【読書記録】人々をほどほどに愛していくであろう~「ある華族の昭和史」より
先月読み終わった本、元華族女性の自伝本だったのですが非常に面白かった。華やかな世界に生まれた貴族の子供が終戦後、地位も財産も失い平民として生き抜いていくという内容です。
この本のおもしろさをいくつか挙げますと、まず貴族の子供たちへの教育やしつけについて大変興味深く感銘を受けました。家の名を汚さぬよう、恥ずかしくないようにということなのでしょうが、子供は非常に厳しく育てられているようで、特に男子に関しては、質実剛健に育てるべく早いうちから親元を離れさせて寮生活をさせるんだとか。
親元にいる女子も甘やかされるわけでもなく、身近な使用人たちへの対応から学ばせている様子。威張ってもダメだし、気を使い過ぎてペコペコしてもダメ、ナメられるような馬鹿な振る舞いはするな、思いやりを持って接し、子供のうちは言葉遣いにも気を付けるなど、幼少期からしっかりとしつけを施されている様子でした。家中には100名以上の使用人がいたそうで、子どもにとっては気が気でなかったようです。
これらのことは、私たちには縁のないような話にも感じるのですが、心得ておけば良いかもと思う部分でもありました。人柄って長い年月をかけて形成されていくものではあるけれど、すぐに直せるような立ち振る舞いとか言葉遣いって演技でもいいからやっておけばいいのではと。もちろん内面も磨いたほうがいいに決まっていますが、どうせ深く関わる人なんて人生で数えるほどしかいませんし、表面上だけとりあえず取り繕っておけば相手も不快にならないし、こちらも丁寧に扱ってもらえると思うのです。
あとおもしろかったのは、貴族の子供同士の会話。先祖が戦国時代に出てくる有名人だったりするから、本人たちには他愛ない会話なのだろうけれど、こちらからしたら歴史の勉強をしているような気分になりました。「関ケ原の合戦のときは…」とか、「幕末には…」とか、なんなら戦術のダメ出しまでしていました。
結婚に関しての意識の高さもおもしろいです。中高生になると男女ともに貴族皇族から結婚相手を探し始めます。大人になっても結婚していないことが恥とされる世界だったそうで、早いうちにある程度決めておく…ということなのでしょう。こうなると青春時代の甘い思い出というよりは、水面下で行われる男女争奪戦という感じでした。
華族の世界で使われる言葉は、躾されているとはいえ、それなりのルールがあるようで覚えたり、使い方などにも気を遣うようでした。そんなときに便利なのが「おそれ入ります」だそう。実に便利だと筆者も書き記していました。「ありがとうございます」「申し訳ございません」「恐縮でございます」「勿体ないことで…」「申しにくいのですが…」などの言葉に置き換えて使うことができるとのことでした。言われてみれば確かにそう。
この本は戦前戦後の歴史的な背景を垣間見ることができる貴重な内容だと思うのですが、それ以上に私にとってはマナー本のような気持ちで読み進めていました。ただの堅苦しいマナーでなく、「おそれ入ります」の使い方でもあるように、楽をして美しく丁寧に見せるというアイデアが詰まっていたようにも感じました。
そもそもこの本を書いた元華族の女性自身が、賢さはもちろんですがユーモアの溢れる人柄であったからこそ面白味の際立った内容だったように思います。最後一文には「限りある持ち時間を自分好みに演出し、演技して生きることを愛し続けるだろう。更に人々をほどほどに愛していくだろう」という言葉があって、なんだかここでこの方の全ての付箋回収がされていくような爽快感がありました。
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