The Great Battle of students

「俺の予想だが、智鶴は玲穣に攻め入る事を躊躇う理由が急に出来たのだろう」


板橋城南門城壁。
つい昨日まで激戦が繰り広げられた壁。
その上に2人は立っていた。
もうすぐ日が暮れる。
大地を日が赤く塗りつぶしていた。


「ふーん。で、その理由は見当ついてるの?」

「いや、確信して言えるものはない」

「あんたにしては珍しいね」


此度の戦いで松田が動かそうとしていた智鶴大学。
彼らが手薄となった玲穣に入ってくる事。それによって玲穣をさらなる混乱へと陥れ、上律は房総半島側から領地を掠め取っていく三段だった。
だが、その智鶴が動かなかった。
相対する玲穣に一矢報いるチャンスを奴らは掴まなかった。
松田の予想が外れたのだ。


「確信して言える理由はない。だが、予想はできる」

沈みゆく日が松田達を照らす。


「聞かせて」

「あぁ」


尾上雅弓は松田という男を多少は知っている。
だから会議の際、自ら彼に食ってかかった。
こいつのやり方を知っているのは私しかいないから。

そして今回も。
見ればわかる。これまでの付き合いで。
こいつは怒っている。
自分の予想が外れた事、そして智鶴への軽蔑、もしくは他の何かに対して。
だから、尾上は何も言い返さない。
彼の赴くままに会話を進める。


「まず一つ。まぁ定番だが、自国内で何かが起こり、そして対外戦争どころではなくなった。これがまず挙がる。その出来事は何でもいい。学長が死んだとか、式典があるとか。ただ、その何かがちょうど玲穣の主力が中川・寺仲に向いた際に起こった。そして、軍を玲穣から下げた」

「申し訳ないけど、それはないな」

松田は何も言い返さない。
無言で尾上の言葉を促す。

「あまりにも都合が良すぎる予想だ。ついさっきまで戦ってたのに、あと5分で式典が始まるぞー!って言って対外戦争をあっさりと止めるとは考えづらい。それにそんな式典とかがあるなら、玲穣とここまで戦争を長引かせないなかったはずだ」

フッ…という笑い声。
尾上は聞き逃さなかった。

「なんだよ、間違ってるか?」

「いや、違う。尾上の言う通り過ぎてな。我ながら笑っちまったよ」

「チッ、なんだよ。どうせお前だってこれくらいは予想してただろうに」

「まぁな」


2人の会話は続く。


「でー、次は?」

「次とは?」

「しらばっくれんなよ。さっき、まず一つって言ってただろ。なら二つ目があるんじゃねぇの?」

「わかったわかった。そう焦るなよ」

「焦ってねえよ!!!」


尾上の拳が空を切る。
避けられてしまった。


「二つ目は、対玲穣戦線の将が死んだ、と言う可能性だ。理由はわからんが。それによって、智鶴は玲穣に攻め入る上での将の選定を再度行わなければならなくなり、迅速な侵略が出来なかった、と予想できる」

「ないな」

即答。

「あぁ、限りなくな」

こちらも即答。


2人は腕を組みながら話している。
お互いの癖だ。


「そもそも、そんなことが起きたなら中川・寺仲にだって情報がいくはず。んで、なにより玲穣が好機と見て智鶴に攻め込むはずだ」

「あぁ、たとえ中川・寺仲が攻めてきていたとしても、智鶴を放り投げることはしないだろう。将がいない軍など烏合の衆だからな」

「はん、自分で言う割にはすぐ誤った予想だってすぐ認めるじゃない」

「可能性の問題だ。今の二つはどうも薄い」


尾上は松田の言葉の裏を見逃さなかった。


「今の二つは?てことは、なに?もう一つあるってことだ。んで、そっちの方が信憑性がある。だから、さっきの二つをすぐに否定しても、弁解してこようとしなかったのね」

「もう一つあることは認めよう。だが何もその予想を信じきっているわけではない。ただ、その予想を否定し得る材料がないだけだ」

「気になるね。言ってみて」


チョイチョイという手招き。
招き猫のようだった。


「三つ目の予想。それは、智鶴に攻め入った軍があったというものだ」

「え??」

「不思議なことじゃない。言葉通りだ。智鶴に攻め入った軍があり、智鶴はそちらの対応に追われた。偶然にも対智鶴戦線の軍が南下したため、利害が一致した」

「そんな…。そんな偶然あるの???」

「あってはならない」


松田の語気が強まる。
どうやら怒りの原因はここにあるようだ。


「どうして?どうしてあってはならないの?」

「もしその予想に乗るならば、智鶴に侵略したのは灌頂以外あり得ない。智鶴に面している三大学の内、玲穣と猛華は俺らと戦っているからな。でだ。もし、灌頂大学がこの大戦に乗じて領地を広げようとしていたのなら、まぁ妥当な判断だと考えられるだろうが、では、そのような考えだったなら、なぜ南下して猛華を攻めなかったのか」

「あ…、そういえばそうだな」

「玲穣が目の前で南下したんだぞ。それと足並み揃えて南下し、猛華を攻めれば負けることはまずなかったはずだ。なのに、それをしなかった。いや、そう言う報告がなかったと言うべきか」

「んー。つまりその予想に乗るなら猛華と灌頂はグルだった!と予想できるわけだな」

「そうかもしれんが、そう考えるなら猛華は西大と組んでいたと考える方が妥当だ。もし、上の三大学が攻めてきた時、西大が仲間からそれを横一線に貫くことが出来る」

「あーー、なるほどねぇ。じゃあ灌頂とグルっていう線は薄いか」

「俺はそう見ている。現代の栃木だぞ。両脇を挟まれてる大学と組んでどうなる」

「まぁ、そうだねぇ」


少しの沈黙。
もう星が見え始めていた。


「じゃあさ、そも、その予想に乗るならば、灌頂大学が何らかの理由で智鶴に攻め入った。しかも、対智鶴戦線の玲穣軍が南下すると同時に。んで、智鶴は玲穣を追うことができなくなり、灌頂との戦いに専念せざるを得なくなった。ってわけだね?」

「あぁ。そんなところだ。この予想が本当かどうかは次期にわかる。対外戦争なんぞ隠し通せるものではないしな。だが、重要なのはその事実ではない」

「理由。でしょ?」


尾上は松田の目を見て言った。
ローラのモノマネをして。
しかし、それは無視されることとなる。


「そうだ。理由だ。灌頂が智鶴に攻め入った理由こそ重要だ。それによって事の重大さが変わる」

「まさかとは思うけどさ」

「なんだ」

「お前がそこにこだわる理由って、もしかして、この大戦におけるお前の大戦略を灌頂大学の誰かが見抜いた可能性があるからか?」


城下の明かりがつき始める。
連日、飲み会が行われているためか、人通りも多い。
その人々の喧騒の中、松田の声はよく聞こえた。


「あぁ、そうだ」

「おい、そんなことってあんのかよ」

「もしあったら、なかなかだな。それに気付いた奴は。もし、俺の作戦が完遂されれば自らにも危害が及ぶということもわかっていたのだろうな。だから、俺の作戦の要である智鶴に楔を打ったわけだ」

「灌頂に危害?お前、灌頂も狙ってたのか?」

「いや違うさ。もし俺らの作戦が完遂されれば、少なくとも、玲穣の下半分、もしくは玲穣の上半分は、前者が上律、後者が智鶴のものになっていただろう。もしそうなれば玲穣は完全に終わる。そして、上律、もしくは智鶴は統一への力を蓄えることに成功してしまうわけだ。そうなるのは避けたいだろう?この大戦において、蚊帳の外にされている大学としては」

「なるほどな……。」

「この予想を突き詰めるなら、そういう結末になる。俺らが灌頂と戦うことはまだないだろうが、あった時は一筋縄ではいかないだろうな」

「そうね。少なくとも、あんたと同じ思考をした奴がいるってことは確かだからな」

「褒め言葉か?それ。まぁいいけど。だが、とりあえず今の話は全て予想だ。その結論が出るまでゆっくり待とう」

「そうしよっか」


30分以上は話していただろうか。
少し足が痛い尾上である。


「んじゃ、終わりだね。松田、このあとは?」

「なにもないぞ」

「よし、じゃあ飲みに行こうか!今度こそ勝つぜ」

「酒でも負けねぇよ」

「うるせ。きょーかも呼んでくるからメンツ揃えとけよー」


先ほどの話のテンションとは違いすぎる尾上に少し困惑する松田である。
まさに電光石火のお誘いであった。







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