応能負担の罠:日本型社会主義からの脱却と投資家の選択
1. はじめに
近年、日本経済はインフレ傾向にあり政府の税収は過去最高を更新しています。しかしながら国民の負担も同時に増加の一途を辿っており、その上限が見えない状況にあります。最近では金融所得に対する社会保険料(税)徴収の議論など、さらなる負担増加に関する議論が活発化しています。
国民負担率を詳細に分析すると特に中所得層・高所得層の負担が顕著に増加していることが分かります。かつての「中流」層であれば低所得者を支える余裕があったかもしれませんが、現代の「中流」層にはそのような余裕はほとんどないのが実情です。
本稿では日本の現行の社会制度が抱える課題について、批判的な視点から整理しその行き着く先について考察します。さらにこのような状況下で投資家がとり得る選択肢について検討します。
2. 制度疲労の限界点:日本社会システムの矛盾
現在の日本の社会制度の多くは戦後に再構築された昭和時代の産物です。約80年が経過し多くの分野で制度疲労が見られ、現代の社会実態にそぐわない部分が顕在化しています。特に高度経済成長や人口増加を前提に設計された制度は、現在の日本の状況下では持続が困難になっています。
具体的な例として年金制度や各種社会保険制度が挙げられます。これらは個人レベルでの負担増の主要因となっています。両制度とも現役世代(将来世代)が高齢者を支えるという、人口増加や経済成長を前提とした仕組みです。一時期は機能していたかもしれませんが、長期的に持続可能な仕組みではないことは明らかです。
年金制度に関しては賦課方式の問題点が長年指摘されているにも関わらず、積立方式への移行に関する議論はほとんど進展していません。全国民一律の国民年金(基礎年金)は現行の賦課方式でも大きな問題はないかもしれませんが、個々人の所得に応じて変動する厚生年金部分が賦課方式である点は、制度の持続可能性の観点から課題が多いと言えるでしょう。
厚生年金は掛金が2倍・3倍になっても受け取れる年金額が基準値比較で1.2倍程度しか増加しない詐欺商品です。金融機関がこのような詐欺商品を販売したら間違いなく行政処分は免れません。現状の厚生年金は国民年金の穴埋めのため生贄とされています。国民年金保険料の月16,980円では月6万6250円の給付は賄えないのが実態です。
年金制度の問題点としていわゆる「3号被保険者」制度のような合法的に保険料支払いを回避できる仕組みが存在することも挙げられます。この制度のために厚生年金加入者の負担が増加しているという側面があります。成人した個人には一律の負担を求めるべきところ特定の層に優遇措置を設けたことは制度設計上の課題と言えるでしょう。
日本の社会制度の問題点はこのような制度の「ただ乗り」が様々な場面で見られ、その結果として特定の層に過度な負担が集中している点にあります。多くの納税者が負担の限界に近づいている状況下で、さらなる負担増の議論が進められていることは懸念すべき事態です。
3. 平等という名の搾取:応能負担の罠と共同貧困への道
日本の社会制度の根幹にある「応能負担」という概念は一見公平に見えますが、実際には様々な問題を引き起こしています。累進課税や応能負担という概念は社会を腐らせる癌です。これらの原則が過度に適用されると、努力して収入を増やすことへのインセンティブが失われる可能性があります。
ネット界隈では昔から「働いたら、負け」という格言があります。日本は段々とこの言葉が現実味を帯びてきました。中途半端に働き苦労して300万円程度の収入を得るよりも、生活保護や助成金・補助金、様々な利権にチューチューした方がよっぽど経済的に安定した状況となります。
「何もしないと与えられ、努力して何かを得ると容赦なく奪われる社会」が現在の日本です。これでは積極的に働こうという意欲が低下します。元凶は「応能負担」という概念です。これがフリーライダーを生み出す根源です。社会全体で捉えた際に多少の傾斜(応能負担)は避けられないかもしれませんが、昨今の日本は過度に低所得者を優遇しており、それが利権となっています。
よって平均的な現役世代を犠牲に次々と低所得層支援が生み出されます。この負のループを止めない限り、日本経済の成長はあり得ないというのが私の見解です。搾取の檻があまりにも強固であるため、普通の会社員は一定以上の勤労や所得を望まなくなる傾向があります。これは間違いなく経済成長にマイナスです。
平等に貧しくなる道に未来はありません。ただ単純に所得を中高所得層から低所得層に付け替えるだけでは問題は解決しません。低所得層が如何にして社会から必要とされる財やサービスを自ら生み出せるようになるかが重要であり、自身の付加価値を高めることが出来なければ、一生家畜に無駄な餌を与えているのと大差ありません。
所得を生産性の存在しない所に移転させても無駄に消費されるだけで、付加価値を生み出す消費には繋がりません。にもかかわらず日本は年々この動きを加速させています。どれだけ分配しようと格差がゼロになることはありません。個々人の能力差は無視できるレベルではなく、稼げる人間と稼げない人間は明確に分かれるのが現実です。それを無視して結果平等を目指すと「共同貧困」に陥ります。
累進課税はより社会に貢献して多くの付加価値を生み出した者に対する罰則に他なりません。応能負担に関しては古代であれば成立した概念と言えます(ノブレスオブリージュ)が、現代の富裕層は中世の貴族が有していた特権は持ち合わせておらず、国民の権利義務は同一です。
権利義務が所得に関わらず同一である以上、より多くの負担を求められる根拠は本来ありません。その原則を応能負担と言う概念は歪めています。応能負担(義務)を押し通すのであれば比例して相応の権利の拡大も認める必要があります。
現状の日本はこのような不平等の中に存在します。応能負担を主張し義務を押し付ける一方で義務に見合った権利が確保されていません。この場合、優秀な人材であるほど不平等感・差別間を感じ、海外への脱出を考えることになります。
資本主義のふりをした社会主義を改め、応能主義から応益主義へと舵を切らない限り衰退の道からは免れません。投資家はこの緩やかな衰退を前提にいつまで日本に留まるかをメリット・デメリットを評価して各々見極める必要があります。
政府は今後益々、国民の財布に手を伸ばし様々な形で課税を強化するはずです。そのしわ寄せは中高所得者に偏ります。既に国民負担率は50%前後と言われていますが、富裕層は既に80%前後です。今後は90%を超えるような状況になる可能性も否定できません。日本と言う社会全体を見た際に如何にしてフリーライダーを排除できる仕組みを構築するかにかかっています。
4. 資産防衛の戦略:日本型社会主義下での投資家生存術
投資家は自発的な制度改革には期待せず、いつでも見切りをつけて日本から脱出できる準備を整えつつ、可能な限り増税や負担増から身を守ることが重要です。私はnoteで度々海外移住を最終手段として挙げてきましたが昨今の政策を見ている限り、最終手段が割と現実的な選択肢になりつつあります。
努力に対する罰則である応能負担が蔓延っている状況を前提に対応策を考えると、投資家は有価証券で運用しながら利益確定を死ぬまで先延ばしにしつつ、証券担保ローンを活用して出来る限り低金利で資金を借り続け、死亡時に清算するのが経済的に最も合理的です。(前提として運用益>借入金利であること)
住民税非課税世帯ラインの収入でコントロールしつつ、有価証券を担保に資金を借りつつ生活します。野村證券であれば1.65%で調達可能です。(2024年8月現在)安定して5.65%で運用できれば4%の実質的な資産増加を享受しながら借金生活を謳歌できます。
NISA口座以外で売却益が発生すると20%+αが課税されます。配当金は100%利益扱いなので配当額の全額に対して20%課税されるため、複利及び税の繰り延べの観点からは非効率です。
借金と言うと危険な印象を受けがちですが、期待収益と借入金利に十分なバッファが存在するのであれば、生活資金のために取り崩すよりも合理的です。(将来、日本の短期金利が急上昇した場合には本戦略は機能しなくなる可能性が高いです)
個人としては有価証券を担保に生活費をローンで引っ張りつつ、NISA制度を活用して生活資金のブレを非課税で調整し、別途法人を設立し、所得税・住民税が非課税の範囲(月額8万程度)の役員報酬を自身に支払い、社会保険・年金負担を最小化し、社宅制度を活用して家賃を経費にして、通信費や書籍代なども経費計上することでほぼ無税で毎年借入額よりも資産額の方が増加し、時間が100%自由に使え、精神的なストレスが限りない環境で健康的な生活が実現できます。
これが現状想定できる日本で生活するうえでのライフハックとなります。昨今の政府の動きを見る限り、制度の抜け穴は徐々に塞がれることが予測されます。これは仕方ありません。寧ろ正常化に向かっていると評価できます。
投資家は制度の抜け穴が塞がれるまでは利用し尽くすべきです。塞がれてしまったら潔く諦めて、日本を損切りすべきです。海外に移住し日本には年に2~3か月くらい観光で遊びに来ます。
上記のタイミングで多くの投資家・事業家が同様のアクションを取ると予測されます。 所得税の上位層がごっそりと日本から脱出する形です。全人口の比率でいえば1%程度かもしれませんが、それでも約100万人です。
100万人の富裕層が海外に移住して税金・社会保険が徴収でき無くなれば税収的には大打撃です。個人がそのように動けば企業も本社の海外移転が加速します。結果として日本は財やサービスの生産が困難となり、円安も加速し輸入も難しくなります。税収も大幅に減少し、モノが極めて入手しにくい状況に陥る可能性が高まります。GDPは間違いなく縮小します。人口も減少します。失業率が増加します。税収が大きく減少します。社会保障が維持できなくなります。
想像しただけで最悪な未来がやってきます。これは悲観論に基づくバッドシナリオではなく、通常シナリオの範囲である点に注意が必要です。それなりの確率でバッドエンドを迎えます。
一個人としては社会の大きな流れに逆らうことは出来ません。出来ることはそのようなバッドシナリオに備えつつ社会制度をハックし、資産バリアを貼りつつ、脱出準備を進める他にありません。世界の各地で紛争が起きており、この国なら安全と言える国が見つけにくい点はネックですが、全ては相対比較ですので劣化した日本と比較して相対的にマシな国に移住するのみです。
5. 結論:日本型社会主義の末路とFIREの可能性
日本がバッドシナリオを避けるために必要な政策は応能負担主義の撤廃です。応益負担の原則に従い社会制度が再構築されるのであれば持続可能な社会となります。しかし、現状の政治状況を鑑みると、このような根本的な改革が短期間で実現する可能性は低いと言わざるを得ません。
投資家は政治の行く先を注視し、可能な限り税負担を避け、今を楽しみつつ、資産バリアを構築し、人生を謳歌すべきです。そしてこの文脈において、FIRE(Financial Independence, Retire Early:経済的自立、早期退職)という概念が非常に重要になってきます。
現代の日本の会社員は週に2~3日は所得税・住民税・年金・社会保険のために働いているのと同義です。これほど無駄なことはありません。限られた人生の余暇時間は他人のためではなく自分のために使うべきです。FIREを推奨するわけではありませんが、自分のために人生を生きるという視点に立つとFIREは極めて合理的な選択となります。
FIREの概念はまさに日本の現状の社会システムからの脱却を図る一つの方法と言えるでしょう。早期に経済的自立を達成し、過度な税負担や社会保険料の支払いから解放されることでより自由な生き方を選択することができます。
さらにFIREと海外移住を組み合わせることで、より効果的に日本の社会システムからの脱却を図ることができます。例えば、日本よりも税負担の少ない国や生活コストの安い国に移住することで、より少ない資産でFIREを実現できる可能性があります。同時に日本の社会システムによる搾取から完全に逃れることができます。
しかしFIREや海外移住を選択する際には、慎重な計画と準備が必要です。特に以下の点に注意を払う必要があります
1. 十分な資産形成:FIREを実現するためには、長期的な生活を支えるだけの資産が必要です。
2. 投資戦略の最適化:インフレや為替変動にも耐えうる、グローバルな分散投資戦略が重要です。
3. 海外の制度理解:移住先の税制や社会保障制度について十分な理解が必要です。
4. リスク管理:健康保険や緊急時の対応など、様々なリスクに対する備えが必要です。
5. 心理的準備:慣れ親しんだ環境を離れ、新たな文化に適応する心の準備も重要です。
とはいえ価値観は時代と共に変化します。社会制度も同様です。本稿で提案した内容は現時点における方法に過ぎません。今後の制度の変化に応じて選択肢も最適解も変化します。投資家は変化に対して柔軟に構えつつ、今を楽しみ、いざとなったら見切りをつける心構えが大切となります。
強調しておきたいのはこれらの選択は個人の価値観や状況に大きく依存するということです。FIREや海外移住が全ての人にとって最適な選択というわけではありません。しかし、日本の現状の社会システムに疑問を感じ、より自由な生き方を求める人々にとっては、十分に検討に値する選択肢と言えるでしょう。
投資家として、そして一個人として、常に自分の人生の主導権を握り続けることが重要です。社会システムの変化に翻弄されるのではなく、自らの判断で最適な選択を行い、真の意味で自由な人生を送ることこそが、私たちが目指すべき姿なのではないでしょうか。
最後に本稿で提示した見解や選択肢は、現時点での一つの考え方に過ぎません。社会制度や経済状況は常に変化するため、これらの内容も適宜更新される必要があります。読者の皆様には、本稿を一つの問題提起として捉え、自身の状況に応じて慎重に判断していただければ幸いです。
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