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53【お!いい返事!】


7月4日

パラダイスの幻覚で眠れない夜を越え
新しい朝を迎えた

今日から頑張るよ、頑張る


朝、まだ暗い廊下をゆっくり歩く

ゆっくりゆっくり歩く

10種類の管とたくさんの機械を従えて

そこにむうよりほんの少しだけ
早く歩く人がいた

きっとむうより数日早く、
手術をした人だ

なんだかこの人もあの地獄を
通り抜けてきたのかと思うと

あったかい気持ちになった


あ、、むうもあと何日かしたら
ああして、歩けるようになるんだな


とほんのちょっと先の未来を
見せてくれているようで
彼を

先輩

と呼ぶことにした

励みになる

励みになるってこういうことだ

今日の担当はKさん
とっても優しい

この日、術後初めて体重計に乗る

63キロを示していた

え? 減ってない
6月30日から何にも食べてないのに?

そう、実は、手術をすると
大量の水を使うから体重が一旦増えるらしい

手術の直後、測った時は67キロあったとのこと

4キロ分の水が2日で
とりあえず身体から出たってことか

この日は、散歩を5回して
トイレも自分で行けるようになった

7月5日

夜、痛みはあったけど意外と時間が
早くすぎたから
ところどころ寝れたのかもしれない

朝から着替えをして
この日から大学の勉強開始

隣りから聞こえる音だけで
同室の人の状態を想像する

左隣の人はおそらく何度目かの入院で
今回は声帯をとる大手術をしたっぽい

声が全く出ず、ノドのたまる痰を
30分おきぐらいに機械で吸っている
苦しそうで、でも頑張っている

正面の人はむうと同じような感じ
だけど、そこまで痛そうじゃない

ただ、元気がなくて
あんまり動かない

斜め向かいのおじいさんは
相当、生きる気力を失っていて
看護師さんにリハビリを誘われても
頑としてやらない

それぞれ、それぞれのステージで
頑張ってる

もちろんむうよりみんなだいぶと
先輩だけど

いままで病気をする人は
弱い人だと心のどこかで思ってた

心が弱いから病気をするんだと


だけどね
こんな試練を乗り越えて
それでも生きてる人たちは

本当に強い人たちだ


誰もなりたくてなるわけじゃない
ある日、突然、あなた、故障してますよ
修理してくださいね と言われる

欠陥品だと言われ
自分でももちろんそう思う


だけど生き抜く
世間に同情されながら
どこかで役立たずと思われながら

それでも生き抜くこの命が

弱いなんてことはない

よね

と、耳からの情報を頼りに
彼らへのリスペクトを思う


散歩をして
デイルームでルウに電話し顔をみる

その後、ネブライザーとトイレをして
ゆっくりしていると

ルウから連絡がくる

この日は、自宅のリビングに
エアコンを新調する工事が入る日

むうがいなくてもなんとかなるよう
この日のために入院前に準備した

200Vの電源を引っ張って
コンセントもつけてきた
(電気工事士にも合格して)

なのに工事の担当がつけられないと
言ってるという

は?なんで?どういうこと?


ここで猛烈な戦闘モードスイッチが入り
アドレナリンが出まくったのか

痛みをすっかり忘れてその処理に没頭する

あらゆる手段を考えて
今、来ている、できないと言っている業者には
工事をキャンセルする旨を伝えて
他の業者を手配し、エアコンを買った店に
工事代金の返金手続きの電話を入れる

おいおい、術後、2日で
デイルームが完全に仕事部屋になってるよ


怒りを通り越してなんだか面白くなってきて

なんなのムウ
結構、できるやん
痛い痛い言いながら全然できるやん


と思ったりしていた

なんとか段取りもついて
部屋に戻り、中森明菜のライブ映像で
心を潤していると

U先生が回診にやってきた

カーテン越しに

タキガワさーんと呼ばれる

はい!


と元気よく返事をすると

お!いい返事!


と帰ってくる。
なんだか小学校に上りたての
子供に帰ったような気分で
嬉しくなってしまった

順調そうだね!


と笑顔で去っていた

単純に嬉しかった


その後、若い先生もやってきて

胸のドレン、抜きましょうか!

と言ってくれた。

ほんとですか!やった!

はい、順調に水も排出されてるし
抜けるものはどんどん抜きましょう



こうして10本の管のうち
背中、首、胸についていた3本と
右手の2本がはずれた

それだけでめちゃくちゃ身軽に
なってテンションが上がる

頑張った甲斐があったーー!!

とまた電話して喜びを伝える

そして、また歩く
先輩の背中を見ながらまた歩く

地獄の底から一歩ずつ
這い上がってくるのを感じながら

ただ、痛みはあるから
寝る前にソセゴンを投入してもらう

そしてこれが効きすぎて
朦朧としてしまう

そうか、あの時はわからなかったけど
ソセゴンはこんなに強いのか
(これが効かないとか相当ヤバかったんやな)

これはヤバい、脳がやられそう
看護師さんも中毒性があると言ってたし
多少の痛みには耐えることにして

これはもうやめよう


いつまでもこんな強い薬に頼ったら
おかしくなってしまうから

と思いながら眠りに落ちた

久しぶりに夜、数時間、眠れた

気分はもう日常のようだ


教訓
:リハビリはやればやるだけ報われる
:ネガティブな出来事は鎮痛剤になる
:いざとなったら人は動ける
:劇薬の投入しすぎに注意しよう


余談やけど一人称って難しい
日本語には自分のことを呼ぶ呼び方がいっぱいあるけど
むうのように性自認がややこしい人にとって
ちょうどいいのがないのよね
オレはもう違うしうちもアタシもなんか
どうもしっくりこない、、なんて呼べばいいのー?
って苦肉の策でいま
自分で自分の名前を呼ぶに行き着いたけど
幼稚園生っぽいから馴染めるかどうかわからない。。
むむむ、むずいなぁ。
人のことをYOUっていう
ジャニーさんは自分のことなんて呼んでたんやろう

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