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【怪談】因果三題、あるいは境界で呼びかけるということ

序:境界に踏み入る

 皆さんはノックする時、何を目的にするだろうか。
 扉の向こうにいる誰かいるか確かめるため。相手に扉を開けるという意図を知らせるため。世の中のノックは大抵そのどちらかに分類されるだろう。
 前者は自分にとって相手の存在が不明な時、後者は相手にとって自分の存在が不明な時である。
 扉の向こうに誰かがいる、あるいはいるかもしれないと思ってノックするわけだ。
 絶対に誰もいないと分かっていれば普通はノックをしない。

 いや……ノックをしてはいけない。

 扉というのは内と外を隔てる境界であると同時に、内と外を繋ぐ通り道でもある。
 内は安全で、外は危険だ。内は清浄で、外は穢れている。あるいはその逆もありうる。
 扉の向こう側は、扉のこちら側とは異なる世界なのだ。

第一題:小島さんの体験談

 これは小島さんが学生時代に経験した出来事だ。
 小島さんは当時大学の近くのアパートで一人暮らしをしていた。
 ある時、小島さんがコンビニに買い物に出かけようと外に出て鍵をかけた時、何を思ったのか玄関のインターホンを鳴らしてみたことがあった。
 自分以外誰も住んでいない部屋なのだから、当然誰かが返事をすることもないはずだった。

 インターホンを押して一拍置いてから「開いてるよー」という声がした。
「え……?」
 自分以外誰もいないはずなのに、と思って部屋を確かめようとすると、なんと鍵が開いている。

 インターホンを鳴らす前に、確かに鍵を閉めたはずだ。なのに何故か開いている。
 いや、それよりも誰かがインターホンで返事をした。

 小島さんは警戒しながら部屋に入り、クローゼットなどを開けて回ったが、誰かが入った形跡すら見当たらなかった。

幕間:壊れること

 先ほど、誰もいないと分かっていてノックをする人はいない、と書いた。
 インターホンも、扉の覗き穴も、呼びかけも、電話も同じだ。
 反応する人がいないと分かっていて、呼びかけをしてはいけない。
 呼びかけの前提が失われて、因果が壊れてしまうからだ。
 そして因果が壊れた世界の片隅に、何か良からぬものが吹き溜まって現れるのだ。

第二題:かずふみくんの作文

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  ピンポンのお母さん
      二年二組 広田 かずふみ

 ぼくの家はぼくとお母さんと妹の三人家ぞくです。
 妹はほいく園の年長組です。
 お母さんはお昼も夜もしごとをしています。ぼくと妹がおいしいごはんを食べるためにいつもがんばっています。
 このあいだお母さんが夜のおしごとに行ったあとでぼくと妹はおふろに入りました。ぼくの家のおふろは壁にボタンがあってそれを押すと、おゆのおんどがかわったり、台どころのピンポンがなったりします。お母さんがいる時はピンポンをならすとお母さんが来てくれます。
 でもその日はお母さんはもう家にはいませんでした。ぼくと妹の二人だけでした。ぼくがあそびでピンポンをならすと妹がおこりました。
「だめ!お母さん来ちゃうからだめ!」
と言っていました。
 ぼくは「お母さんいないよ。」と言いました。妹は
「お母さんじゃないお母さんが来るからだめ!」
と言いました。ぼくは妹をむしして、またピンポンをならしました。
 そうしたら、おふろのドアのむこうから「なあに?」とこえがしました。ぼくと妹はびっくりしました。だってお母さんはさっきおしごとに出かけたからです。
 妹は、なきそうな顔をしていました。そして
「お母さん来ちゃった。」
と小さい声で言いました。
 ドアのむこうのお母さんじゃないお母さんは
「お母さんよ。あけて。」
と言いました。
 ぼくと妹がだまっていると、また
「お母さんよ。あけて。」
と言いました。
 それからずっと
「お母さんよ。あけて。」
と言ってきます。いつもならお母さんはピンポンをならしたら、ふつうにドアをあけて入って来ます。でもお母さんじゃないお母さんはドアをあけませんでした。
 ずっとだまっていると、お母さんじゃないお母さんはおふろのドアの前から、ほかのばしょに行きました。そうしたら
「ただいま」
という声がして、お母さんが帰ってきました。お母さんはぼくと妹を見て
「まだおふろに入ってたの?」
とびっくりしていました。おふろのおゆは、もうつめたくなっていて、ぼくと妹はかぜを引きました。
 ぼくはもうぜったいに、お母さんがいない時におふろのピンポンをおすのは、やめようと思いました。


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幕間:とある地方ニュース

 28日午後、H県A市のアパートの一室で男性が死亡しているのが見つかりました。

 警察によると、死亡していたのは、この部屋に住む小松博紀さん(21)です。
 28日昼ごろ、小松さんと連絡が取れないと職場から警察署に連絡があり、アパートの管理人と一緒に部屋を開けたところ、署員が小松さんの遺体を発見しました。

 警察署によると、小松さんは一人暮らしで、発見時には笛を口にくわえた状態で、布団にうつ伏せになって倒れており、全身に犬のような動物に噛まれた傷が多数あったとのことです。小松さんが動物を飼育していた形跡もないことから、警察は何らかの事件性があるものとみて、捜査を進めています。

3/1(火) 11:48 配信

第三題:呼びえぬ故に呼ばれるもの

 さて、何から話したものか。
 おっしゃる通り、私どもはいわゆる犬神憑きの家系でございます。
 犬神というのは式神の一種でして、私どもの家では一人につき一匹の犬神を使役しております。他所様からの御依頼を受けて、犬神を遣わして何やらかんやらの仕事をして、お金を頂いております。
 このようなことを生業としておりますので、昔から村の者とは折り合いが悪いのですが。へへ。それでも何かしらの依頼は常に舞い込んでくるもので、表立っては付き合いが無くても、何故か皆夜中にコソコソと依頼をしに来るのですよ。

 犬神に何ができるのかといいますと、まぁ色々できますわな。程度によって包んでいただくモノも変わってきますが。
 何も悪いことだけではなくて、例えば大きい工事なんかがあったら工事が終わるまで事故やらが起こらんように守ってくれだとか、そういう依頼もありますわな。
 まぁそれでも大概はあまり褒められた依頼ではないですね。村のもんは犬神憑きは恐ろしいて言いますけど、本当に恐ろしいもんは人ですよ。人間はねぇ、みんな心の中に鬼を飼っとるんですわ。

 ……話が逸れました。
 犬神の作り方はご存知ですか。
 ええ、まぁ大筋はそんなもんです。

 犬神憑きの家のもんは、数えの歳で五つになったらみんな犬を与えられます。そんで十になった年の暮れに自分でその犬を殺すんです。
 それまで可愛がってた犬を殺すんですから、そらぁ嫌なもんですよ。私も子どもの時分には、それが辛くてねぇ。ひと月くらいは、毎晩泣いておりました。

 犬神を使役する時には、締め切った部屋でこの犬笛を吹くんです。
 犬笛というのは、ご存知の通り犬にしか聞こえないくらい高い音を出す笛です。
 犬も居ない部屋で、そんな笛吹いても何のために吹いてるのか分かりません。じゃあその笛の音はどこに届くのかというと、犬神に届くわけです。
 私らの家系では、犬を殺すのを「裏の縁を作る」、笛を吹くのを「表の因果を壊す」いうてます。何でそういう言い方をするのかて?
 さぁ……、何ででしょうなぁ。

 犬笛の作り方も秘伝ということになっております。
 そういえば以前、犬笛を盗んでいったタワケが居りましたなぁ。あれは犬神を持ってない者が持っておっても使えんのですが。


結:因果とは

 因果というのは、一般的には原因と結果を意味していると理解される。因果関係という言葉がまさにそれだ。
 しかし因があれば即、果を結ぶわけではない。そこには縁が必要なのだ。

 そう。縁。縁とは、果を結ぶための外的な要因である。例えば……道路に飛び出しても必ずしも自動車に轢かれるわけではない。道路に飛び出すという因があり、自動車が通りがかるという縁があり、それによって轢かれてしまうという果が生じるのである。

 因果を繋ぐ縁が何であるか。
 それは人の知る領域ではない。
 因があったとして、それが果を結ぶに至るのか。
 それも人の知る領域ではない。

 此岸と彼岸の境界を渡す舟、それが縁なのだ。
 ゆめゆめ忘れるなかれ。


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