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野球紀行/新装オープン臨海球場 ~市原市臨海球場~

 コンコースから中に入り、最初に視界に飛び込んできたのは、やはり聞いた通り人工芝だった。この球場に来た人すべてが「この瞬間」を経験しているはずだが、果たしてその時にどう感じているだろうか。
 この臨海球場が全面新装オープンしたのは去年の事。本当はオープンしてすぐに来たかったが、他の日程とのかみ合いが悪く、今日の高校野球春季千葉大会まで延びてしまった。改装後、人工芝になったと聞いてはいたが、いざ実物を見て見ると、前進なのか後退なのかよくわからない、複雑な気持ちになってしまう。改装前とは比較にならない立派な、まるで別の球場と言って良いが、人工芝なのだ。
 今は日本の球場も「天然芝が良い」が一応定説になってはいるが、一般のファンの意識はどんなものなのだろうか。隣のサッカー場ばかり注目される中、野球場もこんなに立派に生まれ変わった。現場は何となく「よかったねえ」という雰囲気が支配しているように思える。皆が互いに「おはようございます」と挨拶を交わし、いかにもまだ地方の二回戦という、平和さに満ちている。彼らはこの人工芝を最初に見た時「お、きれいになったねえ」と思ったに違いない。「何だ、人工芝になっちゃったの?」という反応が出てくるまでは、もう少し待たないといけないのかもしれない。

改装した球場の例にもれず、人工芝。

 しかし改装前のこの球場は本当にボロかった。見ている方にしてみれば、芝が人工だろうが、立派になった事が何より大きい。立地的には大田スタジアムに近い。湾岸地帯で、空港も近いから旅客機が頻繁に行き交う(空港には断然大田スタジアムの方が近いが)。こういうエリアに総天然芝の球場があったら、僕などは本当に「カッコイイ」と思ってしまうのだが。
 いかにも「身内」感が支配するこの試合。しかしこれからこの試合を戦うのがこの大会を制する新興勢力だとは僕の知る由もない。
 千葉黎明高校。聞きなれない名前だが、いかにも新興っぽい。試合前に円陣を組むのはお約束。しかし通常「オウ!」の一発で終わるところを「オ~オ~オ~」と腹の底から声を絞り出すように続き、なかなか終わらない。これは意味があるのか、それともパフォーマンスなのかわからないが、「他とは違うことをやろう」という、いかにも新興らしいスタイルである。
 対するはシード校の東海大望洋。東海大が付いているので、てっきりこちらの方が強いのだとばかり思っていた。先発は1番を付ける石岡。二回に2奪三振。これで本領発揮か?と思わせた。黎明の清宮も本来は一塁手らしいがストレート主体のピッチングで二回まで両校無得点。しかし三回表の黎明の攻撃で早くも均衡が崩れる。

見違えるほど立派になった臨海球場。

 二死から四番平賀のライナーをサードがエラー。難しい打球だったがエラーとされた。そこで五番の清宮がレフトへライナーで飛び込む先制2ラン。両翼98メートルに拡張されたグラウンドをまったく問題にしなかった。僕は「もしかしたら黎明の方が強いんでは」と思った。「打力」の定義は人それぞれで、僕は打力とは「長打力」ではなく、「野手のいない所に打つ技術」だと思っている。しかし高校野球では、それ以前の基本的な「パワー」というものを重視する。僕はそれを打球の勢いというものに見るのだが、これだけの打球が打てるなら、そこそこ打てるチームなんではないだろうかと思うのである。「黎明」という名前に違わず、何かを予感させる一発だった。
 対する望洋は、そんな黎明の勢いを何とか守りで抑えようとする。五回の黎明、一死一、三塁で一番小田の痛烈三ゴロ。飛び出していた三塁走者を本塁で刺す。これ以上点はやれないという意志が伝わる。少なくとも黎明に対し脅威のようなものは感じているのかもしれない。
 黎明は五回から一塁の稲垣がマウンドへ。背番号1、エース登場だ。

でもコンコースはちょっと狭い。

 ストレートが冴える稲垣は、その後も望洋のスコアにゼロを並べていく。七回の黎明、代わった金子を打ち込み6-0に、ほぼ勝負あった。望洋の反撃を見たいが、結局わずか3安打の0点に終わる。
 知らないチーム同士の対戦というのは、たいがい大きな都市名が入っているか、有名大学の付属校が強いと相場が決まっているのだが、そのどちらでもない黎明がシード校に勝った。結局この黎明がこの大会を制し、関東大会まで駒を進めることになる。もしかしたらこの試合が、彼らの黄金時代の幕開けだったのかもしれない。
 どこの大会も大体そうだが、一回戦レベルでは会場が各地に散らばっており、上に行くにしたがって会場もメインに絞られてくる。この臨海球場もトーナメントのグレードが上がるにつれて使われなくなるタイプの球場なのだが、その立地もあまりにそういう「立場」に合っている。

隣はJリーグのサッカー場。

 まず、人気(ひとけ)がない。生活の匂いのしない湾岸地区だ。大田スタジアムの辺りは「ベイエリア」とも呼ばれるが、ここは遊びのガイドブックには載らない純然たる「湾岸地区・工業地帯」である。隣にJリーグ・ジェフ市原のホームグラウンドがあるので、注目されることもあるが、それがなかったら本当に世俗から隔絶した空間のように思える。実際、Jリーグもなく、この球場もボロかった頃は正にそんな感じだったのだろう。無造作にトラックが行き交う。その様子はこの競技場で何が行われているかについてはまったく無関心であるかのように見える。
 また、球場を取り巻く「地域」というものが見えてこない。球場自体は県内のアマの球場の中ではトップクラスと言ってよいが、一歩外に出ると生活者の顔というものがない。商店もない。働く人と通りすぎる人しかいないような素っ気無さだ。

ブルペンはファールゾーンに、ネットで仕切られる。

 京葉工業地帯のど真ん中。それも仕方がないが、成田空港が(近くはないが)近く、上空を旅客機が飛び交う。気のせいか、これから空港に向かう飛行機よりも、離陸したばかりの飛行機ばかりのように思える。見送るばかりの淋しさと言ったら考えすぎだろうか。
 市原市はサッカーに賭けた街。野球場は高校野球以外で使われるわけでもなく、地域がどれだけ野球に注目しているのか疑問ではあるが、無名のチームや選手が中央を睨みながら戦う場所としてはあまりにもハマっているようにも思えた。今この時点では黎明高校の優勝を予測している人は少数派だろうが、進撃の狼煙(のろし)がここから上がったのだとしたら、もうもうと立ちあがる工場群の煙も、狼煙の煙に見えないこともない。
 行きは急ぎだったが、帰りはゆっくり歩いて行こうと思う。養老川を越えると、ようやく街らしくなってくる。生活の匂いのする場所。やはり街というものは川を挟んで何かが変わるようにできている。対岸には無名の球児が人知れず戦う場所がある。(2000.4)

[追記]
 これから飛躍しそうに見えた千葉黎明だったが、2023年現在甲子園出場は果たせていない。逆に東海大望洋は春夏合わせて3回出場。うち2回は大阪桐蔭に敗れている。今大会終了以降千葉黎明と東海大望洋が公式戦で顔を合わせたのは春季県大会のわずか2度で1勝1敗。
 ジェフユナイテッド市原・千葉は周知の通り千葉市のフクダ電子アリーナに移転している。


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