見出し画像

トックリティータイム

徳利にミルクティーを入れろ。
突然降りてきた天の声に、私はこう思った。「なぜ、そんなことを?」しかし、天の声は言う。いいからやれ、と。はあ〜やれやれ。やれやれ!と言う天の声に、我々は応えねばならぬ。

戸棚から行平鍋を取り出して、コトコトとミルクティーを作る。沸騰しないようにかき混ぜながら砂糖を溶かして、ミルクが絡まった薄茶色の液体の様子を伺う。火を止めて別の戸棚から器を取り出す。せっかくミルクティーを飲むというのに、今日は徳利を使わなきゃいけない。ミルクティーを作り終えた今尚、徳利にミルクティーを入れる意味を見いだせていない。

使う徳利は紅茶らしく、華やかな模様が描いてあるものを。ドリンクに雰囲気を近づければ、多少はこの違和感が拭えるはずだ。せっかくなら、と似合う盃を選ぶ。何かが幸いして、私は器が好きなので徳利も盃も選べるくらいは持っている。器は好きだが集めているわけではない。向こうが勝手に集まってくるのである。

トクトク、と鍋から徳利へ注いでいく。あれ、これもしかして、市販のミルクティーを熱燗にした方が楽だったんじゃないか。そっちの方が鍋の汚れが少ないし。いいや、ここで楽をしようとしても無駄なのである。だって、今やっていること自体が無駄なことで、普通にミルクティーを飲むよりずっと遠回りなのだから。

徳利の西洋っぽいデザインの効果で、ミルクティーがこの中に入っていることの違和感が全然無くて驚く。そのまま徳利から盃へ。いつもこの中に入っている日本酒は透明で、まるで水のようなきらめきを魅せる。しかし今日は、泥水のような薄茶色。ううん、やっぱり、徳利でミルクティーを飲むなんて変なんじゃないの。

盃を選んだせいで、一杯じゃいっぱい飲めない。ホットドリンクに「一度にたくさん飲めること」を求めたことはほとんどないけれど、でも少ない。

……よく考えたら、今日は舌を火傷していない。いつも調子に乗ってガバと飲んでしまって、うっかり火傷をしてしまうのに。

そうか、盃に入る量の少なさと、徳利から注がれるときに触れる空気が熱を冷ましてくれるのだ。飲みやすい温度になるがゆえに、一度に飲む量をたくさん求めてしまう。なるほど、そういうことか。

やってみないと分からないことってあるよね。いや、これは別にこの先も知らなくても良かったんだけど。

新たな気づきへの嬉しさと、気づきのどうでもよさから来る「だから何?」感とが混じって、複雑な心持ちになる。気持ちが曖昧な時は、自分でも説明が難しい思考回路をしているもので、「この中身、ミルクティーじゃなくてココアにしたらどうなるんだろう」とか考えちゃう。しかも、それを実行しちゃう。

私がココアを作る時はいつも、チョコレートを入れる。甘いのが好きだから。チョコレート、ラムがないからブランデー、冷蔵庫にあるミルクが豆乳しかないから豆乳、ココアの粉を火にかけて練る。良い感じに溶けたら豆乳を投入。最近は豆乳にハマっているせいで、「豆乳を投入」とか言わなきゃいけない。牛乳やオーツミルクにハマっていれば、こんなことにならなかったのに。

ココアのたねがミルクと溶け合って、そのうち焦げ茶色の重みのある液体になる。まだ沸騰の気配が全然無いうちに、器の方の棚を漁る。万が一ココアがこびりついても中まで洗いやすい徳利と、それに合わせたシンプルな真っ白の盃をチョイス。

どう考えても、この徳利の見た目はココア向きではないけれど、その後の洗いやすさを考えるとこれしか選べない。これなら水筒用の細長いスポンジが奥まで入るし、洗い残しの心配が圧倒的に少ない。逆に、盃は全てがココア向きだった。

試飲コーナーの紙コップよりも小さい器を使っているのだから、何をどう考えても少ないと考えるのが道理だろう。だが、この「たった一杯」が「されど一杯」で、胸いっぱいの充足感を得られる。

思えば、ココアとミルクティーは全然違う飲み物なのだ。ミルクティーで不満が出たからといって、ココアでもそうであるとは限らない。

まず、圧倒的にココアの方が甘い。次に、どろっとしているせいで冷めにくい。しかも、お酒が入っている。つまり、一口で得られる満足度がココアの方が高いのである。ココアはカロリーが高い!

この器の大きさだと気持ち大事に飲みたくなるものだ。舌上を転がすようにして流し込み、ジワリと追い討ちをかけてくる甘みをゆっくり堪能する。香りもわかりやすく濃厚で鼻から抜けていく空気が美味しい。

なんとこれが、ジンやウィスキーを舐めている時の動きと一致する。こうなると不思議なことに、酒を飲んでいる時の気分に浸れるのである。そう思うと同時に、酔っ払った時のぼんやりとした気持ち良さが押し寄せてきた。

トックリティータイムは、お酒を飲んでいないのに飲んでいるかのような気持ちになる。器から始まる錯覚。無限の可能性が広がりを見せている。夢幻の世界、徳利。

めでたし、めでたし。と書いておけば何でもめでたく完結します。