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メタバース期待の剥落と今後の動向

1. はじめに 

 2021年頃から急速に拡大したメタバース(関連分野としてのWeb3・NFTを含む)が急速にその勢いを落としています。旧Facebookは2021年に社名をMetaに変更しましたが、直近の動向を見る限り当初の勢いは無くなり代わりにAIへの傾斜が加速しています。 

 これは昨年末に登場したChatGPTによるAIの実用性が一般に認知されたこと関連しますが、一年半のメタバース事業の推進を通じて当初抱いていた需要が空想のものであったと気付いたことが大きいと考えます。

 当初の目論見は外れ、メタバース・VRサービスの利用者は広がらず、期待先行で高騰していたメタバース内アイテムや土地の値段も大きく下落しております。

 本稿ではメディアが流布する根拠のない希望的観測に満ちたメタバースではなく、本質価値からメタバースの実態と普及について考察いたします。メタバースに関しては過去にも取り上げておりますのでご参考ください。

2. 空想のメタバース

 旧Facebookの社名変更から加速したメタバースですが、概念としては曖昧です。VRの進化系・MMOの延長・SNSの未来の形など、人それぞれ異なる印象を抱いており万人共通のメタバース像は2023年5月時点において存在しません。 

 このように実態が不明確で曖昧なメタバースですが、逆にこの曖昧さがバズワードとしては好ましく、聞き手の思い込みを吸収し想像が膨らむというメリットがあります。 

 近未来的なメタバースは一見すると何でも実現可能な夢のシステムであり、仮想と現実がリンクする新しい経済圏とも評価されます。確たる実態が存在せず、出来ること・出来ないことの線引きが不十分であるため期待先行に陥ります。まさに2022年は期待先行でプロダクトの評価を軽んじ、空想の世界のメタバースの凄さを騒ぎ立てた一年でした。 

 しかしながら直近はその風向きが少し変化しつつあります。要因はいくつかありますが、大きなポイントは二点です。①利上げによる景気後退懸念とビッグテックによるリストラの加速、②実用的なAIの登場によるビジネストレンドの変化です。 

 GAFAと呼ばれるビッグテックは近年、膨大な予算を先端分野に投資してきました。コロナ禍でも人材採用を加速させ過去数年で従業員数を大幅に増やしていました。その反動もあり、直近では利益が期待できないプロジェクトの凍結や人員のリストラが加速しています。 

 この利益が期待できないプロジェクトがメタバース関連事業です。投資判断も早ければ見切り(損切)も早いのがこの業界であり、マイクロソフト・Meta共に直近の動向を見るとメタバース分野の投資・開発を縮小し、AIにシフトしている様が良く分かります。 

 ではなぜテック大手がメタバースに見切りを付けつつあるのかを考えます。一番大きな理由は需要が空想だった、という点に尽きます。メタバースという用語が一気に普及した2021年に革新的な技術変化がVRやMMOの世界に登場したわけではありません。 

 メタバースというのはマーケティング観点から意図的に生み出されたバズワードであり、何か革新的なことが出来る新しい技術によって生み出されたものではありません。実態が存在しない状態で先にメタバースという用語が先行した結果、共通した定義もサービスも存在しない状況となっています。 

 メタバースという概念自体がマーケティング的な仕掛けによって意図的に普及したものであるという前提に立つと昨今のメタバースを取り巻く状況を理解が進みます。

 各々が自身にとって都合の良いメタバースを語り、そこにWeb3・NFTといった要素が混ざることで様々な属性のユーザーを巻き込み形で一種のトレンドが生み出され、実態と乖離し用語が独り歩きする状況が生まれました。 

 日本でもメタバースやWeb3に関連する一般社団法人●●が多数設立されましたが、マーケティング先行で盛り上がった分野なので地に足が付いた議論が出来ていないのが実情です。メタバースというバズワードに乗っかり一儲けしてやろうという企業・個人の集まりに成り下がっているのが実態です。 

 これが直近でAIにビジネストレンドがシフトしている理由です。AIは分かりやすい実用例(プロダクト)が昨年登場しました。ChatGPTの登場以前は多くの方がAIの実用化はまだまだ先の話と考えていましたが、近未来かと考えていたAIプロダクトが突如リリースされました。 

 ChatGPTの公開からまだ半年ですが、LLM界隈は急速に変化しており有料版のChatGPT Plusの登場、次世代モデルであるGPT4が登場しました。直近ではプラグインの導入や弱点であったリアルタイム検索への対応も進んでいます。
 
 
ChatGPTは意外なことにオープンソースではないことから有志がChatGPTライクな軽量LLMを公開したりと大規模言語モデルを用いた生成系AIの分野は昨年末から急速な発展を遂げています。 

 メタバースとAIの違いは明白です。実用的なプロダクトの有無と本質価値の定義です。メタバースには実用的なプロダクトが存在しません。メタバースの本質的な価値をきちんと言語化し伝えることが出来る方も少ないでしょう。本質価値についてはNFTに関する記事で車輪の再発明を例に取り上げていますので参考ください。

 ビジネスの順番としてはまず本質価値の定義が先にあり、その本質価値を実現するプロダクトの開発が次に続きます。最終的に本質価値という当初の仮説を形にしたプロダクトを公開することで世界に問います。 

 プロダクトが受け入れられれば当初の仮説=本質価値の定義は正しかったと言えます。逆にプロダクトが受け入れられない場合には本質価値の定義を見誤ったことになります。 

 まず何に本質価値が存在するか見極めることが重要です。しばしば陥る落とし穴として新しい技術を本質価値と誤認することです。代表的な例はブロックチェーンです。

 ここ数年ブロックチェーンがもてはやされていますが、ブロックチェーンは1つの技術に過ぎません。それ自体は本質価値を有するわけではなく、別に存在する本質価値を具現化するのに役に立つ技術かもしれない、というだけです。 

 しかしながら多くのメディア・ビジネスパーソンは「ブロックチェーン=付加価値」と誤認しブロックチェーン技術を活用して●●を作ったら凄い、といった誤解が広がりました。技術は手段であり「凄い・凄くない」が存在するわけではありません。 

 社会生活を営む上で必要不可欠で重要なものが何かを見極め、それを本質価値と認識しビジネスに落とし込むことが肝要です。今回の生成系AIプロダクトは近未来フィクションの世界を現実に再現しました。

 現時点では精度の問題もあり、誤った回答をすることもありますが、明らかに過去のAIと一線を画す変化が生じました。これまでのAIプロダクトは可能性を感じつつも実用性という点において壁を越えられずにいました。

 もちろん特定領域に特化したAI(囲碁や将棋など)では数年前からプロを上回る性能を発揮していましたが、我々の日常生活とは隔離された世界の話でした。 

 今回のChatGPTは身近な日常生活・ビジネスにおけるAIの普及という点において「実用的なAI」として多くの方から合格点を勝ち取ったはずです。これがメタバースとAIの違いです。

 マイクロソフトは「Microsoft 365 Copilot」のリリースもアナウンスしており、今後は益々実用的なAIが日常生活・ビジネスの現場に浸透します。 

3. 金融分野におけるメタバースの可能性

 メタバース関連の団体を軽く調べたところ複数確認できました。どれも2021年以降に設立された新しい団体です。 

・一般社団法人日本メタバース協会(JMA)
・一般社団法人Metaverse Japan(MVJ)
・一般社団法人メタバース推進協議会
・一般社団法人日本デジタル空間経済連盟(JDSEF)

 これらの団体は実態が存在しないメタバースで何をしたいのでしょうか?各団体のサイトを確認しましたが抽象的な表現が多く要領を得ませんでした。まず箱を作った、という感じに見えます。 

 私は金融業界に属する人間ですので金融とメタバースの相性については過去に整理しました。結論ですが、金融とメタバースには親和性はありません。言い換えると金融の本質・目的を達成するためにメタバースという手段を用いることは非効率、ということです。 

 結論だけだと理解が追い付かないと思いますので少し掘り下げます。

 結論ですが、メタバースのような形態を介した交流・コミュニケーションのリッチ化は金融業界で普及いたしません。金融はエンタメやゲームなどの娯楽と異なりそれ自体は手段であり目的ではないので通常はそのプロセスの楽しさに重きを置きません。 

 金融は効率性・安全性を重視します。バーチャル空間における濃密なコミュニケーションや非日常体験は趣味の分野においては有意義な変化であり、今後もその方向性でエンタメ業界は進化していきますが、金融においては必要ない要素となります。

 金融ビジネスの発展のベクトルは実用性に向けられていることに注意が必要で面白さが求められる業界と同じ視点では変化しません。 

 これはメタバース・VR・MMOなどのバーチャル空間でヒットしたコンテンツがリアルに波及する際にも当てはまります。このようなバーチャル→リアル・リアル→バーチャルのトレンドが生じるのは目的型のビジネスに限られます。 

 これまではリアルで流行ったコンテンツがバーチャル空間に持ち込まれリアル同様にヒットする、という流れが主流でしたが今後は逆パターンのバーチャル→リアルの流れが加速します。 

 理由としてバーチャル空間におけるコンテンツ作成がリアルに比べて容易であり、比較にならないほどのコンテンツが日々、バーチャル空間から生み出されているので母数の関係で必然的にヒットするコンテンツの数も徐々にリアルを凌駕します。特徴としてバーチャルコンテンツは消費期限が短いことに注意が必要です。 

 例えばVR空間を利用したバーチャルマーケットやコミケのオンライン化の動きは今後ますます加速します。これは上記の産業特性とマッチした方向性だからです。バーチャル→リアルの例としては大手ゲームメーカーのスクウェア・エニックスが手掛ける国内最大規模のMMOPRGであるFF14の世界観を現実世界に再現したエオルゼアカフェがあります。 

 これはMMORPGの世界観をリアル世界で再現することによってファンの体験・消費を促しています。エンターテイメントビジネスではこのように非日常をコンセプトに斬新な体験を売ることに需要が存在しますが、金融の場合にはこのような需要は限りなく少ないことから各事業の特性を加味した進化が必要となります。 

 この前提を理解していると昨今のメタバースにおける金融の立ち位置も自ずと見えてきます。メタバース空間内でこれまでリアルな金融機関が提供していたサービスを疑似的に提供しようとする行為は無意味です。

 金融はエンタメ等の産業と異なりそれほど体験を重視しません。必要な機能が正確・効率的に処理されることが重要で、金融取引にかかる時間を節約し趣味などに費やすことが求められることから、金融の本質は効率化に集約され時短に落ち着きます。 

 例えばゲーム・エンタメにおいて交流はそれ自体が「目的」として成立しますが、金融の場合には交流は手段に過ぎず、プロセスを楽しむ意識は低く、目的達成のための効率的なアプローチが優先されます。 

 金融取引の場合、だらだらと世間話をしながら1時間かけて取引を完了するより、AIアシスタントを相手に必要な確認だけを5分で済ませる方が需要があります。逆にエンタメ分野では世間話自体が目的化することもあります。これは産業特性であり相性の問題です。

 金融はベクトルがリッチ化よりも効率化なので、金融体験をリッチにさせるより効率化させる方に傾けた方が進化のベクトルとしては正しいという結論となります。もちろん人はコミュニケーションを求めますが、何でコミュニケーションを消費するかと言えば金融ではなく娯楽・趣味です。 

 別の視点で表現すると手段である金融は、可処分所得と可処分時間を捻出するツールであり、その結果として生み出された所得と時間は目的となり得る産業(例えば娯楽・趣味)に費やされるというサイクルで循環することになります。 

 この理解が重要であり、別の優先事項のために必要な所得と時間を生み出ツールという金融の本質を踏まえると、前段で解説した効率性を重視することが求められる産業という意味が理解できます。 

4. メタバースの今後の動向

 2023年以降のメタバースの動向ですが、私は2022年をピークに減速すると考えています。(確信)各種メディアを活用したマーケティングによる印象操作は既に限界に近付いています。 

 実際に代表的なメタバースのログイン数・同時接続数は減少傾向にあります。物珍しさに惹かれお試しで利用したライトユーザー層は既にほとんど利用していないのが実態です。 

 現在残っているのはガチ勢(例えばバーチャル美少女ねむさんとか)と一部の仮想通貨をマネタイズしたい層くらいです。何でも出来そうな反面、何にもやることがないのがメタバースの実情で過疎化が加速しています。 

 メタバース内で出来ることの多くは特段メタバース上で再現しなくてもよいことがほとんどであり、現状はメタバースの特徴を活かした付加価値の提供に繋がっておりません。現実世界の一部機能を疑似的に移植したに過ぎず、わざわざメタバースで再現する意味があるの?的なものが散見されます。 

 昨年、メタバース内の土地(不動産)が異常に暴騰しましたが、現状は急速に価格を下げています。メタバースの熱狂が根拠の無いものだと分かり、ゲームが成立しなくなっている証拠でもあります。 

 メタバースという用語が今後も用いられるかは分かりませんが、直近の実態を伴わないメタバースブームは2024年にはほぼ消えると考えます。メタバースというバズワードではなく、本質的には以下の問いに応える必要があります。 

 技術の進化によって実現が見込まれる「仮想現実」をどのように「現実世界」にアジャストするか、です。

 メタバースと似た概念としてAR(拡張現実)という技術が存在します。メタバース・VRは「仮想現実」、ARは「拡張現実」と表現されます。 

 両者の違いは大きく、現実(リアル)世界をサポート(拡張)するのがARです。日常生活やビジネスにおける実用性の観点からもメタバース・VRよりもARの普及が先だと考えます。 

 メタバース・VRは実用品というよりは嗜好品のような位置づけです。無くても生活は出来ますし特に不便に感じることもありません。一部の方が趣味で利用するアイテムの位置付けです。 

 どうして嗜好品なのかは先程、金融とメタバースの相性の解説で整理した通りです。体験のリッチ化やコミュニケーションの多様化、仮想現実を用いた非日常といった要素は実用性基準ではなく、趣味の基準で評価されるコンテンツだからです。 

 この辺りの相性はメタバースと言うビジネスを考察すれば見えてくるはずですが、現在進行形でメタバースで何かやろうとしている方々はコンテンツの向き・不向きを理解できていないように見えます。

 将来的にメタバースを収益基盤とするフリーランスも登場することになるはずですが、それは全体からみれば少数に過ぎません。多くのユーザーはクリエイターではなく、消費者側としてコンテンツを楽しむ形となります。

 これは現在のYouTuberビジネスとほぼ同様で、一部のエンタメ性に優れたメタバーサー(Metaverser)だけが生存するに過ぎません。今後、仮想現実の普及によって日常生活やビジネスにおいてバーチャルのウエイトが高まることは想定されます。

 しかしながらその道のプロ以外はその比重が逆転することはありません。どれだけ仮想現実が普及しても人間のベースはリアルであり、バーチャルはサブに過ぎません。(数ある選択肢の1つです) 

 Metaや一部企業のメタバースに関する見通しはこのような当たり前の現実を見落とし、過小評価しています。新しい技術=新しい需要、という単純な勘違いです。新しい技術は新しい需要を喚起し新しい市場を生む場合もありますが、常ではありません。 

 また多くの場合、新しい市場は既存の別の市場と本質的な部分で競合することが殆どです。よって本当の意味でブルーオーシャンであることは稀です。

 メタバースの場合、本質はエンタメ・コミュニケーションに分類されるので既存のエンタメ・コミュニケーションサービスと競合し、可処分所得と可処分時間の奪い合いが発生します。 

 これらと比較し優位性を確保できればユーザーを獲得し新しい市場として成長することが可能ですが、優位性を示すことが出来なければ期待先行で終わることになります。

 今回のメタバースブームは期待先行で終わりそうですが、技術の進化と本質需要を捉えたサービスが登場することでどこかのタイミングで実用性の壁を越え普及するかもしれません。 

 AIは過去に何度もAIブームを経験してきました。期待値先行の代表的な技術でしたが、ChatGPTの登場でようやく普及ポイントに到達した認識です。メタバース(広義の仮想現実サービス)も何度か期待と幻滅を繰り返し、実用性の壁を超える日が訪れるはずです。

 

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