「死」を超える最悪を考える 『「最強!」のニーチェ入門
先日のnoteでは
こんなことを書きました。
「いい」と言われていたもの…
自分でも「いい」と思い込んでいたものに
本当は意味がない…と分かってしまうと
虚しくなってしまうこともあるでしょう。
人生に意味はない
と気力を無くしてしまった状態です。
この状態を虚無主義、ニヒリズムと言います。
ニヒリズムに陥り
日々、とりあえず忙しく働いてお金を稼ぎ、
空いた時間はヒマつぶしをして生きる人間を
「末人」(まつじん)と
ニーチェは呼びます。
実は、自分が今まで「いい」と信じていたものは
外から押し付けられただけのものでしかありません。
これに気づくということは
「縛られる必要が無い」という救いを得られる
一方で、「目指すべきものがない」という
虚しさを引き起こします。
この虚しさにとらわれ
人生をヒマつぶしのように生きる人間を
最後の人間…「末人」と呼びます。
ニーチェは、この末人にだけは
なってはいけないと言うわけです。
今日は、その「末人」を
超えるための第一歩の話です。
こちらの本から紹介します。
…
ニーチェはまず、
全ての価値観が崩壊してしまうような
最悪ケースを想定することにしました。
そして、その「最悪ケース」においても
前向きに生きていける方法を考えよう
という順番で考えを進めた
ということです。
今日はその「最悪ケース」の話をします。
…
永劫回帰
ニーチェの考えた最悪ケースというのが
「永劫回帰」です。
ひと言でいえば
世界は永久に同じことを繰り返し続ける
ということです。
これを本書ではわかりやすく
ビリヤード台のイメージで
紹介してくれています。
Kindle位置No.1056
もし、ビリヤード台に穴が無く
球が動き続けるとしたら
ずーっと…長い時間動く中で
「全く同じ球の配置になる瞬間」が
訪れるはずです。
このときの
ビリヤード台 を 宇宙
球 を 原子
と置き換えて考えると
私たちの世界は
宇宙の中で、原子が衝突しながら動き続けている
わけですから
ビリヤード台上の球と同じく
ずーっと長く時間の中では、全く同じ配置になる瞬間が訪れる
つまり、世界は永久に同じことを繰り返し続ける
ということになるわけです。
…
永劫回帰ってホントなの?
ハッキリ言ってしまえば、ウソです。
ビリヤードの台と宇宙は違いますし
球と原子も違います。
ですが、本当かウソかは
ココでは重要ではありません。
あくまでも
「最悪の状態」として想定した
というだけのことです。
人は、いくら日々苦しんで頑張っても
また結局、全く同じことを繰り返すだけ
早く死のうが、遅く死のうが
また最初から、寸分たがわず同じように
その苦しみを繰り返すだけなんだ
…と、こんな状態を想定してみよう
ということです。
いくら苦しくても、同じことを繰り返す
死すら救済ではない、結局また同じように繰り返す
そんなこの世界で、どうしたら前向きに生きられるのか?
これを、ニーチェは考えようとした
ということです。
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