴり誇らしかったりもするけど、そんな事よりずっとこっ恥ずかしいわ!
「そ、そうそう! その人がアタシの父さんなの! 世界一かどうかはアレだけどね」
「父さんデスか、たいちょーの父さんはタケオダンナサマ! 世界一かどうかはアレ。リル覚えた! 上書きした!」
「……。ええっと、そのタケオは今、どうしてるか知ってる? 前にここに来たあと行方不明なのよ」
「なぜに行方不明だか、です。まずはブリッジへおいでください。なのです。 貨物の受領もそちらで願い出るが良い、なのです」
「ブリッジってどこ!?」
「この通路をすすんだ先の突き当たりになりますぞ。ハッチ閉鎖あとご案内いたす。なのです」
 そんなん待ってらんないわ。
 サルが話し終える前にアタシはもう動き出していた。
 もう音声ケーブルはいらない、脇からジャックを引き抜いてショーゴの方に放り、通路の手すりをぐいと引っ張り反動を付け、その勢いで通路の奥の方へ身体を送り出す。
 確かにこんな低重力下では脚ふんばれないし、おサルみたいに手もつかった方が移動便利ね。

 ようやくコツをつかんだ、かな?
 壁と天井、床とを交互に蹴ったりつかんだりしてジグザグに跳ねながら進めばいいんだ。
 木々の間を跳ねて渡るおサルの気分を味わいつつブリッジの方へ向かう。
 くるんと身体の向きが変わった時に残してきたショーゴと目があった。あのおサルと話してるみたいだ。甲高いサルの声も聞こえる。

「ずいぶん変わった走り方をする隊長です」
「まあちょっとね、ああ見えてあわてんぼうなんだ……」

 ったく、ショーゴめ、後で覚えてなさい!

再会


 スピードの乗ったアタシは、突き当りのドアにびたんと張り付き急停止。

「ここがブリッジってやつね……」
 ここにいる人に聞いたら、親父の消息がわかるんだ!
 あせるなあせるな。と深呼吸してヘルメットを外す。
 すると、プシュっと音がして勝手にブリッジのドアが開きだした。
 あ、え? また自動ドアってやつ?
 まって、まだ心の準備途中なのに。
 うわ開いちゃった!
 ええい、ままよ!
「まいどっ! カミヤマ運送です!」
 初対面の印象は大事。まずは元気良く挨拶をして、と。
 ブリッジに踏み込むアタシ。
 代替わりしたって言ってココの人に親父の事聞きださないとね。
 目の前は、まるで昔の映画のような風景だった。前方には大きな窓が天井まで広がり、天には星の海。下方は弧を描く真っ青な地球。
 すっきりとした白い床と壁はスムーズにつながっていて境目が見えない。ひろい部屋の中央にU字型の制御卓らしきものがあり、その脇には目を丸くした親父がこっちを向いて立って……!?

 えっ!?

「親父っ!?」
「うお? なんだ、リリクか?」

 アタシはヘルメットをほうり出し、ぐっと畳んだ両足を自動で閉まり始めたドアに押し付けて、膝にためたバネを一気に開放。まっすぐオヤジの方へ飛んでいく……。硬く拳を握りしめて……。

 ◇

 遅れてやってきたショーゴの肩にリルがしがみついて、ブリッジの扉をくぐってきた。
 そのすぐ脇の壁へ、ぶっとい腕でぶん投げられたアタシは広いブリッジの床面をカーリングのストーンのような勢いで滑って激突。
 いきなり仲良くなってるおサルとショーゴにちょっとムッとするけど、いま二人(?)の相手なんてしてられない、ただ今絶賛親娘喧嘩中なのだ。
 すかさずまた両足蹴りを壁に繰り出して、飛んで戻って父の腹に頭突きを入れ、乱闘に持ち込もうとする。

「こっのクソ親父! 死んだと思ったのになんで生きてんだ! 死ね! 今すぐ死ね!」
「なに言ってんだこのガキゃあ、そこにおとなしく座れコラ!」

 残念ながら体格も力もオヤジの方が上、それに奴の足は宙に浮いてない。磁力靴? ずるい。踏ん張れないアタシは圧倒的に不利だ。でも殴らずにはいられない。
 腕を絡めて宙返り、地上じゃムリだけどここなら。足でオヤジの腕を払って飛び上がりパンチを繰り出す。ダメ、空振り。くそっ! やりたくないのに宙でくるくるまわっちゃう。

「バーカ、頭に血のぼらせやがって。ここで冷静さを失ったら終わりだってセンセイに習わなかったのか」
 アタシはなんとかオヤジに組み付き、殴ろうとするものの逆に背中をつかまれて持ち上げられてしまう。足をどう振っても奴にも床にもとどかない、手も足も出ないってやつ!? 悔しすぎるッ!

「親父さん、やっぱり生きてたんだね」とショーゴ。
「変わった親娘の対面をされるです」とリル。
「そうだな、うーん、これはえーと、愛情の裏返しと言うか、照れ隠しって言うか……」
 引っ込み思案の癖になにおサルと仲良くなってんのよ!
 この事態に冷静でいられるショーゴも小憎らしい。
「おサルに解説なんてしなくていい! もう! なんなの、クソ親父、こんだけ心配したって言うのにのうのうとぴんぴんしてやがって、めっちゃ許せない!」
「知るか! お前らこそこんなトコまで来やがって、おとなしく下で待ってりゃいいんだ! だいたいイシヅカはなにやってんだ、あいつが上ってくる手はずだったんだぞ!」
「そのセンセイに言われて僕たち上がって来たんですよ」と冷静なショーゴ。
 一瞬ぽかんとしたオヤジは、
「なにぃ? 奴の差し金だってのか! ったく楽しやがって」と、また別の方向に怒り出したようだ。

 そんなアタシ達の言い争いに、
「……。あなた、落ち着いて」と、もう一人の落ち着いた、聞いた事のない女性の声が割り込んでくる。
「そろそろ教える必要があると、ゴウさん、いえ……。イシヅカさんも考えたんじゃないかしら?」

 誰? センセイの名前を知ってる女性(ひと)?
 U字型のテーブルの奥、壁に収まった女性像のほうから声が聞こえる。
 昔の船の船首に取り付けられていたと言う、航海の安全を願う女神像、フィギュアヘッド。この船はそれがブリッジの柱に飾られているようだ。

「よくきてくれたわ。とっても会いたかった。こんなに元気で大きくなって……」

「え……? すいません、あの、どなた……、ですか?」

 親父とショーゴ、それにリルリル以外に誰の姿も見えない。像の後ろにでも隠れているのかしら? きょろきょろするアタシ。

「こんな姿ではわからないのも無理はないわね。私です。セイコ・カミヤマ。あなたの母ですよ」

「え……、えええええっ!!??」

 こんな姿って女神像さん? それがアタシの母さんって?

「なななななんでっ!」

 慌てるアタシにショーゴは嬉しそう。

「へえ、リリク、君のお母さんロボットだったの? すっごい!」

「そんなわけあるかー!」
 ったくバカショーゴ!
 親父も親父だわ。
「一体どういう事よ!
 コラくそオヤジ! 母さん死んじゃったからってロボットとこんなところで浮気してたのか!」
 なんとか蹴りを入れようと身体をひねる。結局ヒットせず空振り。と同時に、
「ちゃうわ!」とクソ親父が否定する。
 そして、ブリッジをゆるがすいきなりの大音声(だいおんじょう)で、
「おだまりなさい!」
 母と名乗るロボットから一喝された。
 これにアタシはおもわずビクっ! っとして固まってしまった。
 ロボットはトーンを抑えて、こんどはゆっくりとした声で
「私は、正真正銘、あなたの母。あなたは私がお腹を痛めて生んだ娘です。ちょうど戦争が激化した時でした。覚えてないでしょうけれどね」と言ってくる。
「覚えて……ない……?」
「そらそうだ、まだ赤ん坊だったしな」と親父。
「全然わけわかんない……。それじゃ、ほんとに?」
「本当です」
「……」
 どういう事……?
「うそ……。なにそれ……」
 さっきまで親父に対して激怒していたのに、今度は突然実の母を名乗るロボットまで現れて……。
「わけわかんない……、なによそれ……」

 生まれた時からずっとアタシの親はあのクソ親父だけだった。母さんなんて、どんなにほしくても最初から居ない人で、もうとっくに期待する事も想像する事もあきらめたんだ。
 村の肝っ玉母さん達、アタシにもこんなお母さんがいたらいいなって憧れていた、優しく逞しい母親達の顔が次々と頭に浮かんでくる。悪ガキ達と喧嘩していると、まあまあと言ってなだめてくれたミカおばさん、ぜんぜん上達しないアタシに辛抱強く編み物や繕い物をおしえてくれたヨシエさん。お料理にお洗濯ならヨーコさん。お花の事ならミチおばさん……。厳しい環境の村の生活をそれなりに楽しく過ごす、生活の知恵の固まりみたいな元気なお母さん達。皆アタシ達子供をかわいがってくれていた。でも、やっぱり本当のお母さんじゃない。
 最後の最後はその家の子供が一番大切。そんな事わかってる。でも、でも悔しかった。
 アタシの身内はあのクソ親父に無口のばっちゃんだけ……。それが、絶対に変えることができない事実で現実、だったのだ。

 それが、なに? ロボット? アタシのお母さんは人間じゃないの?
 そんなのってないよ! ずっとお母さんなんていないって言われて、ずっとずっとガマンしてきたのに! なんなの!? 
 アタシの中の怒りが大混乱になって、そしてまた怒りが持ち上がってくる。
「じゃ、アタシは何? ロボットの娘なの? 人間じゃないの?」
「いやいや、人間だ、何言ってんだ。お母さんだって人間だぞ」とクソ親父。
「ロボじゃん! もうどういう事なのこれ! わけわかんないよ!!」
 ふと握る力を弱めた親父の腕から抜け出し、床を蹴ってドアに走り出す。
 親無し子同士、姉弟みたいに一緒にそだって、いつもそばにいてくれたショーゴの視線が今はちょっと辛い。

「お、おい! リリク!」と親父。

 ドアが開くのももどかしく、開く途中のドアをすり抜けまた通路へ走り出すアタシ。
 とにかくここから逃げ出したい。でもどこへ?

 背後から、
「きっと、気持ちの整理がつかないんだと思いますよ。親父さんもお母さんさんも……、なんか事情あるんでしょうけど! 親無し子の気持ちをちょっとは考えてあげてください……。あ、リリク、リリク! まってくれよ!」
 と制止するショーゴの声。
 ありがとう。だけど、今は止まれない。
 あてもなく、壁をつかんで離す。見知らぬ通路を漂うアタシ。

逃げ出したあと

 どこをどう通ったのかよく覚えていない。

 いつしか、展望室を兼ねたラウンジのベンチシートに、アタシとショーゴは並んで窓の外をながめていた。
 眼下には、円弧状に深いブルーの大海がひろがり、地球は水の星なんだと思い知らされる。陸なんてほんのすこしだ。そろそろ昼の側から夜の側へ景色が変わる。お日様がこの惑星の影にかくれて真っ暗になったら、地上にはどのぐらいの光が灯るのだろう。

「リリク、すこしは落ち着いた?」
「……うん、ごめんね。取り乱しちゃって。でも、ほんとわけわかんない」
 そう言ってアタシは首をふる。
「ねえ、教えて、ロボットが人間の子供産めるの? なんでも知ってるショーゴならわかるんじゃないの?」
「なんでもは知らないってば。でも、さすがに普通のロボじゃあ産めないと思うなあ。親父さんも二人とも人間だって言ってたじゃない。なんか事情があるんだよきっと」
「事情って何よ……」
「さあ。わかんないけど……」

 立ち上がり、窓ガラスに身体を映してみる。
 与圧服着てるから今はちゃんとは見えないけど……、そりゃそんなにプロポーションにも自信ないけど、ぶくぶくに太ってるわけじゃない健康な身体のはず。ちっちゃなころから育ってきた経験も思い出もちゃんとこの身の内にある。
 この身体、どう見ても人間、よね。たぶん。

「アタシさ……」
「何?」

 もっかい奴の隣に座る。
「うんと……。ショーゴにこんな事言うと悪いなって思ってずっと言えなかったんだけどさ」
「なんだよ?」
「うん、言っても仕方ない事だけど、うち、親が半分居ないじゃない? いや、えっと、居ないはずだったじゃない?」
「うん、それで?」
「それで、その分、甘えてらんないって思って、早く大人になりたかったんだ……。 甘えられる親が半分しかいないんだから残り半分は自分で頑張ろうって」
「それでいつも強気なリリクだったんだ」
「そう、なんだけどね。でも、そんな事言ったらショーゴなんて両方居ないじゃない。すごいなって思ってたよ」
「何言ってんだよ。僕なんてへなちょこだってリリクよく言ってたじゃないか」
「そんなの口だけだよ……」
 強がってただけ。
 心の中でつぶやいて、彼の肩に頭をあずける。
 あーあ、とうとうこんな情けないこと言っちゃった。でも、今だけ、ちょっとだけ頼らせて……。
「やだな。アタシ。子供じゃいられないって思って、はやく大人になろうって頑張ってたのに。やっぱ子供だった」
「僕だってそうさ、ずっとリリクに頼りっぱなしだったし……」
 そう言ってショーゴはアタシの肩に手を回してきて、小声で打ち明けるように言う。
「ほんとはね」
「ん?」
「この旅が終わったらさ、リリクに……」
「な、なによ」

 や、やば、この流れってアレ?
 うわ、まずい。つい安心して弱いとこ見せすぎちゃったか。
 落ち着きかけた気持ちがざわつく、単独飛行で初めてペラ子が乱気流に飛び込んでしまった時のよう、またもや突風が、今度は不思議と温かい風が心に吹きつけてくる。
 ほんとにもう、〈バイトアルト〉に着いてからアタシの心の中は、外側の乱気流に翻弄されてめちゃくちゃだ。不安だったり心配だったり……、そして……。
 こんな時に、やさしいこと言われても困るよ……。
 猛烈に心拍数がはね上がる。お、落ち着けアタシ。

「なに、なんなの?」
 言いたい事あるなら早く言いなさいよ。
 ドキドキが収まんない。畜生しずまれマイ・ハート。
 呼吸もできない。息を止めて窒息しそうになりながら、もういっそ早くこの時間が終わって頂戴と待っていると、彼はしばらく黙ってから、

「あ、ううん、なんでもない」なんて言って肩をすくめ、首を振った。

 え、なに? なんなのよ!? (期待させといて!)

「……。君には家族がいたんだ。良かったじゃないか」

 なにかを振り払うように首を振って急に明るく言うショーゴを見てはっとする。

「へっ?」

 さっきまで沸騰していた気持ちが急に冷え、体温も一気に下がる。

 そうだ、アタシってバカ、すぐ忘れるんだから。ショーゴにはそもそも家族が居ないのだ。たった今自分でそう言ってたのに、その気持ちを忘れちゃって……。

「あ……。そっか。ごめん。ほんとごめん! アタシったら自分の事ばっかりで……。」

 勘違いしてた。恥ずかしい。ショーゴに手を合わせ真剣に謝る。
 きっと外からみたらアタシ顔赤くしたり青くしたりしてすごい変な奴っぽい。これまた恥ずかしい。全身冷や汗だ。また逃げ出したくなっちゃう。

「あ、ちがうよ、こっちこそごめん、そんな事を言いたかったんじゃないんだ。本当に、君の親父さんとお母さんが生きてて、良かったと思ってるよ。
 羨ましいとかじゃなくて、リリクが幸せで本当に良かったと思うんだ」

 違うの? じゃ、なにが言いたかったの?
「ショーゴ……?」
 やっぱりよくわかんない。

 そんな、自分の事で頭がいっぱいになっているアタシ達の後ろから、ガツ、ガツ、といった硬質な音、磁力靴の足音だ。が響いてきた。

「ガキども、ここにいたのか」と野太い声。

「なによ、クソ親父」

 もう、こんな気持ちになるぐらいなら、やっぱりセンセイにロケット押し付けてクソ親父なんて探しに来なければ良かったわ。

「ふん、その親のクソ娘がなに言ってやがる。ちょっとはな、大人の事情ってやつを教えとこうと思ってきてやったぞ」
「聞きたくないわそんなの」
「いいから聞け。母さんの事だ」
「母さんの……」
「そしてお前の事だ……。
 お前は、この船で生まれたんだ」
 そう言って親父はいったん言葉を切る。

「そして、母さんはお前を産んで、二度と地上に降りられない身体になったんだ……」

〈つづく〉

―――

第四部はこちら

ここから先は

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