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自律型金融の未来と変化する生活②

はじめに

 前回の投稿では「自律型金融の未来と変化する生活①」と称して、「自律型金融」とは何かを自動運転レベル5・a16zのブログ等を事例として紹介しつつ説明し、後段で私なりの自律型金融の理解を示しました。今回は自律型金融の普及で生活にどのような変化が訪れるか・実現に向けた課題としてどのような懸念が存在するか考察していきたいと思います。前回投稿は下記を参照ください。

自律型金融に至る道筋と課題

 自律型金融が目指す方向性について前回の投稿で説明いたしましたが、当然ながら一足飛びにゴールに到達することはできません。特に「テクノロジーの進化・法規制」がサービス提供に大きな影響を与えます。金融は元来、データ・リスク・契約という形の無いものを扱う業種であることから技術革新の恩恵を受けやすい業種です。ただし規制が強力な産業であるためテクノロジーの導入には慎重で時間を要する傾向にあります。よって技術的に実現可能な状態から実際にサービスが提供されるまでにはタイムラグが発生します。

 GAFAのようなテック・ジャイアンツの場合、技術開発と実装のタイムラグが限りなく短く、研究開発にも多くの資金を投じているためサイクルの回転も非常に早いです。よって自律型金融の未来を考える際のプレイヤーは従来の金融機関だけではなく、上記のテック・ジャイアンツも視野に入れる必要があります。当然ながら金融ライセンスを保有していないと業として行えない「業務範囲」が定められていることから棲み分けは考えられますが、JVのような形態で参入する可能性も考えられます。異業種参入は他にも色々想定はできますが、金融が本業ではない事業者の場合、相応の財務力を有し、継続的な研究開発が可能な事業者以外は長期に渡りサービスを継続することは困難ではないかと思います。逆に1社完結もサービス範囲・技術開発等を考えると困難であることから複数資本によるJVやアライアンスが加速するのではないかと思います。

  続いて規制面からの考察ですが”自動運転レベル5のような金融サービスは現行法では想定されていないサービス形態である”という問題が存在します。海外の法律は詳しく分かりませんが国内では金商法等の法律を読む限り、現行法の解釈だけでなんとかするのは困難と言えます。時期を見て「フルオート型金融サービス」に対応した法律改正の議論が必要と言えます。資産運用における投資一任契約、民法上の法定後見制度などがありますが特定のサービス・状況に限定されており、汎用的なフルオート型金融サービスの提供には整理しなければならない論点があります。

 数年前、Fintech業者によるスクレイピングを用いた情報取得が問題となり、銀行法等の改正により新たに「電子決済等代行業」が誕生いたしました。これまでFintech事業者と利用者との間では情報取得に関する合意が成されておりますが、当事者間の合意が金融機関にも及ぶのか、という点は別問題であり金融機関としては本人以外からのアクセスを遮断したいことから長年グレーゾーンにあったサービスに決着がつきました。比較的スムーズに法改正に至った経緯としてPSD2(欧州決済サービス指令)という先例が存在したことが挙げられます。電子決済等代行業はあくまで、情報の代理取得や指図の代理であり、「代理」行為に過ぎません。この「代理」という行為が現行法における境界線ではないかと私は考えております。第三者に許される行為の限界は事前に定めた範囲の代理行為であり、それ以上踏み込むことが出来ないのが現状です。

  しかしながら自律型金融が加速しフルオート型金融サービスが普及に至るには現状のフレームワークでは不十分です。「代理」という制約から生じる範囲の狭さに加え、情報アクセスへの経済的な負担も見逃せない状況です。情報アクセスへの経済的負担に関しては「銀行APIへの接続手数料問題」として指摘されております。ユーザーはこれまで残高照会など参照系サービスに銀行が用意する表玄関からは無料でアクセス出来ておりました。しかしながらFintech事業者を経由し別アプリ等(裏口)からアクセスしようとした場合、間接的にAPI接続手数料を負担しなければなりません。(Fintech事業者はうまくユーザーに転嫁できていない)銀行の言い分として外部接続用のAPI基盤の開発にかかった開発コストの回収が必要なのは理解できますが、そもそもレガシーな銀行システムの抜本的な見直しが必要なこともあり、早かれ遅かれ競争力維持には「API外部開放・マイクロサービス化・パブリッククラウドの活用」などが必要になることは明らかであり、金融機関が今後も事業を継続するうえで必要不可欠な投資だと私は考えます。法律改正の経緯からFintech事業者にコスト転嫁させたい気持ちになるのは分かりますが、最終的な受益者はユーザーなので正々堂々と“ユーザーの利便性向上のために投資したので見合うサービス利用料金を徴収or値上げします”と宣言すれば良いかと思います。尚、先行している欧州ではAPIの無料開放が義務付けられており、日本においても一考の余地はあろうかと思います。

  次に「代理」の限界についてです。自律型金融として包括的なフルオート型金融サービスの実現を検討する場合、範囲を限定しない包括的な金融取引一任契約のスキームが必要となります。現状の投資一任は資産運用に限定されておりますが、これでは様々なニーズには答えられませんし、包括的なサービス提供が困難であるため分断が生じ、AIを駆使した最適化提案というアプローチも機能しません。よって全体最適の観点を持ち、有意義なフルオート型金融サービスを提供するには特定分野に限定したサービスではなく、金融取引全体をカバーできる機能ラインナップが必要となります。そのためには前述の銀行API同様の議論が再度必要となります。尚、包括一任金融取引(仮称)の議論に必要な「範囲の広さ・議論の深さ」は「電子決済等代行業」の比ではないと想像いたします。

  自律型金融は上記の「技術の壁・規制の壁」の双方を克服する必要があります。最初に技術的に満足のいく水準のサービスが開発出来ること、続いて法律的に合法なサービスとして提供可能なことが条件です。そのうえで起業家・金融機関は自身の信じるWhyを追求し、顧客ニーズを満たしたサービスを提供する必要があります。技術の壁・規制の壁はレベル感にもよりますが早ければ5年~10年で一定レベルの解決に至るのではないかと思います。尚、規制に関しては海外動向の影響を強く受けるため米国を中心とした海外市場で早期に決着が付いた場合には前倒しの可能性があり、逆もまた然りだと思われます。本来であれば日本が率先して議論をリードし、新しいビジネスに即したルール整備に取り組んでいただきたいと願いますが、現実的にはなかなか難しいかと思います。 

自律型金融普及の道筋

 サービスの普及には“自律型金融が普及すると何が良いんだっけ?”という根本的な問いに対して明確且つ簡潔に答えられなければなりません。初めて話を聞いた前提知識を持たない人でもすぐにそのメリットを理解できなければなかなか普及いたしません。マーケティングの世界では「キャズム理論」というものが存在します。

私が読んだのは10年以上前ですが間違いなく現在でも通用する理論ですので、まだの方は一読されることをお勧めします。キャズムとは「深い溝」を意味し、マーケティング観点では先行者と多数派との間に存在する価値観の違いに依存する深い溝です。書籍では一般消費者を以下のように5パターンに分類しております。イノベーター(革新者)・アーリーアダプター(初期採用者)・アーリーマジョリティ(前期追随者)・レイトマジョリティ(後期追随者)・ラガード(遅滞者)です。グルーピングするとイノベーターとアーリーアダプターは先行者、アーリーマジョリティとレイトマジョリティは多数派、ラガードは保守派です。

 キャズム図転載元:https://uxdaystokyo.com/articles/glossary/chasm/                
とても分かりやすい図であったので引用させていただきました。             

  最初に技術やサービスの感度が高い先行者グループに対してアプローチする必要があります。このグループは他人の意見より自分の直感・判断を信じる傾向が強く、自身が価値を感じる場合、多少経済的に合理的ではなくても購入・利用する傾向があります。またオピニオンリーダーとして情報発信力が高い場合も多く、自身のSNSやブログ等を通じて積極的にレビュー等の情報発信をすることも多いです。この層の攻略なく多数派市場の攻略は困難です。この初期フェーズでユーザーからのフィードバックを元に製品を改良しPMF(Product Market Fit)に到達することが次のフェーズの移行において重要となります。

 先行者市場を攻略出来たら多数派市場へとシフトしていきますが、多数派は先行者とは異なる価値基準を有するため、これまでと同様のアプローチではなかなかユーザーを獲得出来ません。多数派は評判と実利を重視します。要するに「周りが利用しているか・評判は良いか・価格と性能は妥当か」などです。尚、保守派は事業者目線では無理にアプローチしない方が無駄な労力を伴わず良いかと思います。各グループの大まかな分布は先行者:多数派:保守派=15%:70%:15%であり、対象市場がそれなりの規模であれば保守派を捨てることは合理的な判断かもしれません。逆に先行者と多数派は絶対に押さえる必要があります。

  事業者が注意する点として「イノベーションのジレンマ」という理論も存在します。

 これも私が読んだのは10年以上前ですが間違いなく現在でも通用する理論ですので、まだの方は一読されることをお勧めします。一般に「破壊的イノベーション・持続的イノベーション」と呼ばれるもので、既存市場・既存顧客を重視すると往々にしてジレンマに陥るという趣旨です。革新的な技術・製品は当初、既存製品と比較し機能劣化している場合もあり評価されないが、特定の機能や価格等において既存製品にはない強みを有しており時間経過により技術が成熟することで短所が克服され既存製品をディスラプトする製品を指します。自律型金融も当初はその理想形には程遠く、AIによる機能実装も貧相なもので、既存オンラインサービスや対面サービスの劣化版の可能性が大いに存在します。そして当初は空疎な妄想と馬鹿にされるかもしれません。とはいえ、長期の時間軸で評価した場合には短所はテクノロジーの進化で補われ、規制フレームワークも議論が前進しているはずですので、どこかのタイミングでティッピングポイントを超えキャズムを克服することが出来ると考えております。

 もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは「もっと速い馬が欲しい」と答えていただろう。

byヘンリーフォード

 これは交通手段が馬車だった時代、自動車を知らない人々は、早い馬を求め、「自動車をつくってくれ」とは言わない。という例示で「人は自分の欲しいものを本当にはわかっていない」ことの例示としてしばしば引用されます。スティーブ・ジョブズが生み出したApple製品も同様の思想が背景にあります。要するに“人は既存の延長で物事を考え・想像することはできても、今存在しないものを前提に物事を考え・正しく表現することは出来ない”という示唆です。私は自律型金融という概念も同様だと感じております。明確な形をもって存在しないものはなかなか理解されませんし伝わりません。これは仕方ないことだと思います。だからこそ起業家・イノベーターと呼ばれる人々はゼロからイチを生み出し、想像を現実にするため日々挑戦を続けています。 

自律型金融で変化する生活

 私たちは日々の生活の中で様々なお金に関する悩みを抱いています。例えば以下のような悩みが挙げられます。(一例であり他にも悩みは様々です)

  •  労働所得(給与)水準

  • 将来の年金制度・受給不安

  • 資産運用の難しさ・必要性

  • 住宅ローン契約・最適な金利

  • 保険契約の煩雑さ

  • 確定申告の煩雑さ・節税方法

  • 支出の可視化と節約

  • 金融リテラシーの向上・知識の習得

 現状、これらの課題を包括的・スマートに解決するサービスは存在しません。従来型の対面コンサル形式では独特の圧力や情報の非対称性が存在し、知らぬ間に特定の商品に誘導されるリスクが存在します。ネット完結のオンライン形式の場合、一定の知識がある方・自分で調べて良し悪しを判断できる方以外はとんでもないサービスに誘導されるリスクが存在します。ユーザーから直接フィーを受け取る独立系のアドバイザーの場合、不適切な商品への誘導のリスクはヘッジされますがスケールした事業者が少なく、アナログなケースが多く「スマート」という観点からはやや使い勝手が落ちます。各アプローチは一長一短であり、何を重視するかでチャネルが変わります。とはいえ、少し高いところから俯瞰するとこれは過渡期における一過的な現象ではないかと思います。大きな時間軸で金融サービスがどのように効率化され、変化していくかを想像してみると以下のような特徴・機能を備えたサービスにシフトしていくのではないかと考えます。(大きな時間軸の前提としてデジタルネイティブで新しい技術・サービスに抵抗を持たない層が中心)

  •  ユーザー毎の人生目標に基づいたライフプランニング

  • ゴールベースのファイナンシャルマネジメント

  • 自身のお金に関するデータの可視化と管理

  • データの蓄積によるパーソナライズ化

  • AIの活用による最適化提案

  • 意思決定のサポートと事前合意に基づいた自動取引

  • 自動取引による時間の短縮

  • 無料or安価な手数料(定額)

  • オンライン完結(希望した場合のみ別方法でもアクセス可能)

  • いつでも・どこでもサービスにアクセス可能

 これらを組み合わせると、①まず初めにユーザー毎に設定した経済的目標に対して最適化されたプランニングを示し、②続いてゴールに到達するための具体的なアクションをデータとAIを用いて提案し、③ユーザーの合意のうえで意思決定のサポートと自動取引によって成果を得られるまでに必要な時間を短縮し、④いつでも・どこからでもアクセスでき、⑤基本無料でサービスを利用しつつ、より便利なサービスを安価且つ定額で利用でき、⑥長期間利用すればするほどデータの蓄積とAIによる提案精度が向上し、利便性が向上するサービス、が出来上がるのではないかと思います。

  私は前回の投稿で金融は手段であり目的ではなく、経済的・時間的自由の達成を通じて「個人の自由な生き方の選択」を実現するためにHow(手段)として自律型金融を定義しました。また、人生のおける優先順位は人それぞれであると言いました。その前提に立つと、お金に関する不安は解消したいし、出来るだけ適切な行動を選択したい、でも時間はかけたくない、というニーズに応えることが出来るのではないかと考えました。この我儘の詰め合わせのような要求に応えることが自律型金融の到達点なのかもしれません。今はまだその入り口に立ったばかりの段階ですが、最終的には“全ての操作を代替する状態“を目指すことになります。

  「個人の自由な生き方の選択」をWhyに設定した背景として、終身雇用の崩壊・国内における経済成長の停滞・社会制度の限界などのネガティブな要因があります。これらの空気感は若い世代ほど敏感に感じているかと思います。その中でどのように生きるかを考えてみる必要があります。近年はFIRE(Financial Independence, Retire Early)と呼ばれる現象が若い世代を中心に流行っていますが、これも時代の空気感を反映したものだと感じています。FIRE自体は悪くはありませんが、FIRO(Financial Independence,Retirement Options)くらいが適切ではないかと思います。経済的独立までは同一ですが、早期退職は必須ではなくオプションとしてそのような選択肢を保持しつつ、より自由な人生を追求すれば良いのではないかと思います。結果として同じ仕事を継続することもあれば、別の仕事をすることもあり得るし、仕事ではなく趣味に没頭することも選択肢になろうかと思います。(自由な生き方の前提としての「経済的・時間的自由」さえ確保されていればですが)FIREに関しては色々な主張が飛び交っておりますが、人生を考えるうえで1つの材料となると思いますので別の機会で記事化出来ればと思います。

※書籍のアマゾンへのリンクを掲載いたしましたが本アカウントは物品等の販促を意図するものではなく参考情報として掲載しております。


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