引用

 私は末期癌患者と会うときには、かならず自分でその患者の家を訪ねます。患者の身内の人が私の家に来るのは、お金の支払いのときだけです。ただし、歩ける子どもは、うちに呼んでキッチンで会います。うちには診察室はありません。子どもが怖がるからです。リビングルームも使いません。キッチンを使います。暖炉があるからです。なにしろシカゴでは零下四十度になることもめずらしくないので、暖炉のそばにすわるのはとても居心地がいいのです。
 そして、私は子どもに対して、とても「恐ろしい」、とても健康に悪いことをします。何かというと、コーラとドーナツを出すのです(会場から笑い)。子どもにとってこれほど体に悪いものはないでしょう。私も医者のはしくれですから、それはよく知っています。どうしてそんなものを出すのか、理由をお話しましょう。
 相手は、母親がどんな状況にいるのか、本当のことを聞かされていない子どもたちです。すでにおとなを信用していません。学校でも勉強に身が入らなくなっています。ということは、つまり、深刻な悩みを抱えているのにもかかわらず、親身になって相談にのってくれる人がいないということです。そういう不信の固まりのようになった幼稚園児や小学一年生が、放課後に、先生に精神科医の自宅に連れて行かれ、無農薬もやしとか胚芽なんとかを食べさせられたらどんなふうに感じるか、みなさんにも容易に想像がつくでしょう(会場から笑い)。
 私どもでは、子どもがいちばんリラックスできるようなものをあたえます。こういう状況では、ちよっと食べるものが健康にいいかわるいかなど、まったくどうでもいいのです。これはたいへん重要なことです。私たちおとなというのは、自分の権威や立場を濫用して、この機会に健康的な食品を食べる習慣をつけようなどと考えがちです。でも、そんなことをしたら最後、子どもはぴたりと心を閉ざしてしまいます。

エリザベス・キューブラー・ロス“「死ぬ瞬間」と死後の生”より

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