パンプキン_カフェ__1_

家事は男のフロンティアである

家事は男のフロンティア。未開の大地。

なぜ男なのにそんなに家事をやるのか、できるのか、という問いに対して、とりあえずこう答えることにしている。

「仕方ないじゃないですか、妻が怖いんです」

なんてことは口がさけても言えない。

「僕もやりたくてやってるんじゃないんです」

と答えたところで質問してくる職場の女性陣達(50代既婚)が満足するわけもない(同情はしてくれる)。

「趣味が多い男性は家事も趣味としてできると思いますよ。奥深いですから、家事は。」

「でも料理くらいでしょ、男の人が興味持つのって?」

「洗濯も、意外にいけますよ。生地と洗剤のベストマッチを探したり」

そんな風に答えると、主婦のみなさんはいい顔をしない。

「趣味って言われると、なんかお金かかりそう」

「家事ってそんな甘いものじゃない」

 こんな会話をオフィスで交わしながら、なんでも文句言うババァだな、ちったぁ黙れよ。趣味の人間は目の前のことを楽しむのに長けてる人種なんだ、お前らとは違うんだよお前らとは。いわば楽しむことのプロ。漫然と目の前のものを眺めてるあなた方とは日々接種してる情報量も処理量も桁違いなんですよ。見えてる世界が違うんです。住んでる世界が違うんです。だからあなたの夫殿がどういう人種か知らないが、きちんと趣味をもって人生楽しめるタイプなら家事もやってくれるよ、ちゃんと導いたら。まだ家事という広大な趣味のフロンティアに気づいてないだけ。気づいたら楽しめますよ、気づいたらね。けど定年になったらやることなくて急にそばを打ち出したり絵手紙書き出したりするような奴じゃ無理かもしれんね。座して死を待つのみ。

「趣味でもなんでも、やってくれさえすれば私たちも楽でいいわね」

 口々に文句を言いながらも、結局はそんなところに落ち着く。

「そうですね、今までがんばってきたんだから、楽したらいいんですよ。とりあえず料理からですかね、やっぱり。まずはカレーから」

「やっぱカレーかぁ」

 カレー、と聞いて、軽く微笑みながら、所詮男の料理なんてそんなもの、と彼女たちはプライドは満足する。会話は引き際が肝心で、ここでカレーの話を掘り下げていくことなんて、無論彼女たちはのぞんでいない。

「最初はルーを使いますけどだんだんとスパイスに目覚めますよね」

とか、

「粉ならとりあえずインディアンカレーパウダーからいくのが王道ですよね」

とか、

「あんまり本格的すぎると家族に受け入れられないんですよね、特に子供。辛いってわけじゃなくて、水っぽかったり、逆にドロドロだったり。粘度が難しい」

なんてことを言おうものなら、一部の料理大好き女子を除いて彼女らのカレーライフ、いや誤解を恐れず言うなら彼女らの後半生を否定することになるためオススメはしない。僕は妙齢の彼女たちとスパイスを使ったカレーについて語り合うのはやぶさかでないのだが、たぶんむこうから拒絶される。

「近所のスーパーで売ってなくても、今やネットでスパイスのキットが買えるんで、それでスパイスの特性を知って、次はこれを増やそうだとか配合をいろいろ試せるんですよ。ギャバンのが定番ですよね」

とか

「ところで唐辛子だってブレンドしてくれるところあるんですよ、知ってました?辛さの調節はもちろん山椒増やしたりだとか。今度浅草行くんで買ってきましょうか?」

なんて言葉で彼女たちの懐に飛び込みたい気持ちはやまやまだが、彼女らの心のパーソナルスペースに入ったが最後、冷たい刃で斬られるだろう。だからまぁ、そっちにはわざわざいかない。あなたがたの夫の愚痴に付き合ってあげる。愚痴のだしになってあげる。だから文句言わずに働いてください。こっちは忙しいんだからね。

 ご家庭のあるご婦人方が帰った後も仕事は山積。結局日付が変わるまでやるはめになり、つきあわされる若い女の子は鬱気味になり、別のフロアの男は躁状態、深夜に奇声を発しながらの楽しい職場だ。この時期土曜休むなんて夢のまた夢、日曜は家族と過ごしたい、子供と遊びたい、そんな思いを胸にいつもより3倍の速さで仕事を片付けやってきた日曜の朝。

「どうせ仕事かと思って母と子供たちと動物園に行くことにしましたよ。あなたあてにならないから。あっ、お休みなら晩御飯のカレー、お願いできますか。本格的なやつじゃなくて、食べやすいの。あの、ルーここにありますから。それと、いつものようにお風呂の掃除はお願いします。床の隅の方、赤カビが少しできるんで、しっかり歯ブラシでお願いしますね。最近ちょっと手抜きですよ」

 妻のお言葉を聞きながら、現実は非情だ、とつぶやき玉ねぎを刻む。

「帽子と水筒、忘れないようにな」

子供たちに声をかけながら、付け合わせのサラダのことを考える。幸せについても。彼女たちが出発する車の発信音を聞きながら、今日はコーヒー豆でも買いに行こうなんて少しだけテンションがあがる。我ながら単純だと思う。今日はテレビを見ないことにした。悲しいニュースを聞かないでおこう。そうやって、ナイスな方向へ進んでいくんだ。そう誓ってコーヒー豆屋の佐藤君のところにいくことにした。午前10時。

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