見出し画像

ホストとカラザの呪い

事あるごとに未だにその存在を思い出す、
学生時代のバイト先にいた人について書こうと思う。


学生当時、居酒屋でバイトをしていたとき、
夕勤の私と入れ替わりで入ってくる夜勤の
I井さんという人がいた。


I井さんは普段は歌舞伎町でホストとして働いていて、
ホスト業がお休みの時は夜勤で居酒屋バイト、という生活を送っている人だった。
バンド活動もしていたと記憶している。

ちなみにI井さんには認知していない子供がいたが、
それはまた別の話。


23時頃であがる私と入れ替わりでキッチンに入るたび、
「おはよ。」と声をかけてくれるのだが、
毎度湿度が高く吐息混じりで、でも全然不快に感じなくて、
これがホストか…!!とプロの力を思い知った。

I井さんは、ためになるんだかならないんだかわからない話をよくしてくれた。


「コナンにさ、ウォッカっているじゃん。

うん、そう。
黒ずくめの二人組の。
デカくてゴツいほう。
長髪イケメンにくっついてるやつ。

俺さ、なんだコイツって。

イケメンの後ろにへこへこくっついてるだけでなんもしねえじゃんって。

見下してたのね。


でもこの前知ったんだけどさ、

実は頭も良くて、銃の腕がいいのはコイツのほうなの。
こいつがいないと、あの長髪イケメンは立たないワケ。

でさ、
俺本当に反省して。

人は本当見かけにやらないっていうかさ、

やっぱ見た目でさ、
判断しちゃダメだよね」



自分の非を素直に認められる、
とてもいい人だと思う。



あるバイトの日。
その日はたまたまI井さんも夕勤で、
一緒にキッチンに入って料理を作っていた。

当時のバイト先のメニューにはネギトロばくだんなるものがあって、
レシピ上、ばくだんの上に卵黄を乗せる工程がある。

卵の殻を割って、
トロトロの生卵を一度手に取り、
ゴミ箱の上で白身を落として、
卵黄だけの状態にするのだ。

ばくだん作りの大トリであるその作業をI井さんにお任せしたのだが、
生卵を手にしたままI井さんは
こちらに語りかけてきた。



「ラムネちゃん。


ここのさ、白身と黄身が繋がってるやつ、なんていうか知ってる?





知らない?




………



……………







カラザ………… 








……………






って…………









いうんだよ…………」











人生で、あんなに情感溢れる「カラザ」を聞いたのは後にも先にも
この時だけだろう。




私は彼に呪いをかけられた。


今後卵を見るたび、
事あるごとに、
今日のことを思い出す呪い。


いかなることがあっても、卵を見たら
I井さんとカラザを絶対に思い出す呪い。

狭いキッチンでかがむようにして白身を取り除いていたI井さんの姿を思い出す呪い。

この一連のやりとりが脳内を駆け巡る呪い。





なぜI井さんが、急に私にカラザ知ってるかなどと聞いて
きたのかはいまだにわからない。


あとカラザは知ってます。






I井さんからの言葉で、
もうひとつ覚えているものがある。



「ラムネちゃんはさ、
27になったとき、
すっごくキレイになってると思うよ。

コレホント。
俺が言うんだからさ。
間違いないよ」


今年、
I井さんがこのように宣告した運命の27歳になる。


I井さんの言うようにキレイになれる気配は微塵もないのだが、
少しだけ期待して、心の支えにさせていただいている。




I井さんはプロだ。

実際にホストとして働かれているところは見たことがないけど。

あなたの何気なかったかもしれない一言に未だに支えられて、
歳をひとつ取ろうとしている人間がここにいる。



多くの呪いを残してくれたI井さん。

冷蔵庫の卵を見て、
やっぱり今日も今日とて思い出す。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?