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野球紀行/ファイターズ胴上げの日 ~ヤクルト戸田球場~

 今回は、99年、2年ぶり4度目のリーグ優勝を果たした我が日本ハムファイターズが、ヤクルト戸田球場においてその優勝を決めた日の様子をお伝えしたい。
 99年のファイターズは、何と言うか、とにかく強かった。かって森祇晶監督が率いたパ・リーグの西武ライオンズよりも強かったと言ってよい。開幕からいきなり2ケタ連勝。リーグ史上最速記録となる早期マジック点灯。ファイターズにも一応その上に「一軍」という存在があって、本来その一軍でやるべき選手が主力を占めるようになったとは言え、僕もここまで独走態勢を固めるとは思っていなかった。
 しかしそれでも優勝が危うくなった事もあった。2位巨人の猛追があったのだ。それで一時は首位の座を明け渡すところまで追い詰められた。この日の状況をまとめると、ファイターズが前日のダブルヘッダーで連勝。巨人の状況いかんではこの段階で優勝が決まっていたのだが、とにかく巨人も負けない。そんな均衡状態のまま、ファイターズがマジック1でこの日を迎えたわけである。
 できれば、地元の鎌ヶ谷での胴上げを見たかったところだが、平日では何があっても簡単には見に行けない。だから土曜日の今日まで、例え敵地でも僕のためにファイターズが胴上げを一日延ばしてくれたのだと思っている。僕はこのチームが5年連続最下位というナメた野球をやっていた頃から根気よく見守ってきたファンの一人なので、報われた気分である。
 だから、戸田球場が河川敷で、バスのダイヤが試合開始時間とまったく合わなくて、最寄のバス停から雑草伸び放題の土手の上を歩かされようがまったくかまわない。今日、巨人が負けるかこちらが勝てば優勝が決まる、胴上げが見れるのだ。

観客のために多少ベンチがしつらえてある。ここを選手が通る。

 奇しくもこの日は、一軍の方が千葉にて今季最終戦で、しかも上田監督にとって最後の采配という日でもあった。だから同じファイターズファンでも、こっちに来る人と千葉に行く人とでは、やはり後者が多数派であった事だろう。しかし、普段イースタンリーグの公式戦で見かけるファイターズファンの常連がほぼ揃っていたので嬉しくなってしまった。
 戸田球場では、球場に備えられた少数のベンチか、土手の上から観戦する事になる。ベンチ組の中に、いつも鎌ヶ谷の三塁寄りネット裏最前列に陣取る野次将軍「こうやまさん」といつもその後ろにいるコワい顔の中年男性がいて、試合前からすっかり出来上がっていた。
 そのすぐ前を、西浦、島田、中村が通り、ファンのサインの要求に応じていく。しかし決してにこやかな顔ではない。優勝のかかった日というのはそういうものなのだろうか。それとも自分たちが一軍でない事に不満があるのだろうか。確かに不満はあるだろう。しかし優勝という栄冠が目の前に迫っているのが、自分たちの力によるものだという事にもっと自信を持って欲しい。自分達が上でやれるかどうかは監督の裁量次第。ファームにいるならそのファームで結果を出すだけ。皆、それをやったのだから。
 必勝体制のファイターズはエース厚沢を立て、スワローズは石井弘。この石井を以前見た時は、とにかく球が速いなという印象で、まったく打てなかった。しかし今のファイターズは格が違う。初回、四番・西の2ランで土手が沸く。敵地ながらファイターズファンが多くを占めていた。いつもの応援団はもちろん、「遠藤さん」はじめ、見なれた顔は大体揃っている。土手の上を歩く人、自転車で通る人、皆足を止めて試合を見る。
 最多勝確定の厚沢だが、ここ最近は精彩がない。しかし二回、自ら三遊間を抜くまさかのタイムリー。ここで調子に乗って欲しかったが、その裏、住友に2点タイムリー、さらに三回には小野の犠牲フライを許す。これで3-3。沼田にマウンドを譲る。一度マリーンズ・堀の打球を頭に当て、選手生命が危ぶまれた厚沢だが、よく復活してくれた。来期はスローボールに磨きをかけ、一軍での初勝利を。

一応、スワローズ応援団。

 沼田はカツノリをゲッツーに仕留めピンチ脱出。ぼちぼちスワローズの応援団らしきグループがやってくる。まったく調子はずれのトランペットで女の子が一生懸命にリードしようとするが、明らかに劣勢。イースタンリーグではファイターズは「人気チーム」なのである。土手の上なのでファンの分布に境界線はなく、それでも争いがおきたりはせず、応援団同士が話をしていたりするのが面白い。
 四回、阿久根、古城、沼田が連続三振。石井を立ち直らせてしまったか?どうも流れが向こうに行ってるように思える。横須賀では巨人が1-0で負けているというアナウンスがあり、土手が沸くが、僕は勝って優勝を決める事しか頭になかったので、巨人には、負けるならこっちの試合が終わってからにしてくれとしか言葉はなかった。
 五回、大貝のバントを一塁悪送球で三塁へ。小牧がタイムリーの後中村がヒット。ここで今日はじめて「遠藤さん」の声が河川敷に鳴り響いた。荒川の土手はしばし鎌ヶ谷になった。
 打者は後に戦力外通告を受け、スカウトに転身する徳田。捕逸で二、三塁となり、石井にとどめを刺すセンター前2点タイムリー。結果的にこれで決まった。とうとう一度も一軍の公式戦に出ることのなかった徳田だが、最後に優勝を決める一打を放ってくれた事を、僕は忘れないだろう。
 六回に古溝が登板。打者は辻。スワローズ応援団の人が「今年で引退する辻選手に」と言うと、ファイターズファンの一人が「辻、引退するの?」と聞いていた。ひとつの試合に、いろんなものが詰まっている。

手前がスワローズ応援団で、奥がファイターズ応援団。土手だから、境界線もない。

 横須賀で巨人が逆転、そのまま2-1で勝ったというアナウンスが入った。しかしもう動じない。予定通り、勝って決めるだけだ。
 七回、ボークで走者を二塁に進め、小野にタイムリーを許す古溝。ヒットはともかく、ボークはいけない。古溝も失礼ながらそう先は長くない投手。ここで胴上げ投手にしてあげたい気もした。しかし交代。最後を締めるのは誰か?古溝はその後も現役にこだわっていく。
 胴上げ投手に指名されたのは、芝草だった。一軍ではときおり良いピッチングをしてはなんとなく期待を裏切りつづけてきた投手だ。なるほどこれは悪くない人選だと思った。今、ファームにいる中でこういうシチュエーションを最も体験させておきたい投手だと思うからだ。
 さていつもの芝草だとイマイチ安心できない。しかしネット裏で間近に見ていると球がいいところに来ているのがわかる。「今日の芝草、いいよ」と誰かが言っていた通りだ。カツノリ、大脇を三振。いよいよあと1イニングだ。
 土手のファイターズファンがだんだんと下に降りてくる。言うまでもなく胴上げを見るためだ。一軍の投手にとって、ファームの優勝はプレ的な体験かもしれないが、カウントダウンの中に自分がいるという事に快感を覚えたなら、それが芝草にとって「いい体験」だと思うのだ。

アナウンスとか記録員はここ。

 さてベンチ席では、「こうやまさん」他1名がすっかりできあがっており、今にもグラウンドに乱入しそうな勢いである。コワい顔氏、なかなか前に打球が飛ばない阿久根に「こらぁ、アゴがひん曲がってんのか~!」
 大きな拍手に送られ、マウンドに向かう芝草。今日は頼もしく見える。これが彼にとって良い暗示になればいいと思う。高橋を三振、橿渕を三振。戸田球場のネット裏からだと、手元で変化しているのがよくわかる。
「あと一人、あと一人」コールが始まった。冷静に芝草、ユウイチ松元をファーストゴロに。7-4、これで決まり。
 全員マウンドに集まりハイタッチ。ファームという事もあるが控えめな感情表現である。そして佐野監督の胴上げ。ファイターズが、というかファイターズのユニホームを着た集団が胴上げをするのをはじめて生で見た。
 やっぱりファイターズは、僕のために胴上げをこの日に合わせてくれたのだ。さて次は、この感動をもっと大きな舞台で味わいたいものである。(1999.10)

ファイターズ胴上げシーン。暗くてなんだかよくわからないが。

[追記]
 特にその後の印象が強いのは、日ハム札幌移転1年目までリリーフで活躍した芝草宇宙、後に西武の監督として2度優勝に導いた辻発彦。ヤクルトの小野公誠はプロ初打席と最終打席がホームランというインパクトを残した選手だったが、その最終打席を神宮で観ていた。試合後の引退セレモニーで、彼だけ現役時代のダイジェスト映像が流れず、ファンから「かわいそー」の声が上がったが、たぶん急な引退表明で制作が間に合わなかったのだろう。
「遠藤さん」は鎌ヶ谷の球場で、いつも「クリスタルキング」のような良く通るクリアーな声で日ハムを応援する球場名物だった。

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