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【小説】恋愛郵便 第1話:出会い

1.出会い

一人の小憎たらしい少女、もとい天使が言った。

「シンデレラとかぐや姫の違いが分かる?

シンデレラはステキな恋愛をして玉の輿にのったわよね。でも、かぐや姫は結局、実家の月に帰って、男ゼロ。この違いが分かれば、あんたは幸せな恋愛ができるわ」

 気がついたら三十五歳を迎えていた。

誕生日に「三十五歳になったか……」と軽く考えていたが、この間会社の健康診断へ行った時、バリュームを飲まないといけない状況に絶句した。

バリュームを飲むのはまだまだ先と考えていたその時期に、自分が到達していたのだ。

 

私、三鈴望(みすずのぞみ)、未婚、彼氏なし、独り暮らし、某大手IT会社に勤務。

私の経歴を簡単に一行で述べるとこんな感じだろうか。

 これと言って変化のない毎日、できれば結婚したいと考えているが、結婚して何が得られるのだろうか……と考えると、今の気ままな生活の方がいいのかもしれない、という堂々巡りの思考を繰り返している。

 気になる男性はいないのか?という所なのだろうが、気になっている人はいても、いいと思う男性はやはり競争率が高い。三十五歳という年齢も、他の若い二十代の女性と比べて、明らかにハンデになっている。今さらガッツク歳でもなく……というか、その前に羞恥心がきてしまい、今ひとつ踏み出す勇気すら湧いてこない。

そんなメリハリもない毎日を送っていた私の目の前に、一人の少女が現れた。

少女といっても、歳をごまかしているとてつもない女だった。

彼女は私の生活に入り込み、とうとう私の人生を百八十度転換させてしまったのだ。

 残業で遅くなった会社帰りの晩、突然雨が降ってきて小走りでマンションの入り口までかけよると、五歳から七歳ぐらいだろうか、幼い少女がうずくまって座っていた。

はて、ワンルームのマンションで、こんな小さな女の子がいる母親はいただろうか。

時計に目をやると二十二時を過ぎている。

夜遅くに一人でいる少女を見過ごすこともできず、声をかけた。

「こんばんは、お譲ちゃん。お母さんを待っているの?」

うずくまっていた少女は顔を上げた。

その少女の顔を見て私は息を呑んだ。

 潤んだような大きな黒い瞳に、雪のように白い肌、さくらんぼのような唇、今まで見たこともないような美少女だった。テレビの子役でもここまでの美少女は見たことがなかった。

 少女はそのさくらんぼのような唇を開き、私に言った。

「なに言ってんの、あんたを待っていたのよ」

「え???」

 その少女は、外見からは想像もできないような口調で言うと、いたずらそうに笑った。

「ごめんなさい、お譲ちゃん。私、あなたのこと知らないんだけど、誰かと間違っていない?」

「あんた、望、三鈴望でしょ?」

「そうだけど……」

「じゃあ、間違っていないわ。とにかく家の中に入れてよ。春と言っても、雨が降るとまだ寒いわねぇ」

 あまりの話の飛び具合に、こんな小さな子どもを相手に私は慌てた。

「ちょっと待って、あなたは私を知っているようだけど、私はあなたを知らないし、いきなり家に入れろと言われても無理な話だわ」

「あんた、了見狭いわね。こんな小さな子を、この寒空に放っておくの?そんなことして良心が痛まない?小猫や子犬が玄関にいたら、かわいそうになって胸が痛んで家へ入れようとするでしょ。動物相手にそれができて、何で人間の子どもだとできないのさ」

 ポンポンと飛んでくる言葉に反論できずにいると、その少女はクスッと笑って私の手を取った。

気がつくと、いつの間にか自分の部屋の前におり、少女は勝手に鍵穴にキーをさして扉を開く所だった。

「さあ、入った、入った」

「あなた、一体どうやって……」

「あ~~、細かいことを言うわね。とにかくお茶でも入れてよ。話はそれから。わたし、コーヒーでも紅茶でも、もちろん日本茶でもOKだから。子どもだからってジュース出すようなことはしないでよね」

少女のペースに振り回されっぱなしで、私は仕方なくコーヒーを入れた。

子どもだからミルクと砂糖を多めに入れたほうがいいだろうか……迷っていると「あ、わたし、ブラックでね」という言葉が返ってきた。

 コーヒーを前にテーブルに二人向かい合って座る。少女はコーヒーが入ったマグカップを両手で持ち、フ~っと一息吹いて冷ますと、一口コーヒーをすすった。

 一体、この少女は何者なのか。いやにしっかりした物の言い方だし、それに先ほどいつの間にか家の前まで移動していた不思議な現象は何なのだろうか?

 私は探るように口を開いた。

「あの、お譲ちゃん、歳はいくつ?」

コーヒーを飲みながら、少女は素知らぬ顔で答える。

「あんた、歳なんて気にしていたらダメよ」

少女は、コーヒーカップをテーブルの上に置き、私を覗き込むようにして笑いながら言った。

「あんた、いい恋愛している?」

「えっ???」

話の筋が見えず、私は困惑した。

「なわけないわよね。だから、わたしが来たんだけど」

そう言われて、私は段々腹がたってきた。勝手に家に上がりこまれ、どうしてここまで言われなければならないのだろうか。

「あなたね、さっきから一体何なの。あなたはどこの誰で、何のつもりでここへ来たの?それに、私はあなたなんて知らないわっ」

「まあまあ、子ども相手にそういきり立たないで。順序だてて言わなかったわたしも悪いけどさ、そんなのだから、あんたいい男がよってこないし、いい恋愛ができないのよ。

それにこの部屋……。独り暮らしだからって、これは無いんじゃない?」

部屋を見回して、少女は苦笑いした。

私は、グッと詰まった。ここの所、忙しくて部屋の掃除をしていなかった。それにもともと片付けをあまりするタイプではなかった。

「さてと、自己紹介に入りますか。わたし、こういうものです」

少女はポケットから何と名刺入れを出し、ピンク色の名刺を差し出した。

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 恋愛郵便

      JAPAN担当 天使

          美園 (MISONO)

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「あの……天使って書いてあるけど……」

「ええ、天使よ」

「そんなの、信じられるわけないでしょっ!!」

こんな小さな子どもにからかわれているかと思うと、怒りが頂点に達した。

そんな私をみて、少女は軽くため息をつく。

「あ~あ、どうしてそう直ぐに怒るかなぁ……。あのね、見てよ、この美少女ぶり。こんな美貌をもった人間が下界にいて?」

もう話す気にもなれず、私は少女をジロッと睨んだ。

「分かったわ、じゃあこれでどう?」

少女が一瞬光ったと思うと、大きな真っ白い羽が二つ背から突き出して現れた。

そして、神々しいまでにまぶしい黄金の輪が頭の上にある。

私は目の前の光景が信じられず、呆然としていた。

「なに見とれているの」

少女はクスッと笑う。

「だって……」

「まだ信じられないの?仕方ないわね、特別に羽を触らせてあげる」

無理やり少女は私の手を取ると、自分の羽に触らせた。

それはビックリするほど艶やかで、そしてこの世のものとも思えない程のやさしいく心地よい手触りだった。

「どう?素晴らしい手触りでしょ。わたし、羽には自信あるのよね」

私はようやく目の前の出来事が飲み込めてきて、急に恐ろしくなって手を引っ込めた。「あら、今度はいやにしおらしくなったのね。まあ、そう身構えないで。とりあえず、元に戻らせてもらうわね。下界でこの姿をしていて、まだ時期でない人に見つかるのはよくないのよ」

「時期って?」私が恐る恐る尋ねると、天使とおぼしき美園がもとの姿に戻って私の前へちょこんと座った。

「人はね、人生の中で必ず一度はステキな恋をするチャンスがあるの。自分の人生を揺るがすようなね。

でも、最近の若い人はだめねぇ……。そのチャンスに気づかない所か、人生の出会いすら自分でコーディネートすることが出来ない。なんて、恋愛ベタなのかしら。

まあ、昔だったら、お見合いだとか、近所の世話焼きおばさんがいて、何とかなっていたんだけど、このご時世だとね。何だかんだ言って、男性は結婚して養う収入がなければ、結婚に踏み込めないし、女性は女性でしっかりとした仕事を手に入れられる世の中になってきたから、ついつい結婚が遅くなって、気が付いたら婚期をのがしていたってことが往々にしてあるんだもの。

もちろん、結婚だけが人生じゃないけど、人と人とが結ばれることは生命の維持にとっては必要不可欠なのよ。それには、まず”恋”よ。いい恋愛をしなければ、人生は輝かないし、いい伴侶にもめぐり合えない。

そこでね、人生で一番いい恋をする時期を迎える人に、私たち天使が現れるってわけ。それも、超恋愛ベタの人を対象にね。」

「超恋愛ベタ……」

「そう、あんたは今年の中では、最悪と言っていいぐらい、恋愛が下手ね。

でも、大丈夫。私が来たからには、百発百中よ」

意気揚々と言っている美園を前にして、半信半疑の気持ちで、私は尋ねた。

「具体的に、あなたは何をしてくれるの?」

「だから、そこの名刺に書いてあるでしょ。恋愛郵便って」

「恋愛郵便?」

「そう、恋愛郵便。その名の通り、あんたのメッセージを恋の相手に運ぶの。もちろんそのチャンスは一度だけ。だから、何でもホイホイと運ぶって訳ではないわ。私がOKをだしたもの、それもあんたの人生の中で飛びっきりのメッセージをね」

こうして小生意気な天使と私の生活が、この夜から開始した――。

(第2話につづく)

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