あの世マッチング

 最近どうにも視線を感じる。
 駅のホームで電車を待っている時も、コンビニのレジでコーヒーを買っている時も、会社で打ち合わせをしている時も、ジトッとした湿っぽい視線を感じるのだ。
 さらには視線だけでなく、身の回りに自分のものではない髪の毛まで落ちている。髪の毛の長さや細さからして女性のもののようだが、生憎ここ数年は女性に縁がなく、さっぱり身に覚えがない。
 ついにはガラスや鏡にぼんやりとした影のようなものまで映り込むようになって、私は御祓いをしてもらうことを決意した。

 出掛けたのは近所のお寺だった。
 特に霊験あらたかだとかそういう話は聞いたことはないが、近所では一番大きなお寺だし門構えも何となく威厳がある。
 御祓いのことはよく分からないが、小さい寺よりは歴史のありそうなところの方が効きそうではないだろうか。
 ネットで調べても胡散臭い情報しか出てこないし、他に判断材料もないのでひとまずここでお願いすることにした。

 境内に入るとお坊さんが一人で竹箒を掃いていた。歳は40代半ばといったところだろうか。
「あの……すいません」
「ええ、はい、どうかされましたか」
「こちらで、御祓いとかそういうのってお願いできますか」
「はぁ……御祓いですか……。私は霊が見えるだとかそういう特別な力はないんですが……、厄除けであればさせていただきますけれども、それでもよろしいですか?」
 お坊さんでもそういうものなのか……と、がっかりしたが、ここまで来て引き返すのも嫌だし、藁にもすがる思いでお願いすることにした。

 本堂へ向かう途中、妙なものが目についた。
 小さな小屋の中に絵馬のようなものが沢山掛かっているのだが、結婚式の服を着た男女の絵とその脇に名前が書いてある。
「あれは何です」
「ああ、あれは冥婚札といいまして、未婚で亡くなられた方がそのまま一人だと可哀想ちゅうことで、ご家族の方がああやって札を奉納されてあの世で結婚式をするということをやっておりまして。まぁここいら一帯の風習です。最近はこれをされてるお寺さんも少なくなったみたいですが」
「へー……」
 私は何だか嫌な予感がした。
 今の話を聞く限り、ここに書かれているのは故人の名前だけのようだが、もし生きている人の名前を書いたらどうなるのだろうか。そしてもし私の名前が書かれていたら。
「あの……ここの名前って全員亡くなられた方なんですよね」
「ええまぁ、そうですなぁ。あとは架空の人のお名前を書かれることも多いですなぁ」
「もし生きている人の名前を書いたらどうなりますか」
「ああ、それは絶対にやってはいけません。なんせ結婚ですからね。こういう言い方は良くないかもしれませんが、連れていかれますよ」
「あの……もし失礼じゃなかったらじっくり見せていただけないでしょうか。何となく私の名前が書いてある気がして」
「ああ、調べていかれますか。最近はそういう方も多いのでね。良ければデータベースで検索もできますよ」
「データベースで検索」
「ええ。冥婚札の名前は全てデータベースに登録してありますから。とはいっても参拝者の方はご自分の名前があるかどうかしか調べられないようになってますけれども。検索されるのであればこちらのタブレットをお使いください」
「タブレット」

 データベースだのタブレットだのに面食らったが、気を取り直して検索してみたところ、どうも私の名前は登録されていないようだった。
 一安心したところで、検索画面の入力欄に名前とは別に数字を入れる欄があることに気がついた。
「あの……この数字を入れるとこって何の数字を入れるんですか」
「ああ、そちらはマイナンバーの入力欄です」
「マイナンバー」
「はい、マイナンバー」
「え、あの、マイナンバーってあの、マイナンバーカードのマイナンバーですよね。銀行口座作る時とか扶養控除の申請する時とかに要る……」
「ええ、『行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律』で定めるところの個人番号、通称マイナンバーです。元々は名前だけを書いてもらっていたんですが、同姓同名の方が連れていかれる事例が頻発しまして」
「同姓同名」
「ええ、同姓同名。それは困るということで、名前に加えてマイナンバーで個人を識別することでそういう事例が起こらないようにしたんです」
「え、でも架空のマイナンバーを書いたらたまたまヒットしちゃうこともあるんじゃないですか。あとマイナンバーって結構な個人情報ですよね」
「まぁ名前とマイナンバーの両方がたまたま一致することはないと思いますのでね。個人情報とはいっても故人ですし。ご家族の了承も頂いておりますしね」
「なるほど……」
「最近は架空の結婚相手を書く代わりにマッチングサービスなんかもやっておりまして」
「マッチングサービス」
「冥婚札を奉納していただく際に、故人のご趣味だとかも記入いただいて、人工知能で相性が良い別の故人を探し出すという具合です」
「人工知能」
「システムを作る際にはスマートフォン用のマッチングアプリを開発しているベンチャー企業にもご協力いただきまして」
「ベンチャー企業。……ちょっと待って下さい。そのベンチャー企業の利用者の名前が混ざってくるなんてことはないんですか」
「そこはご安心ください。企業からはアルゴリズムだけご提供いただいて、アプリの利用者データは使っておりませんので」
「アルゴリズム」
「あとはご趣味の記入だけだと精度があまり良くないので、故人の使っておられたスマートフォンなどをご提供いただければメッセージアプリなどから会話データを抽出して、会話のテンポなども相性の計算に加えられます」
「そんなことができるんですか」
「最近は自然言語処理の技術も日進月歩ですから。まぁそうしてマッチングされた方々が御浄土で仲良く暮らされてるかは確かめようもないんですけれどもね」

 その後も随分長いことマッチングサービスの説明を聞いてから帰ってきたが、厄除けの加持祈祷をしてもらうのを忘れたことに気がついた。
 なので相変わらず視線を感じるのだった。


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