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野球紀行/もっと「決勝」が観たい! ~彦根球場~

 千葉での高校野球春季大会決勝は、決勝にふさわしい好ゲームだった。もしこれが夏の甲子園を賭けた決勝だったら、もっと濃い「決勝浴」を堪能できただろうと思った。決勝浴とは雑誌『野球小僧』で編集の人が誌上で使っていた「野球浴」と同じ意味で僕が勝手に使っている造語で、文字通り「決勝」を味わうという意味だが、その点では日本のあらゆるトーナメント方式の野球大会で、もっともふさわしいのが「夏の甲子園を賭けた決勝」もしくは「夏の甲子園の決勝」だろう。
 なぜなのかについては今更事細かには語らない。春の千葉では決勝に残った両チームがどちらも関東大会に進むという事を後から知って若干拍子抜けをした。しかし夏はまさに「勝った方が甲子園」である。本当の意味での決勝、決勝らしい決勝がきっと行われるのだろう。
 できれば、高校野球が盛んな関西の方がいい。自分の都合とうまくかみ合ったのが彦根球場での滋賀大会決勝。京都の隣だから素晴らしい決勝を見せてくれるだろうと、安易に考えた。

改修されて間もない彦根球場。奇麗にまとまった感じ。

 さて名古屋と米原の間は一本の線路で結ばれているとは言え、どうしても通じが悪いというイメージがある。「天下分け目の関が原」と言われた通り、この辺りがかって日本を東と西に隔てていたというのがなんとなくわかる。関西には何度か来てはいるが、その度に、この境界を越えると、文化が変わったような、そんな感触がある。まったく別の表現をすると「野球文化圏」と言っても良い。日本野球の発祥は関西ではなかった筈だが、何か、クーパーズタウンのようなものがあるような、そんな感じがする。しかし地元の高校生だかが、猿のように身軽に球場のゲート番号を表示する板につかまってそのまま球場に入ってしまうのを見て、「決勝」の威厳とか緊張感を削がれてしまいそうな、若干の不安がよぎった。
 滋賀大会決勝の組み合わせは、県下では比叡山に次ぐ甲子園出場回数を誇る近江と、初の決勝進出となる光泉。強豪と新顔。どこかで見たようなニュアンスで、7月下旬、思ったよりも涼しい彦根球場で、思ったよりも静かに始まった。しかし気温も、決勝の熱とともにヒートアップしていく事だろう。

試合開始。ブルーが近江高校。

 12:30プレイボール。しかし気になっていたのが、「決勝」らしい殺気にもうひとつ欠ける事だった。直接関係ない事だが、売店がない。1万人収容の彦根球場の、しかも決勝で、観客もほぼ客席を埋めている状況で。売店がない背景には、その地域特有の問題があって、場合によっては根深いものに直結していたりするので深く考察はしないが、直接関係はないまでも、象徴的な点ではあった。
 近江の竹内は、初回ポテンヒットで1点を失うが、曲がる系の変化球が良く、そう大崩れはしないだろうと思った。それよりも光泉が1点を先制した事の方が強烈だった。もし光泉が勝ったなら、夏の甲子園初出場で、その後強豪校として君臨するのなら、僕は歴史的な試合を観た事になるからだ。
 さてそんなシチュエーションに何となく身に覚えがあるようなないような、もう一つスッキリしない感覚を抱きながら、光泉にほのかな期待を寄せて試合を見守る。なぜ光泉に肩入れするのか、この時点ではハッキリとはわからない。単に弱そうな方に感情移入する癖か?確かにその傾向はあるが、それとも少し違う。

決勝だけによく入った。

 光泉は馬場敬介、陽介の兄弟バッテリー。光泉の応援団扇だかに「頑張れ兄弟バッテリー」みたいな事が書いてあったので本当にそうなのだろう。そういうのは甲子園に出ていたらきっと話題になっていたと思う。しかし光泉はこの試合、1-9の大差で敗れる。敬介はコースギリギリの球で見送り三振を取るなど、スピードはもう一つもコントロールが良かった。三回には竹内に初ヒットを許すが、バントの後次の打者を三球三振。これもきわどいコースだ。三回を終わって1-0。凄いではないか。にわかに期待が高まってしまう。なにせ新顔が強豪に勝って甲子園に出るのだ。それなのに光泉のスタンドのテンションがもうひとつ。千葉の天台球場との、スケールの違いだろうか。決勝にしては何となく、小ぢんまりした印象を受けてしまうのだった。滋賀ってそうなんだろうか。まがりなりにも甲子園なのだが。それとも甲子園というのがまだピンと来ないのか、あるいはまったく油断ができないのか。いずれにしても、また他人事ではないような、身に覚えのあるような、不思議な感覚を抱かせる序盤の展開だった。

地元のテレビにも重要プログラムだ。

 こちらがコントロールで勝負するタイプで、相手が強豪で、序盤まで抑えていたりすると、いずれつかまってズルズル行ってしまいそうな不安がどうしても襲って来る。その兆候として、相手の投手がすっかり調子を出している。
 竹内もコントロールが持ち味だが、変化球のキレ良く、結局初回の1点を唯一の失点とした。ここはさすがに、ライオンズの5位指名を受けた投手だと思う。そう、相手の投手が調子を上げてきたら流れが変わる。そんな予感に違わず四回、あっさりと逆転を許す。
 二番笹島、甘く入ったインハイをセンター前へ。すかさず二盗、空タッチでセーフ。三番岡はライトフライに仕留めたものの、四番松島。ひたすらストレートとカーブで外を攻め2-2とするも無反応。そこへ敬介は痺れを切らしたのか、真中高目へ。狙いすましたようにセンター前にはじかれる。続く大西の三ゴロを田畑がはじいてついに1点。ようやく全体がヒートアップ。甲子園を賭けた決勝らしくなってくる。盛り上がったのは、やはり近江の方が甲子園に行こうという意思が強いというか、勝つ事を義務付けられているような立場だからだろう。本命とはそういうものだと思う。
 続く橋本の三ゴロで、タイミングがゲッツーも、主将のファースト素野が捕れず1点。あっさり逆転。申し合わせたように守備が乱れる。五回には竹内に代打。まだ1点のリードにもかかわらず、引っ込めてしまう余裕。この時点で勝利を確信していたのかもしれない。

次は頑張れ光泉。

 竹内を継いだ島脇は、ブルーウェーブの4位指名を受けた逸材。2002年度の選手名鑑ではmax138km/hとあったが、もっと速い印象だ。プロ指名選手が2人。この時点では近江がそんな凄いチームだとは知らなかった。順当に2三振を捕る島脇。なるほど竹内を安心して下げられる。光泉に何となく抱いていた期待も、まだ2点差ながら実質打ち砕かれたような気がする。
 その裏の近江の攻撃で勝負は決まった。四番松村の左前二塁打。大西の バントで進塁。小森の一塁線を抜くタイムリーで1点。とどめの右中間2点 タイムリーは島脇だった。
 7-1。勝負の見えた八回表、二死満塁のチャンスに馬場陽介。光泉ではこの試合初めてと思われる大きな声援だ。一発出れば2点差だから本当に期待のこもったものとも思えるし、「最後に景気良く」的なものとも思える、微妙な声援だ。しかし、最後に盛り上がれるだけいいな、と思った。大事な事を思い出したからだ。
 僕は20年も前に「決勝」を観たことがあったのだ。それも、文字通り夏の甲子園を賭けた東東京大会の。それも、自分の学校、つまり母校の試合だった。あの時の母校は、やはり初の決勝進出で、相手は全国区の強豪で、プロに指名されたエースもいた。確か、こちらが1点を先取した後、あっさり逆転され、そのまま大差であっさり敗れた。シチュエーションも同じなら、スコアも今日と同じ9-1くらいだったと思う。そうだ、すっかり忘れていた。あの時は、野球部が意外にも決勝進出という事で、夏休みの最中、応援に行かされたのだった。しかしそういう展開だったから、あまり盛り上がらなかった。だから、どこかで同じ立場のチームに勝って欲しかったと思っていたのかもしれない。今日、滋賀大会に足が向いたのも、光泉に肩入れしたのも、また潜在意識の働きだったのかもしれない。
 最後の打者は馬場敬介、空振り三振。よく頑張ったと思う。泣く者、サバサバした者。いろんな顔がある。何も残らなくなるまで戦うと、何かが残る。もうひとつ、そんな大事な事も思い出した。(2001.7)

[追記]
 近江高校は甲子園での本大会で、島脇信也と竹内和也の二枚看板で何と準優勝を果たす。島脇だけでなく竹内もドラフト5位で西武に入団するが、2人とも一軍登板なく終えた。
 光泉は翌2002年夏に甲子園初出場を果たす。馬場敬介、陽介の兄弟バッテリーが話題になったが、帝京に0-5で敗れる。この時の帝京のエース高市俊が青山学院大からヤクルトに入団するが、大成できなかった。厳しい世界だ。

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